重力や地震に対して安全な建物をつくるには「構造計算」により建物の各部に生じる力の大きさを求める必要があります。力の大きさがわかればこそ、柱の太さや鉄筋の量が決められるのです。
構造計算を行うには、建物という複雑な構造物をシンプルな形状に置き換えなくてはなりません。この置き換えを「モデル化」といい、置き換えられたものが「解析モデル」です。
モデル化にはいろいろな方法がありますが、近年は全ての柱や梁を一本一本建物の形状に合わせてモデル化するのが一般的です。元の建物に比べればシンプルとはいえ、建物の規模が大きくなると解析モデルのデータ容量もかなり大きくなってしまいます。
多少データが大きくなっても、一般的なビルの安全性を検証するのに用いる簡易な計算方法ではあまり問題になりません。しかし、超高層ビルの安全性を検証するのに用いる「時刻歴応答解析」などの高度な計算を行う場合、計算時間が非常に長くなってしまうことがあります。
そのような場合、もっとシンプルなモデル化が必要になります。どのように解析モデルを単純化するかで構造設計者のセンス・力量がわかることもあります。
ここでは時刻歴応答解析を行う際によく用いられる3つのモデルについて見ていきましょう。
質点系モデル
建物を複数の「オモリ」と「バネ」だけでモデル化してしまうのが「質点系モデル」です。数あるモデルの中でも、もっとも単純なモデルと言えます。
通常は各階の壁や柱による変形のしにくさ(硬さ)を1つのバネに、各階の重さを1つのオモリに置き換えます。そのため10階建ての建物なら10個のバネと10個のオモリになります。
その形状から「串団子モデル」と呼ばれることもあります。学会でも「どのモデルでやったの?」「串団子です」という会話が交わされることもあります。
モデル化の根拠
建物の様な複雑なものをただのオモリやバネだけで本当に表現できるのでしょうか。
実は、建物の重さというのは、そのほとんどが床レベルに集中しています。床は各階のおおむね全面を覆っていますし、人やモノが載るのも床だからです。
また、床というのは大きな一枚の板状の部材なので、線状の部材である柱や梁に比べて硬く、あまり変形しません。各階の床はひとつの塊としてまとまって動くことになります。
「重さ」と「動き」が集約されているため、それぞれを1つのオモリとバネに置き換えても計算の精度を保つことができるのです。
モデル化できるもの
質点系モデルは単純ではありますが、思った以上にいろいろな建物に適用可能です。ここではいくつか例を挙げてみましょう。
A) ツインタワー
名古屋駅の駅ビルは低層部が商業施設で、その上にホテル棟とオフィス棟という2棟の高層部が載っています。また、東京都庁舎は高層部が二手に分かれた印象的なデザインです。
通常は各階を1つのオモリで表現するわけですが、上部が2つに分かれているツインタワー状の建物では2つのオモリで表現します。高層部の2棟の揺れ方の違いによって低層部に生じる「ねじれ」も表現可能です。
B) 免震建物
建物と地面との間に「免震層」という柔らかい層を挟み込むことで地震の揺れを伝えにくくしているのが「免震」です。
免震層の効果により、通常の建物とは全く違う揺れ方をします。また、免震層には揺れを小さくするためのいろいろな装置が組み込まれています。
しかし、重さが床に集中していること、床がひとつの塊として動くこと、この2点は同じです。結局免震層もただのバネに置き換えることができます。
むしろ免震層が柔らかい分だけ建物は相対的に硬くなるので、建物の変形を無視できることもあります。そうなると1つのオモリと1つのバネだけで表現可能です。
実は、免震建物は質点系モデルと相性がいいのです。
C) 橋
建築物ではありませんが、場合によっては橋にも質点系モデルの適用が可能です。
斜張橋や吊り橋のような複雑な橋は難しいですが、単純な鉄橋などであれば問題ありません。「超高層ビルを横に倒したようなもの」と考えられなくもないでしょう。
建物であれば足元だけを固定しますが、橋の場合は左の端と右の端の両方を固定すればいいのです。
適用範囲に注意
いろいろと使い勝手のよい質点系モデルですが、単純な分だけモデル化に際して切り捨てていることもたくさんあります。
何が考慮できていて何が考慮できていないのか、構造設計者なら必ず知っておかないといけません。解析ソフトによる計算結果を盲目的に信じていると痛い目に会います。
特に建物が大きく損傷するような場合、制振装置が取り付く場合などは注意が必要です。
魚骨モデル
質点系モデルよりももう少し詳細な検証をできるのが「魚骨(ぎょこつ)モデル」です。ややマニアックなモデルで、玄人向けかもしれません。
文字通り魚の骨のような形状のモデルで、英語でもそのまま“Fish bone model”と言います。柱1本と複数の梁からなるモデルです。
整形な高層ビルのモデル化に用いることが多いと思います。特殊な形状のため、かなり用途を選びます。
横に長いビルの中から1フレームだけ抜き出してきたものと考えればわかりやすいでしょう。実際には細かなパラメータを設定でき、複雑なモデルと遜色ない精度で解析することも可能です。
フレームモデル
建物の柱や梁といった骨組を一本一本モデル化したものを「フレームモデル」とか「骨組モデル」と呼びます。質点系モデルや魚骨モデルよりも高精度な解析が可能です。
平面モデル
建物は縦・横・奥行きがある立体的な構造物ですが、地震の力を考える場合は東西方向と南北方向とで分けて考えることが多いです。地震時の地面の動きは本来複雑なものではありますが、東西の揺れは南面と北面が、南北の揺れは東面と西面が負担すればよい、というような考え方です。
ということは、東西の揺れを考えるときは南面と北面だけあればよく、東面と西面はモデルに組み込まなくてもいいことになります。そうなると南面と北面は互いに独立したフレームになるので向いあって並べる必要はなく、横並びでも同じです。
各階の床レベルでの変形が同じになるようにさえ設定すれば、立体的な建物も平面(二次元)でモデル化することが可能です。
立体モデル
南北や東西ではなく、北東-南西方向のように建物の軸に対して平行ではない方向の揺れを扱う場合、平面モデルでは対応が難しいです。また、南北方向の揺れであっても南面や北面に及ぼす影響はゼロではありません。
やはり複雑な解析、高精度な解析を行うには、立体である建物をそのまま立体のモデルに置き換えるのが確実です。モデルの作成や解析に時間はかかりますが、立体のフレームモデルでないとわからないこともあります。
しかし、左右対称な建物であれば対称軸で切断して半分だけモデル化するなど、モデルをシンプルにする工夫というのは重要です。
その他のモデル
基本的に上記の3つのモデルを知っておけば十分ですが、他にもいろいろなモデル化は存在します。
柱や梁、壁などをさらに実状に近い形でモデル化する「有限要素モデル」というものもあります。
また、質点系モデルと平面フレームモデルを組み合わせる、魚骨モデルにさらにバネを追加するといった複合的なモデルもあります。
いずれにせよ、自分が解析で何を知りたいのか、精度と手間と時間のどれを優先するのか、そういったことを考えながらモデルを組まなくてはなりません。