バッコ博士の構造塾

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アンボンドブレースがわかる:座屈しないとこんなにも使いやすい

建物に作用する地震の力にどうやって抵抗するか、それにはいろいろな方法があります。「曲げ」によって抵抗する「ラーメン構造」、「せん断」によって抵抗する「壁式構造」、そして「伸び」により抵抗する「ブレース構造」などがあります。

ラーメン構造がわかる

ブレース構造がわかる

 

曲げ・せん断・伸びの中で、最も「硬く」て「強い」のが「伸び」による抵抗です。そのため、「伸び」を利用したブレース構造は効率がよい構造形式と言えます。細く、少ない部材でも、地震に対して安全な建物とすることができます。

 

事実、鉄骨造の住宅のほとんどはブレース構造ですし、工場や自走式駐車場にも多く採用されています。規模が小さい建物はもちろん、大規模な建物にも適用可能です。

 

しかし、ブレース構造で設計することが非常に難しいケースというものもあります。折角効率のよいブレースを、効率よく使えないという事態が往々にして起こるのです。そのため、「ブレース構造はやめてラーメン構造にするか」となる場合があります。

 

そこで登場するのが「アンボンドブレース」です。構造設計者にとって、痒い所に手が届くブレースと言えるかもしれません。

 

ここではブレース特有の問題と、それを解決するアンボンドブレースについて説明していきます。

 

 

ブレースの大問題:座屈

座屈とは

「伸び」は非常に効率のよい力の伝達方法です。目に見えないくらいの細いケーブルでも、重量物を吊るしておくことができます。では、「伸び」の反対の「縮み」はどうでしょうか。

 

コンクリートなどの異方性材料では、伸びるときと縮むときとで強さが極端に変わります。一方、鋼材をはじめとする金属系の材料では、伸びと縮みのどちらであっても強さは変わりません。

 

しかし、材料が伸びと縮みで同じ性質を持つからといって、部材が伸びと縮みで同じ性質を持つとは限りません。「座屈」があるからです。

座屈がわかる

 

上からケーブルで吊られていたものを、ひっくり返して下からケーブルで支えられるかというと、そうはいきません。細い材というのは、縮む方向に力を加えられると横方向にグイっと曲がってしまいます。これが「座屈」です。

 

重力は上から下の一方向にしか作用しませんので、伸びだけを想定して細い材で負担しても不都合はありません。しかし、地震は前後左右不規則に作用します。

 

そのため、ブレースは伸びだけでなく縮みも受けることになってしまいます。効率のよい「伸び」だけでなく、効率の悪い「縮み」も負担することで、ブレース構造の良さが損なわれてしまうことがあります。

 

太い部材

座屈が起こらないようにするにはどうすればいいでしょうか。一番簡単なのは、ブレースを太くすることです。

 

横にグイっと曲がるのを防げばいいので、部材を曲がりにくくすればいいということになります。曲がりにくい部材とは、太くて短い部材です。

 

部材を短くするのは現実的ではありません。ブレースは下の階と上の階を斜めに繋ぐように設置されるわけですが、柱と柱の間隔や階高というのは簡単に変えられるものではないからです。

 

となると、残された選択肢は部材を太くすることしかありません。ただ、壁に隠れる部分ならいいですが、人の目に触れる部分だと意匠設計者からNGがでることもあります。

 

また、太くするということは使用する材料が増えるということです。材料が増えれば当然コストも上がります。ブレース構造にすることでかえって効率が悪くなる場合すらあります。

 

接合部の破壊

座屈を防ぐためには、部材を太くしなければなりませんでした。しかし、太くすることで新たな問題が生じる可能性があります。

 

ブレースが「伸び」に対して元々十分な強さがあったのであれば、部材を太くすることでさらに「伸び」に対して強くなることになります。強くなればそれでいい、とはならないのが構造設計の難しいところです。

 

もしブレース自身に許容値を超える大きな力が作用すると、元に戻らないところまでグーっと伸びてしまいます。しかし、伸びることでブレースは損傷しますが、伸びた分だけエネルギーを吸収することができます。

 

しかし、ブレースに力を伝達するための、ブレースと他の部材との接合部が先に壊れてしまうかもしれません。接合部はごく短い領域しかありませんので、グーっと伸びる前にブチっと切れてしまいます。

 

通常はブレースよりも接合部を強くすることでこうした事態を防ぐのですが、部材が太くなってブレースが強くなり過ぎると設計が難しくなります。その結果、ブレース構造とすること自体が無理になる場合もあります。

 

座屈拘束ブレース

座屈拘束ブレースとは

ブレースの問題とは、結局「座屈」のことです。座屈さえしなければ、話は非常に簡単になります。

 

どんな分野でも、問題があれば誰かが解決策を考えるものです。このブレースの問題も例外ではありません。

 

座屈を拘束して、座屈が起こらないようにしたブレースを「座屈拘束ブレース」といいます。「アンボンドブレース」もその中の一つで新日鉄住金エンジニアリングの商品ですが、知名度が抜群なので同じ意味で使われることもあります。

 

どうやって座屈しないブレースを実現しているのか、基本的な考え方はどのブレースでも同じです。ここではアンボンドブレースを例に説明します。

 

心材と拘束材

ブレースが細いと座屈するので、太くすることで対応しようというのが一般的なブレースの考え方です。しかし、どれだけ太くしようと「縮み」より「伸び」の方が強いことに変わりはありません。

 

伸びと縮みの強さのアンバランスが問題を引き起こしているので、材を太くするという方向ではいつまで経っても根本的な解決にはいたりません。たまたまうまく設計できることもあれば、うまく設計ができないこともあるわけです。

 

これは、曲がりにくくするために部材を太くしているのに、伸びに対する強さまで向上させてしまうところに問題があります。そこで、「曲がりにくさ」と「伸びに対する強さ」を分離します。

 

曲がりにくくするのに、直接ブレース自身を太くする必要はありません。ブレースを外側から別の材で包み込んでしまえばいいのです。

 

ブレース(心材)がいくら細くても、その周囲に太い材(拘束材)があれば横に曲がりようがありません。その結果、伸びと縮みの強さはブレースの断面積だけで決まり、両者は一致することになります。

 

伸びと縮みで負担できる力が同じであれば、無駄にブレースを大きくしなくて済みます。おかげで接合部の設計が簡単になります。

 

座屈を防ぐための拘束材は、ブレースの伸び縮みに対して力を負担してはいけません。そのため、一端はブレースの接合部にくっついていますが、もう一端はどこにも繋がっていません。

 

また、ブレース本体である心材とは完全に縁が切れています。心材が曲がらないように密着しているようにも見えますが、緩衝材を介しているので伸び縮みは拘束していません。

 

アンボンドブレースでは、拘束材に鋼管とコンクリートを組み合わせたものを使用しています。鋼管で外側を覆い、内部にコンクリートを充填することで心材との隙間を塞ぎ、かつ曲がりにくさを高めています。

 

アンボンドブレースの性能

繰り返し特性

ブレースを太くしても、完全に座屈を防ぐことは難しいです。なぜなら、負担する力が大きくなると鋼材が軟化するからです。

 

いくら曲がりにくい形状をしていても、材料自体が柔らかいのであれば曲がってしまいます。そのため、伸びに比べて縮みは力と変形の関係が安定せず、吸収できるエネルギー量が小さくなります。

 

地震はガタガタと右に左にと繰り返し揺れますので、ブレースは伸びたり縮んだりを繰り返すことになります。縮む際のエネルギー吸収量が小さいことは、当然建物の耐震性にマイナスに働きます。

 

もちろん、エネルギー吸収能力の低下を見込んだ設計が行われます。しかし、伸びと縮みでエネルギー吸収に差が無い方がいいに決まっています。

 

そしてアンボンドブレースでは、伸びと縮みとでほとんど差が見られない、きれいな力と変形の関係を示します。座屈しないので繰り返しの変形にも強く、大きな変形まで安定した性能を有しています。

 

耐震ブレース・制振ブレース

通常、ブレース構造は、建物を強くして地震に耐えられるようにする「耐震構造」となります。伸び縮みの差がなく、変形性能の高いアンボンドブレースは非常に使い勝手がいい製品です。

 

しかし、これだけの性能を有しているブレースを、何も耐震にだけ使用する必要はありません。エネルギー吸収能力の高さを生かして、制振にも使用することができます。

 

耐震の部材だろうが制振の部材だろうが、どちらもエネルギー吸収能力はあります。ただ、その能力が高いか低いかの違いだけです。

制振・制震構造がわかる

 

実際、耐震でも制振でも、どちらの使用例も多数あります。そのため、建物をパッと見ただけではどちらで使用されているかわからないことも多いです。

 

ただ、制振の効果を積極的に設計に取り込むには「時刻歴応答解析」という面倒な計算が必要になります。そのため、この計算が必須となる高さ60mを超える建物以外では「耐震」として使用される場合が大半です。

時刻歴応答解析がわかる

 

もしどこかで鉄の筒に包まれたブレースを見たら、よく観察してみると面白いかもしれません。