バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

制振・制震構造がよくわかる:アクティブ制振からパッシブ制振まで

「制振」と表記されたり「制震」と表記されたり、耐震や免震と比べてわかりにくいのが制振構造。ただ、住宅展示場に行くと木造住宅の多くに適用されており、今や標準装備の様相を呈しています。

 

□■□疑問■□■

制振構造とは結局のところどういう建物を指すのでしょうか。「振動を制御する」と言われてもよくわかりません。

 

耐震・制振・免震:その違いと東北地方太平洋沖地震の結果

耐震構造がよくわかる:構造設計者がまじめに解説してみた

 

□■□回答■□■

制振構造と言っても、ベースとなるのは耐震構造です。耐震構造同様、建築基準法に定められた耐震基準「中小地震には損傷しない、大地震には倒壊しない」を満たすよう設計された建物です。ただ、地震の際に建物に生じる振動のエネルギーを、壁や柱だけでなく「ダンパー」と呼ばれる装置を用いて吸収するところに特徴があります。

一口に「制振」と言っても、いろいろな方式があります。1つずつ紹介していきましょう。

 

 

制振の基本

地震が発生した後、時間が経てば自然と建物の揺れは収まります。これは地震により生じた建物の振動エネルギーがなくなったということです。ではどうしてなくなるのでしょう。

 

柱や壁同士が擦れあうことで、建物周囲の空気抵抗によって、地面が変形することで熱や音に変わる分があります。地面を伝ってどこか遠くへ行ってしまう分もあります。その他いろいろな要因によりエネルギーが損なわれていきます。

 

どの部分がどのくらいエネルギー収支に寄与しているかは未解明な部分が多くわかりません。確実なことは、より効率よくエネルギーを消散させてやれば、建物の揺れが小さくなるということです。

 

そこで登場するのが「ダンパー」と呼ばれる、エネルギーを効率よく吸収するための装置です。「制振装置」とも呼ばれます。この装置を備えているかどうかが耐震構造と制振構造の違いです。

 

エネルギー吸収効率を高めた柱や梁も開発されており、どこまでが耐震でどこからが制振かというのは区別が難しい場合もあります。現状では、設計者が「制振である」と言えば制振構造になるといった側面が大きいです。

 

制御方式の違い:アクティブとパッシブ

アクティブ制振

外部から大きなエネルギーを得て振動を制御するシステムです。ここでいうエネルギーとは、基本的に「電力」を指しています。

 

建物が右に揺れるときには左に、左に揺れるときには右に建物を押し返すようにアクチュエーターを制御することで建物の揺れを小さくする、というのがアクティブ制振の基本です。

 

建物の揺れを制御する際、建物の下の方を押したり引いたりするより、上の方を押したり引いたりした方が効率が高いです。そのためアクチュエーターを建物上層部に設置することになりますが、アクチュエーターが力を発揮するには反力を取る(踏ん張る)ための土台が必要です。

 

反力を取るための土台を確保する方法として、制御したい建物と同程度の高さを持つ建物と繋ぐ場合と、建物の上部に大きなオモリを設置する場合があります。

 

コンピュータの制御により常に最適な力で建物を押し返すため、非常に大きな効果を発揮します。ただ、理論上はどんな建物でも制御可能ですが、実際にはアクチュエーターの容量が不足してしまい、あまり大きな揺れには対応できません。

 

また、建物がガタガタと速く揺れる場合、アクチュエーターの作動が間に合わないため制御が難しくなります。そのためグ~ラグ~ラとゆっくり揺れる超高層建物に使用されることになります。

 

超高層建物が地震で大きく動くような場合、非常に大きな力で押し返す必要があり、対応が難しいのが現状です。そのため、強風時の居住性の改善や地震の後揺れを短くするような使い方が主で、大地震時にはその効果に期待していません。

 

セミアクティブ制振

外部から少しだけエネルギーを得て振動を制御するシステムです。エネルギーをアクティブ制振のように建物を押し返したりするために使うのではなく、ダンパーの特性を切り替えるために使います。

 

建物の揺れを制御する際、常にダンパーが頑張っていればいいわけでなく、ダンパーが効いていないほうが揺れを小さくできるタイミングがあります。そのタイミングを見計らってダンパーの特性を変化させることで、ただダンパーを設置しているよりも制振効果を高めることができます。

 

ダンパーにはいろいろな種類があり、その中には電気を流すことでその特性を変化させられるものがあります。こうした特殊なダンパーを用い、コンピュータによる演算を繰り返すことで、ダンパーの特性を常に最適な状態に保つことができます。

 

パッシブ制振

外部からのエネルギー入力を必要とせず、建物が揺れることでダンパーに変形が生じ、エネルギー吸収を行います。

 

世の中にあるほとんどの制振はこのパッシブ制振です。戸建住宅に取り入れられている制振方式もパッシブです。メンテナンスやコンピュータが不要で、維持管理が簡単であることが大きな利点です。

 

パッシブ制振では、建物内の変形が大きくなるところにダンパーを設置するのが最も効果的です。上の階と下の階を繋ぐようにダンパーを設置している例がほとんどです。あえて変形しやすい部分を作り、そこにダンパーを設置するという方法もあります。

 

パッシブ制振あれこれ

層間設置型

最も一般的なダンパーの設置方法です。戸建住宅のダンパーの設置方法も層間設置型で、1階床と2階床を繋ぐように、あるいは2階床と屋根を繋ぐようにダンパーを設置します。

 

上下階の床の間には当然距離があるので、その距離を何で埋めるかでさらに分類できます。柱のようなものを立てて設置する「間柱型」、筋違いのように斜めに設置する「筋違型」、その他「壁型」や「ブレース型」等があります。

 

超高層建物になると層の数が増えるため、大量にダンパーを設置する必要が出てきます。建物の全体の変形からすると、層と層の間の変形は微々たるものになるため、ダンパー1台あたりの効果は小さなものとなります。

 

境界梁型

ダンパーを層間に設置する場合、窓をつぶすことになったり、動線計画がうまくいかなったりします。そこでダンパーを梁のように水平に設置することがあります。

 

耐震壁は地震力を受けると片側が下に下がり、もう片側が上に上がります。耐震壁を2枚並べてダンパーで繋ぐと、地震時にダンパーの一端は下がり、もう一端は上がることになるので、ダンパーに大きな変形が生じます。

 

鉄筋コンクリート造の建物で時折見られる設置方法で、うまく設計すれば意匠的にも構造的にもよい結果が得られます。

 

連結制振

建物と建物をダンパーで繋ぐ方法です。片方の建物が左に、もう片方の建物が右に揺れた場合、それらを繋ぐダンパーには非常に大きな変形が生じます。

 

層間設置型では層と層の間の変形しか利用できませんでしたが、この方法では建物の頂部の変形をダイレクトに利用できます。そのためダンパーのエネルギー吸収の効率が非常に高まります。

 

問題点としては、連結する相方となる建物をどうやって用意するか、ということです。耐震補強では連結先となる構造体を新たに造成する場合があります。超高層マンションでは中央部にあるタワーパーキングを利用する場合もあります。

大林組の超高層マンション:制振システムDFSの考察

 

ソフトストーリー

「柔らかい層」という意味です。建物の低層部(通常は1階、または1、2階を利用する場合が多い)の硬さをあえて下げ、そこにダンパーを設置する方法です。

 

免震構造では「免震層」という非常に柔らかい層を建物に追加し、そこに集中的にダンパーを配置します。ソフトストーリーでは新たに層を追加するのではなく、元からある層を柔らかくしています。

 

柔らかい層の変形能力を確保してやることで、制振構造でありながら免震構造のような効果を期待することができます。低層部をどこまで柔らかくできるか、どこまで変形を許容させるかでその性能は変化します。

 

本来低層部には大きな地震力がかかります。そこをあえて柔らかくするということで、設計の際は細心の注意が必要です。設計の難易度が高いことから、今までは高さ60m以下の建物への適用が多かったのですが、超高層建物を対象とした技術も出てきています。

大成建設の超高層制振マンション:TASS Flex-FRAMEの考察

 

TMD(Tuned Mass Damper)

「同調質量ダンパー」とも呼ばれます。建物の頂部に大きなオモリを設置し、適切な硬さのバネと適切な減衰性能を持ったダンパーで繋ぎます。

 

地震時や強風時に建物が揺れると、建物の揺れる方向とは別方向にこのオモリが揺れます。その結果、建物の揺れが押し戻されるような形になり、揺れ幅を低減することができます。

 

以前は主として風揺れや中小地震時の居住性能の改善に用いられていました。大地震時にはオモリの揺れ幅が大きくなり過ぎて落下や故障の危険があったからです。

 

しかし近年では非常に大きなオモリを設置し、可動範囲も大幅に広げた大地震用のTMDも開発、適用されています。新築建物よりは、既存の超高層ビルの耐震改修に使用されているようです。

 

制振の効果

制振はあくまでも建物内に入ってきたエネルギーをいかに効率よく吸収するか、ということに主眼が置かれており、エネルギーが入ってこないようにはできていません。

 

1階の床は地面と直接繋がっているので、地面と同じ動きをします。これは耐震だろうが制振だろうが関係ありません。しかし、2階より上の揺れは建物内を伝わっていくものなので、ダンパーがあることで揺れを小さくすることができます。

 

上層部の揺れが小さくなることで、結果的にそれを支えている1階の柱や壁は楽をすることができます。全体的に揺れが小さくなるため、ダンパーを設置していない階にもその効果は及びます。

 

この小さくなった揺れ、地震の力に対し、耐震構造同様に「損傷しないか」「倒壊しないか」といったことを検討することになります。

 

耐震構造のようにひたすら建物を強くしていく方法では、建物は壊れないかもしれませんが、居住者が感じる揺れの大きさはどんどん大きくなっていくことになります。その点制振構造では建物の変形を押さえつつ、居住者の感じる揺れも小さくすることができます。

 

また、風揺れのような小さな揺れにも効果を感じることができますし、地震後の後揺れの収束も早くなります。

 

戸建住宅にも使用されている技術ではありますが、どちらかというと中高層建物に適していると言えるでしょう。