建築基準法に規定されている耐震性は「人命を保護するための最低限の規定」です。
人命保護が目的がですので、建物自体が損傷することは許容しています。そのため、大地震後にも安心して住み続けたいのであれば、規定よりも耐震性を高める必要があります。
建物の耐震性を客観的に評価するための指標として、品確法の住宅性能表示制度による「耐震等級」があります。耐震等級を比べることで、一般の方でも建物の耐震性を比較することが可能となります。
では、どのくらいの耐震等級であれば安心してよいのでしょうか。耐震等級を通して、建物に求められる耐震性について考えてみましょう。
耐震等級とは
『住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)』が2000年4月から施行されました。新築住宅の性能がどの程度なのかを客観的に表示させることが目的の1つで、10分野ある性能のうち「構造の安定」に関する評価が「耐震等級」です。
耐震等級は1から3まであり、3が最高評価です。3を超える等級は現時点では設定されていません。
では、まず最初に基準となる耐震等級1について見てみましょう。耐震等級1は、以下に示す現行の建築基準を満たす耐震性を有していることを示しています。
数十年に一回は起こりうる地震:大規模な工事が伴う修復を要するほどの著しい損傷が生じないこと
数百年に一回は起こりうる地震:損傷は受けても、人命が損なわれるような壊れ方をしないこと
数十年に一回というのは震度5強程度の中地震、数百年に一回というのは震度6強程度の大地震です。
建物が建っている間に一回くらいは震度5強の地震が起こると思うから損傷しないようにしましょう、震度6強の地震は起こらないと思うけど念のために倒壊しないようにしましょう、ということです。
そして、耐震等級2では耐震等級1の1.25倍、耐震等級3では1.5倍の力に耐えられることとされています。
耐震等級1でも建築基準を満たしているので違法ではありません。それ以上の性能を有する耐震等級2や耐震等級3にするかどうかは建築主の判断ということになります。
長期優良住宅の認定や地震保険の割引、フラット35Sの利用等、耐震等級2以上を取得することで受けられる優遇措置があります。
耐震等級1の1.25倍、1.5倍とは
耐震等級1の壁量
木造住宅の耐震性と言うのは、兎にも角にも耐力壁の量で決まります。柱や梁を多少大きくしたところであまり変化はありません。
耐震等級を上げるには、耐力壁の量を増やす必要があります。では耐震等級2と耐震等級3はそれぞれ耐震等級1の1.25倍、1.5倍の耐力壁があればいいのでしょうか。
実は、もっとたくさんの耐力壁が無いといけません。耐震等級1の1.25倍や1.5倍では不足してしまいます。
建物の階数や屋根の違いによって必要な壁の量は変化しますが、ここでは「屋根が軽い2階建て建物の1階部分に必要な耐力壁の量」の場合を示します。
耐震等級1:29cm/m2
耐震等級2:45cm/m2(=29×1.55)
耐震等級3:54cm/m2(=29×1.86)
なんと、耐震等級2では耐震等級1の1.55倍、耐震等級3では1.86倍も耐力壁が必要になります。耐えられる地震の力(1.25倍、1.5倍)と壁の量(1.55倍、1.86倍)の比率は一致していません。
どうして単純に1.25倍、1.5倍になっていないか、それは耐震等級を考える際に使用する建物の重さの設定が通常の計算とは違うからです。建物の重さは壁や床などの各部の重量を積み上げていって求めるのですが、想定する壁や床の重量自体が違う値を使用します。
その結果、建物重量が1.25倍になります。そのため耐震等級1から耐震性を1.25倍、1.5倍に上げるには、重量の増分1.25倍も含めて壁の量を1.25倍、1.5倍にしなくてはなりません。
耐震等級2、3の壁量
耐震等級1とは違い、耐震等級2、3の検討では「その他の壁」がどのくらいの効果があるかを算定します。先ほどの「屋根が軽い2階建て」の例で言うと
耐震等級1:耐力壁だけで29cm/m2
耐震等級2:耐力壁とその他の壁で45cm/m2
耐震等級3:耐力壁とその他の壁で54cm/m2 ということになります。
耐震等級2、3とするための基準
耐震等級を2や3にするには満たさなくてはならない基準があります。構造計算をしない場合の木造住宅について簡単に説明します。
1.建築基準法の必要壁量以上の壁を設ける
これは建築基準法により求められるものなので、耐震等級1でも必ず満たさなくてはなりません。これを満たすことで最低限の安全性は確保されることになります。
なお、この壁の量には「準耐力壁」のようなその他の壁は含みません。
2.各等級の必要壁量以上の壁を設ける
この壁の量には「準耐力壁」のようなその他の壁も含まれています。
「その他の壁を含まずに満たす」よう推奨している工務店や設計事務所も多いようですが、耐震等級を取得する目的に応じて変えればいいでしょう。
その他の壁を含まずに満たそうとすると、当然工事費が増加することになります。耐震性よりも優遇措置が目的であれば、その他の壁も含めるべきでしょう。
3.耐力壁同士の間隔(平行距離)を近づける
建物の重さは床に集中しているため、地震の力も大半が床に生じます。
地震の力は最寄りの耐力壁まで床により伝達されることになりますが、耐力壁同士が離れていると床の変形が大きくなってしまいます。
そうするとうまく耐力壁に力が伝達されなくなるため、基本的に耐力壁の間隔は8m以下にしなくてはなりません。
4.床を強くする
先ほども書いたように、地震の力は主に床に生じます。また、1階と2階で壁がずれていると、2階の壁が負担している力は床を介して1階の壁に伝達されることになります。
そのため、耐力壁の間隔や上下階でずれている壁を考慮して床の強さを決定する必要があります。
5.接合部を強くする
建物はいろいろな部材で構成されていますが、その部材同士をしっかりと繋がないと力がうまく伝達されません。
コンクリートの様に全ての部材が一体化されていればいいのですが、木造では一本一本が別々になっています。そのため、金物を介して接合しなくてはなりません。
適切な金物の選定が必要です。
6.梁を強くする
「梁」とは地面と水平な部材で、主に床の重さを支えています。梁が長くなったり、重たいものが載ったりするところは梁の断面を大きくする必要があります。
どの程度の大きさが必要かは「早見表」があります。
耐震等級2、3は大変か
耐震等級2、3を取得するには、上記の全てを満たす必要があります。「これは大変だ」と思われたでしょうか。
個人的には全くそうは思いません。建築士を名乗るなら、耐震等級に関わらずそのくらいの検討はしておいてほしいものです。
しかし、残念ながらそこまでの検討はされていないのが実情です。つまり耐震等級1の場合、「床も接合部も梁も弱く、一応耐力壁の量だけは足りている」という残念な建物ができる可能性がゼロではないということです。
耐震等級2、3は必要か
「耐震等級を上げた方が、壁がたくさんあって安心だ」、「耐震等級1だと検討項目が少な過ぎて心配だ」という気持ちになっているでしょうか。ここまで読んでいただいた方はおそらくそうでしょう。
しかし、優秀な建築士が担当するのであれば耐震等級なんて不要ですし、構造計算もいらないと思っています。
そもそも、木造住宅の構造および耐震性は電卓1つあれば大体のことがわかります。それを「構造計算ソフト」や「認定基準」に頼らないといけないというのは、本来技術者として望ましい姿ではありません。
下手な建築士が計算ソフトを使用して構造計算した耐震等級2に住むくらいなら、優秀な建築士が電卓片手にサッと検討した耐震等級1の方がよっぽど安全・安心です。
実際に熊本地震では耐震等級2の倒壊事例があります。マニュアル通りにやればできるというほど耐震工学は単純な学問ではありません。
とはいえ、優秀な建築士に担当してもらえるかはわかりません。「なんだかこの建築士怪しいぞ」ということもあるでしょう。そんなときは「耐震等級3でお願いします」が一番安心だと思います。
同じ耐震等級2や3でもその性能に大きな差があることは明らかですが、やはり平均値としてはかなり性能が上がっているはずです。
優秀でない建築士が担当してもそこそこの性能が確保できる、それが耐震等級2であり、けっこうな性能が期待できる、それが耐震等級3です。