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プレストレストコンクリートとは:知っておきたい基本性能

世の中にはいろいろな材料がありますが、短所の無い材料はありません。「コンクリート」は安価で耐久性に優れ、圧縮に強い材料ですが、引張に弱いという性質があります。そのため、引張に強い「鉄筋」と組み合わせることで弱点を補っています。

 

鉄筋とコンクリートを組み合わせたものを「鉄筋コンクリート」と言い、建築材料として広く使われています。しかし、いくら鉄筋をたくさん用いても、コンクリートに生じるひび割れを完全には防ぐことができません。引張に弱いというコンクリートの性質自体が変化した訳ではないからです。

 

そこで出てくるのが「プレストレストコンクリート」です。コンクリートの持つ性能を最大限発揮させることができる、すぐれた工法です。

 

 

プレストレストとは

プレストレストコンクリートを英語で書くと、Prestressed Concreteです。「あらかじめ(Pre)応力を与えられた(stressed)コンクリート(Concrete)」という意味です。

 

略して「PC(ピー・シー)」と呼ばれます。ちなみに鉄筋コンクリートはReinforced Concrete(補強されたコンクリート)なので「RC(アール・シー)」です。

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では、「あらかじめ応力を与えられた」とはどういうことでしょうか。順を追って説明していきます。

 

プレとは

建物に作用する力とは、地震や台風のような稀に起こる事象だけではありません。当然ながら、常に重力の作用を受けています。建物の各部には、建設した瞬間から力が生じていることになります。

 

「あらかじめ」とは、この力が生じるよりも前の段階を指しています。つまり、まだ部材が完全には建物の一部となっていない状態です。

 

具体的に言えば、工場で部材を製造した段階、仮設用の支持材を取り外す前の段階などです。このタイミングで応力を与えることになります。

 

ストレスとは

応力にもいろいろありますが、プレストレストコンクリートに導入されている応力とは「圧縮応力」のことです。あらかじめコンクリートをギュッと押しつけるような状態にしてあります。

 

前述のように、コンクリートは圧縮に対して非常に強い材料です。ですので、あらかじめ圧縮されても、まだまだ余裕があります。

 

そして、圧縮された部材を多少引っ張ったところで、部材に生じる力はトータルとしては圧縮になります。そのため、見かけ上はコンクリートが引張にも強くなったように取り扱うことができるのです。

 

プレストレスによるメリット

もともと引張に対して弱かったコンクリートが引張に対して強くなると、なにができるようになるのでしょうか。

 

ひび割れ

コンクリートの大敵と言えば「ひび割れ」です。どれだけ気を付けて施工しても、基本的にひび割れは入ります。その代わり、できるだけひび割れの幅を小さくするような設計が行われます。

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なぜひび割れが入るかというと、コンクリートが引っ張られるからです。コンクリートの乾燥収縮によって生じる場合もありますし、重力や地震力のような建物に生じる力が原因となる場合もあります。

 

いくら鉄筋による補強を行っても、引張の力の一部はコンクリートが負担してしまいます。そして、すぐに耐えきれなくなって割れてしまうのです。

 

しかし、プレストレストコンクリートでは、あらかじめ加えられた圧縮力の分だけ余裕があります。この圧縮力を超える引張力が作用しない限りはひび割れが生じません

 

仮に地震等でひび割れが生じたとしても、地震終了後は再び圧縮されることになるのでひび割れが閉じることになります。損傷の少ない構造を作ることが可能です。

 

大スパン

柱と柱を繋ぐ部材を「梁」と言います。一般的に鉄筋コンクリート造の建物では、梁の大きさは柱と柱の距離(スパン)の1/10程度になります。梁に入れられる鉄筋の量や、ひび割れ幅を考慮すると大体そのくらいになります。

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梁が大きすぎると、建物の使い勝手に影響してしまいます。そのため、鉄筋コンクリート造ではスパンを10m程度以下にする場合が大半です。

 

しかし、プレストレストコンクリートではもっとスパンを大きくすることが可能です。圧縮力によりひび割れを制限できますし、鉄筋の負担も小さくなるからです。

 

スパンが20mくらいのものはザラにあります。土木の世界では20mを大きく超えるようなものもあるようです。

 

また、同じスパンの梁であれば、プレストレストコンクリートにした方が断面を小さくできることになります。デザイナーは部材を小さくしたがるので、そうした使い方もあります。

 

応力の導入

プレストレストコンクリートが有効であることはご理解いただけたかと思います。では、実際にどうやって応力を導入するのでしょうか。

 

一般的に、応力の導入には「PC鋼材」と呼ばれる強度の高い材が使用されます。通常の鉄筋の倍以上強い材です。

 

この材を引っ張り、伸びたところをコンクリートによって固定します。PC鋼材は元の長さに戻ろうとするので、それを止めているコンクリートに圧縮力が生じることになります。

 

そして、応力の導入方法には大きく2通りあります。コンクリートが固まる前にPC鋼材を引っ張るか、コンクリートが固まってからPC鋼材を引っ張るかの違いです。

 

プレテンション

コンクリートが固まる前にPC鋼材を引っ張る方法を「プレテンション」と言います。「プレ」はプレストレストのプレと同じ「あらかじめ」という意味です。「テンション」は「引っ張る」です。

 

もちろん、固まる前のコンクリートではPC鋼材を固定しておくことはできません。固まる前にPC鋼材を引っ張りますが、コンクリートが固まるまでは引っ張りっぱなしです。

 

コンクリートが固まると、PC鋼材とくっつきます。このくっつく力を「付着力」といい、これによりPC鋼材とコンクリートが一体化してプレストレスが導入されます。

 

ポストテンション

コンクリートが固まった後にPC鋼材を引っ張る方法を「ポストテンション」と言います。「ポスト」は「後で」という意味です。

 

固まった後でもPC鋼材を引っ張れるよう、PC鋼材を通す孔をあけておく必要があります。その孔からPC鋼材を通し、両側から引っ張ります。

 

プレテンションと違い、コンクリートとの間に付着の力は働きません。そのため、部材の端部に「定着具」と呼ばれるものを取り付けます。そして、定着具が部材に押さえつけられることで応力が導入されます。

 

応力導入後、PC鋼材を通すための孔は「グラウト」を充填することによって閉じられます。セメントに水を混ぜ合わせた、流動性の高い材料です。

 

応力の緩和

プレストレストコンクリートの部材は、導入された応力に応じて強さが変わります。そのため、計算通りの応力が導入されていないといけません。

 

ただ、施工時に計算通りであればいいわけではありません。時間とともに応力が抜けていってしまうからです。

 

クリープ

コンクリートはセメントと水の水和反応によって凝固しています。そのため水は不可欠なのですが、全ての水が反応に使用されるわけではありません。

 

一部の水は反応しきらず、コンクリートの内部に残っています。そして,時間の経過とともに、少しずつ抜け出てしまいます。

 

水が抜ければ、その分だけ体積が小さくなります。プレストレストコンクリートのような圧縮力を受けている部材は当初よりも短くなってしまうのです。このような現象を「クリープ」と言います。

 

部材が短くなれば、PC鋼材の締め付けている力が緩みます。となると、当然プレストレスも小さくなってしまいます。

 

リラクゼーション

クリープはコンクリートに起因する応力の低下でしたが、PC鋼材に起因するものもあります。

 

PC鋼材を引っ張り、そのまま長さが変わらないよう固定しておくとします。プレストレストコンクリート内のPC鋼材と同じ状態ですね。

 

するとなぜか、しばらく時間が経つと、長さは変わらなくても当初より引っ張る力が小さくなります。これが「リラクゼーション」です。

 

クリープでは「勝手に変形が大きくなる」ことで、リラクゼーションでは「勝手に応力が小さくなる」ことで導入応力が低下します。こうした時間経過に伴う緩みも考慮してプレストレストコンクリート部材は設計しなくてはなりません。