いろいろなサイトで「耐震・制振(制震)・免震」の違いや特徴が紹介されています。
超高層マンションのチラシには「ダンパー」や「積層ゴム」といった専門用語が並び、ハウスメーカー各社は建物の揺れを止めるための様々な装置を開発しています。
では結局のところ、どの構造が一番地震に強いのでしょうか。情報量が多過ぎて、逆に本当のことがわからなくなっていないでしょうか。
耐震、制振、免震、それぞれにメリット、デメリットはありますが、耐震性だけを考えるなら明らかに免震が最も性能が高いと言えます。
次は制振、ではあるのですが、制振構造よりも性能がよい耐震構造はそれこそ無数にあります。
どの構造を選ぶかも大事ですが、どのレベルの性能を目指して設計された建物かを理解することが重要です。
耐震・制振・免震の一番簡単な説明
ここでは違いを理解するために必要な最低限の用語の説明と簡単な紹介だけにしておきましょう。
物足りない方は下記リンクをご参照ください。
耐震構造がよくわかる:許容応力度計算から保有水平耐力計算まで
1行で書いてみた
できるだけ簡潔に表してみました。
耐震:地震で壊れないよう硬く、強くした建物
制振:揺れのエネルギーを吸収する装置を足した建物
免震:地震の揺れを伝えにくい柔らかい層を追加した建物
あっさりとしていますが、本当に大事なことはこれだけです。
一般的に性能、コストともに耐震<制振<免震と言われています。
英語にしてみよう
建物が持つ特徴を漢字2文字に置き換えた日本語よりも、英語にしたほうがその特徴がよりはっきりする場合があります。
耐震:earthquake-resistance, earthquake-proof, aseismic structure
これはまさに「地震に耐える」という意味です。日本語でも英語でも変わりません。
耐震建物とは「地震に耐えられる建物」であり、基本的に全ての建物は耐震建物となるよう設計されています。
制振:vibration control
「振動を制御する」という意味です。制振建物では地震や強風により生じた建物の揺れ(振動)を、ダンパーと呼ばれる装置で低減(制御)しています。
もし振動の「振」ではなく地震の「震」を用いて「制震」としてしまうとearthquake control、つまり「地震を制御する」となってしまいます。今の科学では、とても地震を制御することなどできません。
そのため、学会で「制振」ではなく「制震」という言葉を使うと、批判を浴びたり、冷たい目で見られたりします。
ただ、メーカーやデベロッパーの一般消費者向けのパンフレット等ではわかりやすさを重視して、耐震や免震と同じように「震」の字を使った「制震」が使われることが多いです。
本ブログでは基本的に「制振(制震)」または「制振」と表記します。ただ、実際の製品等について記載する際はメーカーが使用している表記に合わせます。
免震:seismic isolation, base isolation
「地震から隔離されている」、「基礎が分離している」という意味です。
「免震層」という柔らかい層を介して地面と接することで、基礎が地面から浮いているような状態となります。
そのおかげで地震が伝わりにくい構造となります。「免」という字を当てて「地震を免れる」としたのはセンスがあると思います。
間違った用語「制震構造」「免振構造」
よく「制震構造」という言葉を見かけます。また、稀に「免振構造」という言葉も見ます。どちらの用語も正しくありません。
消費者にわかりやすいよう、あえて「制震構造」という言葉を使っている分にはまだいいと思います。ただ、わけも分からず「耐震」や「免震」と合わせて使っているのであれば問題です。
「免振構造」については明らかな間違いです。少なくとも建築の構造の分野では使用されません。ただの誤植でしょうか。
何にせよ間違った言葉を使ってしまっているサイトは、それだけで信頼性が大きく劣ると言えます。専門家でないことが一目でわかります。
この記事ではこれ以上各構造の詳細には触れません。予備知識としてはこれで十分です。
次章からは消費者として知っておきたい背景や考え方について説明していきます。
メリットとデメリットを知る以前に知っておきたいこと
どんな技術でも「メリットしかない」、ということはあり得ません。
耐震、制振、免震もそれぞれメリット、デメリットがあります。これらも検索をかければすぐに調べることができます。
しかし、その情報から総合的に判断して正しい結論を出すことは簡単ではありません。
メリット、デメリットがいくつあるかという「数」よりも、それがどのくらい重要な要素であるかという「質」の問題だからです。「質」の判断は専門家でないと難しいです。
よく勉強されている住宅の販売員の方であれば「耐震がいかに制振、免震より優れているか」を語ることができますし、反対に「制振がいかに耐震、免震より優れているか」を語ることもできます。
一級建築士であっても、構造を専門としていない方の場合は納得させられるかもしれません。一般の方であればなおさらでしょう。
情報収集も重要ですが、しっかりとポイントを抑えておく必要があります。
最低スペックを比較する
耐震、制振、免震いずれの構造であっても、お金をかければ「まず壊れることはないだろう」という建物にすることができます。
「壊れない」という点においては、実現できる最高の性能に差はありません。まず比べるべきは、最低の性能です。
耐震と制振
実は耐震と制振で、求められる最低の性能は同じです。
そのため、基準ギリギリに設計された制振建物よりも、基準に対し十分に余裕を持って設計された耐震建物の方が安全性は高いのです。
極端な例を挙げましょう。ここに耐震で設計された超高層ビルがあります。そこに小さなダンパーを1台設置します。
この程度では建物の安全性にはほとんど影響はありません。0といってもいいでしょう。
ですが、この建物は「制振」にグレードアップしてしまいます。特にクリアすべき数値目標があるわけではないので、ダンパーがありさえすれば制振建物なのです。
免震の最低スペック
では免震はどうでしょうか。
免震の場合、制振のようにダンパーを1台追加するというようなお手軽なことができません。
「免震層」という新しい層を追加し、建物を「免震層から上の部分」と「免震層から下の部分」に完全に分離する必要があります。
この時点で地震に対する性能が劇的に底上げされており、最低の性能が非常に高いレベルに位置することになります。
東北地方太平洋沖地震による検証
2011年3月11日の巨大地震を忘れる人はいないでしょう。津波による被害は想像を超えるものでした。
地震による被害はあまり大きくなかったと言われていますが、超高層ビルの耐震性に関する新たな知見を与えました。首都圏や関西圏に建つ超高層ビル群が初めて大きな揺れを経験したからです。
いろいろなビルで建物の揺れが計測されました。その中で、超高層マンションにおける耐震、制振、免震の揺れの大きさを比較したところ以下のような結果になりました。
耐震 ≒ 制振 ≫ 免震
免震建物は設計時に想定した通り大きな効果を発揮しました。一方、制振建物は耐震建物とほとんど変わらないという結果でした。
ここで言いたいことは「制振は効果が無い」ということではありません。適切に設計された制振建物は大幅に地震の揺れを低減できます。
今回揺れが計測された制振建物は「より大きな地震に対して効果を発揮するよう設計されていた」かもしれませんし「”制振”にすること自体が目的で、性能にはあまり期待していなかった」という可能性もあります。
重要なことは、「どの構造を採用したか」ではなく、「どの性能を目指して設計された建物か」です。ただし、免震は大地震の度にその性能の高さが報告されており、信頼性としては頭1つ抜けていると言えます。