モノの振動を勉強していると、途中で必ず出てくるものの一つに「固有モード」があります。
「1つのオモリがどう動くか」を終えて、次に「複数のオモリがどう動くか」に進むときに現れます。複雑なモノの揺れ方を理解するためには避けて通れない用語です。
しかし、大学の講義では式がどんどん展開されていき、最後に出てきた値が「固有モード」であるということくらいしか頭に残りません。もちろん口頭では「物理的にはこんな意味があって」という説明もあったはずですが、式の展開についていくので精一杯な人が多いのではないでしょうか。
式の導出や用語の定義を覚えることは重要です。ただ「実際の現象に当てはめるとどういうことを意味しているか」を理解していないと実際には使えないことも多いです。
できるだけ式などを使わずに理解を深めていきましょう。
固有モードを求める意味
そもそもなぜ固有モードを求める必要があるのか、それはモノの揺れ方の特徴をつかむためです。
ではなぜモノの揺れ方の特徴をつかむ必要があるのか、それは揺れを制御するためです。
世の中にあるありとあらゆるモノは常にわずかながらも揺れ動いています。普段は気にならない揺れでも、なにかの拍子に許容できる範囲を超えて揺れが大きくなることがあります。
機械作動時の床面の揺れだったり、地震時の建物の揺れだったり、こうした揺れを効果的に小さくすることがエンジニアには求められます。それにはまずモノがどう揺れるかを理解する必要があります。
固有モードの「式」の意味
固有モードの求め方は検索すればすぐに出てくるのでそちらに譲るとして、ここでは固有モードを求める式や固有モードの値自体がどのような意味を持っているか見てみましょう。
外力ゼロ
物体の各部に生じる力の釣り合いから運動方程式を立て、この運動方程式を解くことで固有モードが得られます。
このとき、外部から物体にかかる力は考えません。外力はゼロということです。
外力がゼロとは、誰かに無理やり変形させられたり揺すられたりしていない状態です。つまり、手を触れずに物体が揺れるのを静かに見守っている場合を想定しているわけです。
外部から力を与えられると、物体は力に応じた動きをします。しかしそれは物体の動きの特性ではなく、力の特性です。
外力をゼロとすることで外部の影響を排除し、モノの特性だけが現れるようにしているわけです。
揺れの形
運動方程式を解くとモノの各部の変形が求まります。各部の変形は “○×sinωt” や “◆×sinωt”と いうように数字(○、◆)と三角関数(sinωt)を掛けたものになります。
ここでtは時間です。ωは「角振動数」または「角周波数」と言い、2π/ωの周期でくり返し揺れるような動きであることを意味しています。
このとき、場所によって数字の部分(○、◆)の値は変わります。大きな値となるところは大きく動くことになりますし、小さな値となるところは小さくしか動きません。
この○や◆を順番に並べていった(○、◆、△、■・・・)という数字の並びのことを「固有モード」または「固有ベクトル」といいます。
そして、sinωtの部分は全ての場所で共通です。場所によって変わることはありません。ということは、どの部分も同じ周期で動くことを表しています。
つまり、モノが揺れるときの各部の変形は常に(○、◆、△、■・・・)の比率を保っており、途中で変わることはありません。まさにモノが揺れるときの形を表しているといえます。
揺れの比率
さきほど(○、◆、△、■・・・)の「比率」は変わらないと書きました。しかし「値」は変わります。
混乱してしまったでしょうか。
例えば(○、◆、△、■)のように固有モードが4つの値でできているとき、これらの値を求める式は3つしか求まりません。求めたい値の数より1つ少ない数の式しか求まらないのです。
そうなるとそれぞれの値を最終決定することができません。あくまでも「いくつかはわからないけれど○は■の2倍」「◆は△の0.4倍」というように比率しか求まらないということです。
ではどうやって最終決定するかというと、「初期条件」が必要になります。最初にモノに与える変形や速度の大きさを設定すればいいのです。
そうすることで求めたい値を決めるための式が1つ足され、求めたい値の数と式の数が一致し、無事すべての値を決めることができるようになります。
固有モードの直交性
固有モードが持つ非常に重要な特性として「直交性」があります。これもできるだけ簡単に説明してみましょう。
1つのオモリでできているような単純なモノの場合以外では、固有モードは複数存在します。全体が同じ方向に揺れる場合や、上と下とが逆方向に揺れる場合など、いろいろな揺れ方があるためです。
そして、この複数ある固有モードは互いに直交しています。
直交というのは90°で交わっていることです。京都の道路や数学のX軸とY軸などがそうです。
では京都の道路を例に取ってみましょう。
京都駅から北西の方角にある金閣寺に行くには、東西に延びる道路と南北に延びる道路の両方を通る必要があります。東西に延びる道路をどれだけ歩いても南北方向には移動できませんし、逆に南北に延びる道路をどれだけ歩いても東西方向には移動できないからです。東西の動きは南北の位置に関係なく、同様に南北の動きは東西の位置に関係なく、完全に独立していることになります。
この南北と東西の道路のように、お互いに完全に独立している状態がここでいう直交性です。固有モードが直交しているということは、それぞれの揺れ方が互いに干渉しないということです。
そのため、全体が同じ方向に揺れるモードと上と下とが逆方向に揺れるモードがあった場合、全体が同じ方向に揺れるモードだけを強めたり弱めたりすることができます。
自由振動の例
なんとなく式ではなく感覚で固有モードのことが理解できて来たでしょうか。言葉だけではなかなか難しいと思いますので、簡単な例を挙げてみます。
2つオモリと2つのバネを組み合わせたモノを考えてみましょう。固有モードは2つ存在し、それぞれ(1, 0.5)と(-0.8, 1)です。対応する角振動数ωは2π(=周期1秒)と5π(=周期0.4秒)です。
これを(2, 0.3)の形に変形させてから手を離すとどのような動きをするでしょうか。この「(2, 0.3)の形に変形させる」というのが初期条件になります。
連立方程式を解くと(2, 0.3) = (1, 0.5)×1.6+(-0.8, 1)×(-0.5)となり、それぞれの固有モードを1.6倍したものと-0.5倍したものを足し合わせれば条件に合致することがわかります。
あとは手を離してもこの形を保ったままなので、周期1秒と周期0.4秒で揺れるだけです。それぞれの揺れ方は互いに干渉しないので簡単に求めることができ、両者を足し合わせたものがこのオモリの揺れになります。
わかってしまえば「なんだ、たったそれだけか」という感じかと思います。ただ、式を見ているだけではなかなかわからないことでもあります。
実は変化する
「固有」を国語辞書で引くと、「本来持っていること」「そのものだけにあること」「特有」というような意味が出てきます。
なんだか言葉の意味からすると、固有モードとは一定で変化しない値のように感じられるかもしれません。しかし実際には簡単に変化します。
モノの揺れ方というのは、そのモノが持つ重さや硬さによって決まります。揺れている間、重さや硬さが変わらないのであれば固有モードは変わりませんが、逆に重さや硬さが変わるのであれば揺れている途中であっても固有モードは変化します。
実用性があるかはわかりませんが、玉入れに使うカゴの揺れを考えてみましょう。
玉がカゴに当たると、その衝撃でカゴを支える棒ごとわずかに振動しはじめます。最初は元々のカゴの固有モードを保って揺れますが、揺れている間にもどんどん玉が入って重くなります。そうなると玉が入る前よりも少しだけゆっくり揺れるようになります。
もしカゴの揺れをモデル化する必要がある場合、玉が当たる衝撃だけでなく、玉が入ることによる重さの変化も考慮しなくてはならないということです。
より実用的な話としては、地震時の建物の動きなどがあります。巨大地震時には建物にひびが入るなどして建物が柔らかくなってしまうので、常に固有モードは変化し続けていると言えます。
ぜひ固有モードとは「物理的にどんな意味があるか」、「どんなときに使えるのか」ということを意識して勉強していただければと思います。