建物の耐震性能を表す指標として「耐震等級」があります。等級は1から3まであり、3が最高評価です。
耐震等級1は現行の建築基準を満たす耐震性を有していることを示しており、耐震等級2ではその1.25倍、耐震等級3では1.5倍の強さを有していることになります。耐震性を重視する方の多くは耐震等級3の家を建てています。
耐震等級3は取れるなら取ろう:建築士が優秀じゃないかもと思ったら
耐震等級を上げるには、地震の力を負担する「耐力壁」の量を多くする必要があります。「建物を硬く、強くする」ことで安全性を高める「耐震」という考えに基づいているからです。
建物の安全性を高めるための考え方として、耐震以外にも「制振」があります。幅広い意味を持つ言葉ですが、戸建住宅に限れば「制振ダンパーと呼ばれる特殊な装置を建物に組み込んで、建物が揺れるエネルギーを吸収させる」というものです。
大手ハウスメーカーの大半は独自の制振ダンパーを開発していますし、地域の工務店向けに制振ダンパーを販売している建材メーカーも多数あります。制振ダンパーが標準仕様となっているところもあり、かなり一般化してきていると言えます。
耐震等級3にしたうえで、さらに安全性を高めるために制振ダンパーを導入する方もいます。しかし、耐力壁を制振ダンパーに置き換えることで壁の量が減り、耐震等級が3から2に下がってしまう場合があります。
制振ダンパーを入れずに耐震等級3とした方がいいのか、あるいは耐震等級を下げてでも制振ダンパーを導入したほうがいいのか、迷われる方が多くいるようです。
耐震等級3と耐震等級2+制振ダンパーのどちらが強いのか、今回はこの問題について考えてみます。
なぜ制振ダンパーの導入により耐震等級が下がるのか
まず、なぜ耐震性を高めるために制振ダンパーを導入するのに、耐震等級が下がってしまうかを説明します。
壁かダンパーか
耐震等級を上げるためにはいろいろと検討しなくてはならない項目がありますが、何より重要なのはどれだけ耐力壁の量を確保したかです。耐力壁の量とは、耐力壁の強さである「壁倍率」に耐力壁の長さを乗じたものです。
耐震等級3にするにはかなりの量の耐力壁が必要になります。1階に大きなリビングを設けると、全ての壁を耐力壁にしないと足りなくなるということもザラにあります。
しかし、耐力壁と制振ダンパーの両方を同じ位置に設置することはできません。そのため、壁かダンパーのどちらかを選ぶことになります。
ダンパーを選べば、当然壁の量が減ることになります。そのため、元々の耐力壁の量が耐震等級3になるギリギリだった場合、耐震等級は2に下がってしまうことになります。
制振ダンパーの壁倍率
耐力壁、制振ダンパー、どちらも地震時に力を発揮し、建物の揺れ幅を小さくする部材です。
しかし、基本的には制振ダンパーに壁倍率はありません。制振ダンパーにより壁の量を増やすことはできないのです。
壁倍率とは、耐力壁をゆっくりと水平方向(横方向)に変形させていったときに負担できる力の大きさから決まります。では制振ダンパーも同じように試験すればいいかというと、そうもいきません。
制振ダンパーが力を発揮する機構は耐力壁とは違います。耐力壁が力を発揮するタイミングとは違うタイミングで力を発揮することでエネルギーを吸収します。
そのため、耐力壁と制振ダンパーを直接的に比べることはできません。壁倍率という考え方にそぐわないため、ほとんどの制振ダンパーでは壁倍率が規定されていないのです。
2つの地震から考える耐震と制振の優劣
耐震と制振、どちらが優れているかという議論にはあまり意味がありません。目標とする耐震性能が重要なのであって、両者はそれを実現するための手段でしかありません。
戸建て住宅に限れば、「建築基準法に定められた耐震性能を満足する」には断然耐震の方が安くつきます。ただの木材と特殊な装置のどちらが高いかは一目瞭然です。
しかし、しょせん法律は法律です。本当に大切なのは、実際に起こりうる地震に対して強いかどうかです。
もちろん、どんな地震が起こるかはわかりません。しかし、非常に極端な特徴を持つ地震動を想定すれば、実際に起こるであろう地震を包絡的に考えることができます。
長時間続く地震
まず、揺れ自体はあまり強くなくても、延々と長時間に渡って継続する地震を想定してみましょう。実際、東北地方太平洋沖地震では震源から遠く離れた首都圏で10分も揺れが継続しました。
地面が右に左に揺れることで、建物には少しずつ振動のエネルギーが入力されていきます。一回一回の揺れは小さくても、それが延々と繰り返されることで建物に損傷を与えます。
特に、建物の揺れる周期と地震の周期が一致すると「共振」が起こり、非常に大きな揺れになることがあります。地面の揺れの数倍、数十倍まで建物の揺れが増幅する可能性があります。
このような地震に対して、どのような建物であれば安全でしょうか。
まず耐震の場合、この増幅した揺れに耐えるだけの強さが必要になります。何度も揺れが繰り返すことによる性能の低下があるので、それを考慮した上で十分な強さを確保しなくてはなりません。
地面の揺れに比べて2階の揺れは相当大きくなっていますので、家具の転倒などの危険性も高まります。揺れている時間も長いので、恐怖感もかなりのものでしょう。
しかし、制振の場合は大分違う状況になります。制振が耐震と違うのは、建物が右に左に揺れるたびにエネルギーを吸収することです。
地面から伝わってくるエネルギーと制振ダンパーが吸収するエネルギーが釣り合えば、それ以上揺れが大きくなることはありません。制振なら、揺れの増幅をかなり抑えることができます。
また、耐力壁と違って制振ダンパーは繰り返しの揺れに対する性能の低下がほとんどありません。長時間続く地震に対しては制振の方が高い性能を示します。
一瞬で終わる地震
次は先ほどとは真逆の地震を考えてみましょう。ドンっと非常に強い揺れがほんの一瞬だけ起こる地震です。
「免震」のように地震の揺れを伝わりにくくしていれば別ですが、耐震でも制振でも同じだけのエネルギーが一瞬のうちに建物に入力されることになります。
制振ならダンパーがエネルギーを吸収すると言っても、たった1回の揺れでは大したことはありません。何度も繰り返すことで初めて効果的な量のエネルギー吸収ができるのです。
そうなると、耐震も制振もあまり関係なくなります。大切なのは、建物の各部材が倒壊するまでにどれだけのエネルギーを保持することができるかです。
そして、必ずしも制振ダンパーが耐力壁よりも一度に多くのエネルギーを保持できるとは限りません。変形する速度に依存して力を発揮する「オイルダンパー」のような制振ダンパーでは、耐力壁よりも大幅に劣る場合があります。
一瞬で終わる地震に対しては耐震と制振の差は小さく、むしろ耐震の方がよい可能性があります。
耐力壁と制振ダンパーを比較する
両極端の地震に対する性能を比較したところ、制振がいい場合も耐震がいい場合もありました。どのような地震が起こるかわからない以上、結局どちらがいいかはケースバイケースなのでしょうか。
実はそんなことはありません。使用する制振ダンパーによってはどちらの地震に対しても安全性を高めることは可能です。耐力壁よりもエネルギーを保持できる制振ダンパーを使用すればいいのです。
制振ダンパーにもいろいろなタイプがありますが、住宅用のものとしては「オイルダンパー」「鋼材ダンパー」「粘弾性ダンパー」の3つがあります。
まずオイルダンパーですが、エネルギー吸収性能としてはピカ一です。しかし、前述の様にエネルギー保持能力はあまりありません。
次に鋼材ダンパーですが、エネルギー保持能力は高いです。しかしエネルギーを吸収し始めるのが比較的大きな揺れからなので、エネルギー吸収性能としては劣ります。
最後に粘弾性ダンパーですが、オイルダンパーと鋼材ダンパーの中間の性能があります。微小な揺れからエネルギーを吸収しますし、エネルギー保持能力もあります。
ということで、粘弾性ダンパーならどんな地震に対しても耐力壁よりも高い性能を発揮できる可能性があります。もちろん粘弾性ダンパーにもいろいろあるので、どんな粘弾性ダンパーでもいいということではありません。
地震に強いのは耐震等級2+制振だが
性能の高い粘弾性ダンパーを使用すれば、耐力壁を使用するよりも地震に強い家にすることができます。つまり、制振ダンパーを入れずに耐震等級3とするよりも、耐力壁を制振ダンパーに置き換えた耐震等級2+制振の方が優れているということです。
なぜかインターネット上では「耐震等級3の方が強い」という意見が多いように思いますが、さしたる根拠があってのことではなさそうです。大体は抽象的な理由ばかり主張されています。
しかし、どちらが強いかの答えは出ていますが、コストまで考慮するとなかなか難しい問題になります。当然ながら、制振ダンパーを入れる分だけコストは上がってしまいます。
個人的には耐震だけでも十分な性能があるのではないかと考えています。もちろん優秀な構造設計者が担当することが前提ではありますが。
木造住宅なら耐震で十分である:構造の専門家がたどり着いた結論
何もないところに制振ダンパーを追加するのであれば、性能の上積みは非常に大きいです。しかし、耐力壁を置き換える分には「制振ダンパーから耐力壁の性能を差し引いた分」しか性能は向上しません。
耐震性に強いこだわりがあるのであれば制振をお薦めしますが、そうでないなら耐震だけで十分でしょう。耐震等級3はかなり安心感があります。