バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

伝統構法は地震に強いか:被害状況と耐震性、構造計算について

日本では小規模な建物のほとんどが木造でできていますが、同じ木造と言ってもいろいろなものがあります。多数を占めるのが「在来軸組構法」、耐震性が高いと言われ近年増加傾向にある「枠組壁構法」、そして日本古来の方式である「伝統構法」です。

 

寺社仏閣や古民家は、基本的に伝統構法で建てられています。これらの建物が現存するということは、自然災害の多い日本において、何十年、あるいは何百年と耐え続けてきたということです。

 

最新の基準に従って建てられているはずの新築の住宅が、大地震によって無残に倒れてしまうこともあります。一方で、大工の勘に頼って建てられた大昔の神社が残っていることもあります。

 

何か構法自体に地震に強くなる秘密があるのではないか、と感じるのではないでしょうか。そのためもあってか、現代でも伝統構法で住宅を新築したいという需要があります。

 

では、実際のところ、伝統構法は本当に地震に強いのでしょうか。

 

 

熊本地震による被害状況

まずは論より証拠。実際に伝統構法の建物が、地震時に被害を受けているのかどうかを見てみましょう。2016年の熊本地震では詳細な調査がなされ、報告書がまとめられています。

熊本地震の被害状況から考える木造住宅の耐震性

 

それによると、震度7を二回記録した益城町において、全壊・倒壊した伝統構法の建物の割合は68%にも及んでいます。在来軸組構法の29%、枠組壁構法の9%と比べ、圧倒的な数字です。

 

また、無被害となった建物の割合も非常に低くなっています。伝統構法の建物全体でわずか1%と小さく、新しいものであっても何かしらの被害が出ているようです。地域内の建物全体では21%が無被害ですから、その差は歴然です。

 

伝統構法の建物の中には地震に強いものもあるのでしょうが、耐震性の劣るものが大半を占めるということは知っておくべき事実です。

 

伝統構法の構造的特徴

構成要素

伝統構法の建物には、現代の建物には見られない部材があります。貫や土壁、太い通し柱などです。大工の手で、手間暇かけて建てられていました。

土壁通し柱

 

また、コンクリートの基礎というものも昔はありませんでした。そのため、建物は石の上に直接載せられているだけです。これを石場建てと言います。

石場建ての耐震性能

 

現在の住宅は筋かいや合板でできた壁を多用します。通し柱もありますが、他の柱と太さは変わりません。材と材は金物でつながれ、基礎のコンクリートともボルトで緊結されています。

 

構造性能

伝統構法では太い柱や分厚い土壁を使用していますが、それにも関わらず非常に柔らかい建物になっています。部材のつなぎ目が緩く、また、斜めに突っ張るような部材も入っていないからです。そのため、大きな力に耐えられるようにはなっていません。

 

その代わり、変形性能は非常に高いです。鉄筋コンクリート造の建物の数倍、在来軸組構法の建物の2倍程度は変形できます。

 

強風にしなることで耐える柳の木に例えられることがあります。これが地震に強いイメージにつながっていると思われます。

 

伝統構法の構造計算

建物の安全性を検証するための構造計算の方法にはいろいろなものがあります。

構造計算とは

 

そして、一番簡単な計算方法である許容応力度計算では、「建物は硬くて強いほどいい」ものとして評価を行います。これでは「柔らかいけれどたくさん変形できる」伝統構法の建物の性能を適切に評価できません。

 

そのため、伝統構法の建物を建てるには「限界耐力計算」という、やや高度な計算を行う必要があります。この計算であれば、伝統構法の特徴を生かした設計が可能となります。

 

ただし、伝統構法の特徴というのは「柔らかくて変形できる」ことです。これらの特徴を生かすということは、地震のときに大きく変形することを許容するということを意味します。

 

建物が大きく変形すると、安全性に問題が無かったとしても、設備や建具、内外装材に被害が出やすくなってしまいます。これが熊本地震で無被害となる建物がほとんどなかった理由の一つでしょう。

 

伝統構法で地震に強い家を建てたいなら

地震に強くするのが目的であれば、伝統構法にするよりも在来軸組構法や枠組壁構法の家にしたほうが簡単でしょう。熊本地震での被害状況から見てもそれは明らかです。

 

それでも伝統構法にこだわるのであれば、ぜひやってほしいことがあります。それは「数字で確認する」ことです。

 

どのくらいの地震に耐えられるのか、どのくらいの変形になるのか、机上の計算でしかありませんが、しっかりと確認するようにしてください。もちろん数字だけで全てがわかるわけではありませんが、大まかな傾向は把握できます。

 

伝統的なモノ・コトに対しては情緒面が優先されがちです。現代科学では解明されていない「古人の知恵」に浪漫を感じる部分もあるかもしれません。

 

しかし、熊本地震での状況を踏まえ、冷静に判断しましょう。