バッコ博士の構造塾

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構造計算におけるモデル化:モデル化でわかる構造設計者のセンス

ほんの数十年前までは計算機を使用せず、紙と鉛筆をつかっての手計算により建物の安全性を確認していました。海外にある超高層建物は築100年程度のものもありますので、それらの建物は当然高度な計算による検証はなされていません。

 

では「そんな建物は怖くて中には入れない」かと言うと、そうでもありません。今なお現役で、多数の観光客が展望台に上り、オフィスフロアには一流企業も入居しています。

 

逆に、最新の知見に基づき、高度な計算を行った最高級のビルでも不具合が出ることがあります。これは一体どういうことなのでしょうか。

 

一言で言えば、設計者にセンスがなかったということです。そして、センスの良し悪しは、解析モデルの作り方を見ればわかることが多々あります。

 

 

構造設計におけるモデル化

「モデル化」は構造設計に限らず色々な分野で行われています。そのため、人によって言葉の使い方や認識に若干の差があると思います。

 

ただ共通して言えるのは、モデル化とは、実際の「ものごと・できごと」が「なぜ・どうして」そうなるかを「説明・計算」できるように「単純化」することです。よくわからないものをわかるもので表現する、と言えるかもしれません。

 

構造設計の目的は、「重力や地震に対して建物の安全性を検証すること」です。それには、建物各部に生じる力の大きさがどのくらいになるかを計算しなくてはなりません。

 

しかし、実際には建物どころか柱一本すら完全には理解できていないというのが現状です。微妙な寸法誤差や材料のばらつき等、細かいことを挙げていけばキリがありません。

 

そこで、この柱は「ある断面形状、ある材料特性を有する一様な細い棒である」という置き換えを行います。実際とは若干違うけれど、とにかく計算することはできるようになります。この置き換えが、構造設計におけるモデル化です。

 

簡易なモデル化・高度なモデル化

建物を構成する各部材をモデル化する方法はいろいろあります。ここでは例として、鉄筋コンクリート(RC)の「壁」を考えてみましょう。

RC造がよくわかる:構造設計一級建築士&コンクリート主任技士が解説

 

次元の違い

壁は当然ながら三次元の部材です。そのため、「直方体」としてモデル化するのが最も実状に即しています。

 

しかし、高さや幅に比べて厚さは小さく、二次元の広がりを持つ部材とも考えられます。そのため、「平面」としてモデル化しても構いません。

 

また、壁が持つ「曲がりにくさ」「ずれにくさ」「伸びにくさ」という要素をそれぞれ分解し、「バネ」の組み合わせによってモデル化することも可能です。バネは伸びと縮みしかない一次元の部材です。

 

このように、同じ壁のモデル化であっても一次元から三次元、そのどれでもモデル化が可能です。

 

線形・非線形

次元以外にもモデル化の分類はいろいろあります。わかりやすいのが「線形・非線形」の違いです。

線形・非線形とは:知っておくべき違いと解析における使い分け

 

線形とは「比例関係」のことです。「部材の変形は、部材に生じる力に比例する」とする場合が多くあります。

 

しかし実際には、コンクリートにはひび割れが入ります。ひび割れが入ると、最初よりも部材は変形しやすくなってしまいます。

 

また、コンクリートは鉄筋で補強されていますが、この鉄筋も力の大きさに応じてへたってしまいます。一部の鉄筋がへたるのか、大部分の鉄筋がへたるのか、それによって部材の変形しやすさは大きく違います。

 

このように、力の大きさに応じて状態が変化することを「非線形」と言います。非線形の方が線形よりも実状に即したモデルですが、その分複雑です。

 

モデル化のセンス

ここまで、構造設計におけるモデル化について簡単に説明してきました。「いろいろなモデル化の方法があるんだな」ということが分かっていただけたかと思います。

 

そして、どのモデルを選ぶかで計算結果は変わってきます。適切なモデル化を行わないと、大切な部分を見落としてしまうことになりかねません。

 

解析の精度

適切なモデル化とは、一体どういうものを指すのでしょうか。高精度で、できるだけ忠実に建物を再現したモデル化を行うことでしょうか。

 

場合によってはそうした高度なモデル化が必要なときはあります。ただ、常にそれが最善かと言うと、それは違います。

 

高度な解析を行うには、時間が必要です。モデルの入力も大変ですし、計算時間自体も長くなります。

 

パラメータを変えていろいろな検討を行いたいときに、各ケースの計算に何時間もかかるのでは仕事になりません。建物全体の安全性を検証するのに、柱一本一本の細かい挙動まで知る必要はありません。

 

自分が知りたい精度と、解析モデルが持つ精度のバランスをよく考えてモデル化する必要があります。たくさんのケースから優れたものをいくつか抽出するだけなら粗いモデル化でよく、その中でさらに良し悪しを比較するのなら精度を上げていけばいいのです。

 

力学が大事

優れた構造設計者であれば、解析するまでもなく大体の結果が分かっています。簡単なモデルの場合、かなりの精度で予測が可能です。

 

なぜそんなことができるか、それは力学を理解しているからです。「構造設計者なら力学が分かって当然だろ」と思われるかもしれませんが、意外にそうでもないのです。

 

やたらと小難しいことを言う人、複雑なモデルを組みたがる人は力学が分かっていない場合が多いです。本質を理解していないので、余分な要素を削り落とすことができないのです。

 

若手社員が先輩社員によく質問されるのが、「どうしてこの解析結果があっていると思うのか」ということです。常に解析結果を疑うことが重要です。

 

「解析ソフトによる計算の結果、こうなりました」では0点です。入力ミス、解析ソフトのバグ、両方ともよくあることです。

 

どんな難しい解析ができたとしても、そんな設計者には任せられません。

 

残念な実例

コンクリートの基礎

建物の重さを支える基礎の検討で、基礎を細かな「面」に分割して計算した後輩が困っていました。局所的に大きな力が発生し、とてもじゃないが補強しきれない、とのことです。

 

しかし、その解析にはひび割れが考慮されていません。実際にはひび割れが入って変形しやすくなるので、その部分に生じる力の大きさは緩和されます。周辺部にも力が伝わるようになるということです。

 

そうなれば現実的な量の鉄筋で補強が可能になります。自分がやっている計算と実際の基礎の性質との違いを理解していない、ということが伺えます。

 

免震建物

建物の下部に柔らかい層(免震層)を設け、地震の揺れを伝わりにくくする「免震」という工法があります。

免震構造がよくわかる

 

低層建物の場合、大地震時に建物自身は数cmも変形しないのに、免震層は40cmも変形することもあります。建物にくらべて免震層の変形は非常に大きくなります。

 

これは、建物の揺れ方は免震層によって決まるということです。逆に言うと、免震層よりも上の部分はあまり関係ないということです。

 

にも関わらず、初期の検討の時点で精緻な建物モデルを組みたがる人がいます。これから先、建物の設計はどんどん変わるのに、です。

 

時間がたくさんあるならそれもいいでしょう。しかし、基本的に構造設計者は忙しいです。やるべきは、免震層をどう設計するか考えることでしょう。

 

まだまだ残念な例はありますが、長くなったのでやめておきます。何気なく組んでいるモデルからでも、意外に多くのことが読み取れるものです。自戒の念も込めて、記事にしてみました。