世の中には揺れてしまうと困るものがたくさんあります。揺れによって不具合を起こす・壊れるといったモノへの影響から、居心地が悪くなる・ケガをするといった人への影響もあります。最悪の場合、人命に関わるということもあります。
そのため、揺れを小さく抑えるための技術開発がいろいろな分野でなされてきました。いかに簡単に・安く・効率よく揺れを止められるか、これが重要です。
そして、その一つの到達点としてTMDがあります。非常にシンプルでありながら、揺れを止める効果は抜群です。
ここではTMDの原理や特性、適用事例などを見てみましょう。おそらく勘違いしてしまっている人も多いことと思います。
TMDとは
名前の意味
TMDとは「Tuned Mass Damper(チューンド・マス・ダンパー)」のことです。
ラジオやテレビのチャンネルを合わせること、ギターの弦の音程を合わせることなどをチューニングといいます。TMDのTuneとはまさにこのチューニングのチューンです。Tuned(チューンド)とすることで「チューンされたもの」、つまり「ある目的を持って調整されたもの」という意味になります。
Massには「塊」だとか「たくさん」といった意味もありますが、ここでは「質量」という意味で使われています。もっと単純に言えば「オモリ」です。
最後のDamperは、エネルギーを吸収する装置全般のことを指します。モノが揺れる際のエネルギーを吸収することで揺れを小さくします。
つまりTMDとは、調整されたオモリを使って揺れを止める装置のことです。なお、専門書などでの日本語表記は「同調質量ダンパー」です。
構成
TMDに最低限必要なものは3つです。「オモリ」と「バネ」と「ダンパー」です。バネとダンパーを介してオモリと揺れを止めたいものとをつなぐことで効果を発揮します。
オモリは重たくなくては役に立ちません。漬物石しかり、ペーパーウエイトしかり、ある程度の重さがあってはじめてオモリの用をなします。
比重が小さいものでオモリをつくると、どうしても大きくなってしまいます。そのため、ある程度比重の大きい鉄(比重:約8)やコンクリート(比重:約2.3)などが使用されます。
水(比重:1)は比重が小さいですが、単価が非常に低いので量で補うことでTMDとして使用される場合があります。金(比重:約19)を使えばコンパクトにはなりますが、コストが大変なことになってしまいます。
バネはオモリが動いたりズレたりしたときに、元の位置に戻るために必要です。後ほど説明しますが、バネの硬さをどう設定するかがTMDの肝となります。
バネというと金属をグルグルと巻いたコイルバネを想像しがちですが、元の位置に戻ることができれば何でも構いません。板バネでも皿バネでもいいですし、もちろんゴムでもいいです。オモリをヒモで吊るせば「振り子」となって、揺れても元の位置に戻ることができるので、それでも構いません。
ダンパーとは伸び縮みなどに伴ってエネルギーを吸収する装置です。ダンパーが無ければ基本的に揺れを小さくすることはできません。
ダンパーにもいろいろな種類がありますが、TMDには性能が安定していて比較的小さな揺れからでも効果を発揮するオイルダンパーを用いるのが一般的です。
TMDの基本原理
いちいち「揺れを止めたいもの」と書くのは面倒なので、ここでは「揺れを止めたいもの=建物」として話を進めます。もちろん建物以外についても原理は変わりません。
オモリの揺れ方
建物にオモリをただ載せるだけでは揺れを止める効果はありません。むしろ建物が重たくなってしまう分だけ不利になります。
建物の揺れを効果的に止めるには、オモリの揺れ方を調整しなくてはなりません。そしてオモリの揺れ方を決めるのはバネです。
TMDの原理の説明において必ず出てくるのが「オモリが揺れを止めたいものとは逆方向に揺れることで揺れを打ち消す」といったものです。しかし、残念ながらこの説明は半分正しく、半分間違いです。
意外かもしれませんが、建物とオモリとが真逆に揺れた場合、揺れは非常に大きくなります。また、これは想像通りかもしれませんが、建物とオモリとがぴったり同じ方向に揺れた場合も、揺れは非常に大きくなります。
建物には揺れやすい形状というものがあります。もっとも揺れやすいのは①建物全体が同じ方向に揺れる場合、次に揺れやすいのは②建物の上部と下部が反対方向に揺れる場合です。
オモリを建物の一部とみなせば、オモリが建物と真逆に揺れると②の状態、オモリが建物と同じ方向に揺れると①の状態になってしまいます。そのため、オモリを載せる前よりも大きく揺れてしまうことになります。
ではどうすればいいかというと、①と②のちょうど中間の揺れ方をさせればよいということになります。
①では建物とオモリが同じ方向に揺れるので両者のズレは0°、②では建物とオモリが逆方向に揺れるので両者のズレは180°、つまりその中間である「建物とオモリの揺れが90°ズレる」とすればいいのです。
これは、建物の変形が最大になるときにオモリは元の位置に戻り、建物が元の位置に戻るときにオモリの変形が最大になる、ということです。
そのためには、オモリを載せる前の建物の周期(=揺れが一往復するのにかかる時間)と、オモリ自身の周期が大体同じくらいになるような硬さのバネを設置する必要があります。
「揺れを打ち消す」という最初の説明は間違っていないのですが、打ち消すにはタイミングが重要だということです。
揺れのエネルギー
建物を揺らす原因として影響が大きいのは地震や風ですが、どちらも不規則な力です。いくらオモリの揺れ方を調整しても、常に揺れを打ち消す方向に働くとは限りません。逆に揺れを後押しする方向に働く場合もあるということです。
しかし、基本的にはそういうことは起こらず、TMDを設置すれば揺れが小さくなることが大半です。これを理解するには「力で打ち消す」ではなく「エネルギーを移す」という観点から考える必要があります。
モノが揺れているとき、「揺れているモノの質量」と「揺れの速度の二乗」に比例したエネルギーを持っています。要は、重たくて速く揺れているモノほどたくさんエネルギーを持っているということです。モノが持っているエネルギーを小さくしてやることができれば、揺れを小さくすることができます。
TMDでは、オモリが建物の代わりに大きく揺れることで、建物が持つエネルギーをオモリのエネルギーに変換していると考えることができます。これが「エネルギーを移す」という意味です。
もちろんタイミングが悪ければ逆にオモリから建物へとエネルギーが戻ってしまう場合もあります。しかし、オモリと建物とをつなぐダンパーがエネルギーをどんどん吸収していくので、自然に任せるよりも素早く全体のエネルギーを減らすことができるのです。
TMDの設置位置
一般に、TMDは建物の上の方についています。屋上や最上階付近に設置されていることがほとんどです。
その方がTMDの効果が高まるからですが、それはなぜでしょうか。「力」と「エネルギー」の観点から感覚的にわかるよう説明してみます。
まずは「力」です。
例えば、頭に重いものを載せたり、大きなリュックを背負ったりするとフラフラしてバランスを取りづらくなります。しかし、同じ重さのものでも手さげに入れればそれほどふらつきません。
オモリに生じた力は最終的に地面まで流れていかなければいけませんので、オモリより下にあるものすべてに影響します。頭の上にオモリがあれば、首、背中、腰、足とその影響は体全体におよびます。
建物でも同様です。10階建ての建物の屋上にTMDがあれば、TMDに生じた力は1階から10階のすべてに働きます。5階に設置してしまうと1階から4階にしか働きません。
次に「エネルギー」です。
建物が地震や風で揺れるとき、一番大きく動くのは最上部です。各階の変形が積み重なっていくので、10階では5階の2倍、20階では5階の4倍も動くことになります。
オモリにエネルギーを移せば移すほど建物の揺れは小さくなります。そのため、オモリはできるだけ揺れが大きくなるところに入れた方がいいのです。
建築分野におけるTMDの位置づけ
もともとは機械振動の分野で研究が進められていたTMDですが、建築の分野でも活用されています。地震に抵抗する方法として「耐震・制振・免震」の3つがありますが、TMDは「制振」に位置づけられます。
揺れの大きさ
対象となる揺れの大きさは様々です。当初は人の歩行による床の振動や、強風時の高層ビルの微小な揺れを小さくする「機能性」の向上がメインでしたが、近年は大地震時の建物の揺れを抑えるなど「安全性」を向上させるような使い方もします。
風の揺れと地震の揺れとでは、エネルギーの大きさが全く違います。風の揺れ程度であれば比較的小さな装置でも効果がありますが、地震の揺れではそうはいきません。
2011年の東北地方太平洋沖地震以降、超高層ビルに長周期地震動対策としてTMDを設置する例が出てきましたが、オモリの重さは数百トンから数千トンというとてつもないオーダーになっています。
建築特有の問題
工作機械などの揺れを考える場合、機械を作動させることにより生じる揺れなど、比較的小さなものを対象とします。少なくとも機械が壊れるような状態は想定しません。
それに対して建築では、建物が倒壊するかしないかといった大きな揺れについても考えなくてはいけません。その場合、建物は当初の健全な状態から、揺れている間に損傷してきます。
TMDにおけるバネやダンパーの最適な設計手法は昔から知られています。しかし、揺れている最中に損傷して揺れの特性が変化するということは考えられていません。
特に鉄筋コンクリート造(RC造)の建物ではそれほど大きくない揺れでもひび割れが発生します。ひび割れによって建物は当初よりもゆっくりと揺れるように変化します。
建築におけるTMDの適用事例
建物の揺れを制御するための一般的な方法は、上の階と下の階とをダンパーでつなぎ、その変形差を利用してエネルギーを吸収するというものです。しかし、建物が高層になるとダンパーの設置台数が非常に多くなりますし、建築計画にも影響が出てしまいます。
その点、TMDであれば屋上に1台設置すれば事足りるのでメリットが大きく、大手ゼネコン各社が開発に力を入れています。特に耐震改修では入居しているテナントに迷惑をかけずに工事ができるので需要があります。
振り子タイプ
スーパーゼネコンの鹿島建設と大成建設が、巨大なオモリをワイヤーで吊るした「振り子タイプ」のTMDを開発しています。重力をバネとして利用していると言えるでしょう。
ワイヤー自身が伸び縮みするわけではなく、オモリの動きに合わせて左右に振れるだけなので、オモリを大きく(数メートル)動かすことができます。
オモリの揺れ方はワイヤーの長さで決まります。超高層ビルの揺れ方に合わせる場合はかなりの長さが必要です。
ワイヤーの長さを確保するため、鹿島の新宿三井ビルディングに導入した「D3SKY」はかなり背の高い装置になっています。一方、大成の「T-Mダンパー」はワイヤーを折り返して3段にしているので背の高さを抑えることができます。ただし、その分だけ横に広がっています。
ゴムタイプ
オモリをゴムで支えた「ゴムタイプ」のTMDも開発されています。ゴムには免震建物に使用する「積層ゴム」という特殊な装置を使用しています。
積層ゴムが変形できるのはせいぜい数十cm程度と、TMDに必要な動きとしては物足りません。そのため、ゴムを2段か3段積み重ねることで1m前後動けるようにしています。竹中工務店の新宿野村ビルに導入した「デュアルTMD-NT」は2段積みです。
中間層免震
一般的なTMDは建物とは別にオモリを設置しますが、ヘリポートや屋上設備、あるいは建物の上層部自体をオモリにしてしまおうという考えも古くからあります。
また、建物を上下に二分し、その間に「積層ゴム」と「ダンパー」を組み込むことで揺れを伝えにくくする「中間層免震」という技術があります。免震という名前が付いていますが、揺れ方の特性としてはTMDの要素も多く含まれています。
清水建設が芝浦プロジェクトにおいて適用した「BILMUS」はまさにこれに該当します。
今後もいろいろなTMDが建物に適用されていくでしょう。