地球の誕生以来、これまで数多くの地震が発生してきました。近年は観測網が発達し、たくさんのデータが蓄積されています。
しかし、いまだかつて一度も「まったく同じ地震」というのは発生していません。
似たような規模、似たような震源の地震であっても、地面の揺れ方というのは毎回違います。地震が実際に起こってみるまで、どんな揺れになるかはわからないのです。
そうなると「どのくらい建物を強くしておけば安心なのかわからない」ということになるわけですが、これでは建物を設計する側も購入する側も困ってしまいます。何かしら基準を決める必要があります。
そこで、地震というのはこれくらいの大きさを想定しておけば大体間違いない、という値が決められました。それが標準層せん断力係数C0です。
ここでは地震の大きさというよくわからないものをどうやって決めたのか、その中身を見ていきましょう。
標準層せん断力係数C0の意味
標準層せん断力係数とは、地震が発生する確率が高くも低くも無い地域の、固くも緩くもない地盤の上に建っている、普通の建物の1階に作用する地震の力を求めるための係数です。
記号ではC0と表されます。一番基本となる状態での地震の力を求めるために使用するので「標準」となっています。
具体的には、建物の1階より上にある部分全ての重量にC0を掛けることで建物の1階に作用する地震の力を求めることができます。
実際には、建物の揺れ方(上の階ほど大きく揺れる)や建っている地域、地盤などの条件を考慮して計算する必要があります。
標準層せん断力係数C0の値
建築基準法ではC0の下限値が決められています。この値が規定より大きい分には地震の力を大きく見積もることになるので、安全側に作用するからです。
また、想定する地震の規模によっても値が変わります。
建物が建っている間に一度は起きそうな中くらいの地震(震度5強程度)ではC0=0.2以上、建物が建っている間に起きるかもしれない大きな地震(震度6強程度)ではC0=1.0以上です。
中くらいの地震と大きな地震とでは地震によって作用する力が5倍も違うということです。そのため、中くらいの地震に対しては構造体が「損傷しない」よう設計しますが、大きな地震に対しては損傷してもいいから「倒壊しない」よう設計します。
つまり、大きな地震に対しては「命さえ助かればよく、建物がぐちゃぐちゃに壊れるのは仕方がないね」というのが建築基準法の方針です。建築基準法はあくまでも「最低基準を定めたもの」なのです。
なお、地盤がとても軟弱だと指定された区域の木造の建物と、簡易な方法で設計される鉄骨造の建物については、中くらいの地震に対してC0=0.3以上にしなくてはなりません。「ちょっと心配だから地震の力を大きめに見積もっておこう」ということです。
◆中くらいの地震(震度5強程度)
普通の建物 :C0=0.2以上
軟弱な地盤に建つ木造 :C0=0.3以上
簡易な設計をする鉄骨造:C0=0.3以上
◆大きな地震(震度6強程度)
C0=1.0以上
耐震等級と標準層せん断力係数C0
建物の耐震性の高低を一言で言い表すというのは、なかなか難しい問題です。どのような状況を想定するかによって評価が変わる場合があるからです。
ただ、そんな中でもC0はかなりよい指標になります。「少なくともこれだけの力に対しては大丈夫なように設計した」ということを表しているからです。
そのため、建物の耐震性を表す「耐震等級」はC0に紐づいています。
耐震等級1は建築基準法で定められたレベルの耐震性、耐震等級2は耐震等級1の1.25倍の耐震性、耐震等級3は耐震等級1の1.5倍の耐震性を表しています。つまり中くらいの地震に対して耐震等級2ではC0=0.2×1.25=0.25、耐震等級3ではC0=0.2×1.5=0.3として設計されています。
◆中くらいの地震(震度5強程度)
耐震等級1:C0=0.20以上
耐震等級2:C0=0.25以上
耐震等級3:C0=0.30以上
標準層せん断力係数C0の変遷
そもそも地震とは地面が前後・左右・上下に揺れる複雑な現象です。そして、それに応じて建物が揺れ動くわけですから、「これくらいの力が作用する」とはとても簡単には言えません。
しかしそれでは設計ができないので、建物の重さに応じて地震の力は決まることにしよう、という約束のもと値が設定されています。
では、どうやって値を決めることができたのでしょうか。
関東大震災:耐震規定の追加
1923年、関東大震災により甚大な被害が発生しました。火災による被害があまりにも大きかったため見過ごされがちですが、地震による建物被害も大きなものでした。
関東大震災の前に、建物に関する法律として1919年に「市街地建築物法」が制定されています。ただ、建物の耐震性に関する規定はありませんでした。
そこで1924年に耐震規定が追加され、水平震度0.1に対する設計が必要となりました。水平震度0.1とはC0=0.1に相当します。
関東大震災において、ある地震学者が推定した地面の加速度の最大値が300galでした。もし建物にも地面と同じ300galの加速度が生じるのであれば、C0=0.3とする必要があります。
ただ、「コンクリートの強さには3倍の余裕度を確保しよう」という方針としたので、それに応じて地震の力も1/3倍、つまりC0=0.1となりました。なんだかわかりにくい気もしますが、とにかくそういうことにしたようです。
このC0=0.1には「関東大震災クラスの地震が起こっても建物が倒壊はしない」ようにしようという意志が込められています。
建物が非常に硬い場合、地面に生じる加速度と建物に生じる加速度は同じ値になります。当時のがっしりとしたコンクリートの建物をイメージして設定されていることがわかります。
しかし本来は、ちょっとやそっと硬いくらいでは建物の加速度は地面と同じにはなりません。建物内で揺れが増幅され、もっと大きな加速度が生じると考えられます。
また、地震学者が加速度を推定した地域よりももっと大きな揺れが生じたところもあったようで、その点でも地震の力を過小評価していることになります。
建築基準法:C0と余裕度の見直し耐震規定の追加
特定の地域に建つ建物のみを対象としていた市街地建築物法に代わり、1950年に国内の建物すべてに適用される「建築基準法」が制定されました。
このとき、水平震度が0.1から0.2に引き上げられています。これはC0=0.2に相当します。しかし、同時に余裕度を3から1.5に引き下げています。
地震の力を2倍、それに対する余裕度を半分ということで、法で規定されている建物の耐震性にはなんら変化はありません。地震の力を過小評価している状態が続きます。
新耐震:中地震と大地震
1978年の宮城県沖地震を受け、1981年に建築基準法が改正されます。地震を中くらいのものと大きなものとに分ける「新耐震」の考え方が導入されました。
ここで現在でも使用している中くらいの地震ではC0=0.2、大きな地震ではC0=1.0となりました。
1924年、市街地建築物法:C0=0.1、余裕度3.0
1950年、建築基準法 :C0=0.2、余裕度1.5
1981年、建築基準法改正:C0=0.2(中地震)、C0=1.0(大地震)
標準層せん断力係数C0と地震の加速度との関係
C0に対応する加速度
1924年のC0=0.1は建物に生じる最大加速度が300galということを根拠に設定されていました。では現代のC0=0.2とC0=1.0とは何を根拠にしているのでしょうか。
まずC0=0.2とは、「建物に生じる地震の力は建物の重さに200galを掛けたものである」ということを意味しています(正確には980gal(=1G)×0.2=196galですが、以下省略します)。建物全体として平均的に200galの加速度が生じているということです。
しかし、建物の揺れというのは地面の揺れよりも基本的に大きくなります。「平均的に200gal」ということは、建物の下の方ではそれより小さな加速度、上の方ではそれより大きな加速度が生じていることになります。
建物による揺れの増幅は2.5~3.0倍程度となることが多いので、C0=0.2とは地面の最大加速度が80gal(=200/2.5)程度の地震を表しています。地面が80gal、建物平均で200gal、建物頂部で250gal~というようなイメージです。
同様に、C0=1.0とは地面の最大加速度が400gal(=1000/2.5)程度の地震を表しています。地面が400gal、建物平均で1000gal、建物頂部で1200gal~というようなイメージです。
同じC0=0.2であっても、1981年以前は大地震である300galに対して倒壊しないような設計、1981年以後は中地震である80galに対して損傷しない設計をしていることになります。意味合いが大きく変わっていることがわかります。
最大加速度に関する注意
過去に観測された大地震の記録を見ると、どれも400galを大きく超えています。1000galや2000galというものもあります。400galに対して設計するのではまったく不十分なように思えます。
しかし、重要なのは「建物により2.5~3.0倍に増幅される成分」だけです。
観測記録に現れる1000galなどの非常に大きな加速度は瞬間的にガタっと揺れるだけで、建物によって増幅されるどころかむしろ小さくなります。そういった影響の小さい成分を取り除けば、400galという設定が十分に大きな値であることがわかります。
標準層せん断力係数とはなにか、しっかりとした知識を持っていれば、ネットの記事やハウスメーカーの営業に惑わされることも減るでしょう。