バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

Ai分布とは:式の意味とその根拠

地震に対して安全な建物を設計するには、どのような情報が必要になるでしょうか。

 

まず何よりも、建物に作用する地震の力がどのくらいになるかを知ることが重要です。これが分からなければ何も始められません。

 

しかし、地震時の建物の動きは複雑です。建物に作用する地震の力を一棟ごとに計算するのは大変ですし、その計算結果が正しいかどうかを判断するのも大変です。

 

そのため、超高層建物以外であれば「Ai分布」と呼ばれる簡易な方法により建物に作用する地震の力を計算することになっています。日本独自の方法で、電卓やExcelがあれば十分に計算可能です。

低層・中層・高層・超高層の区分け

 

ここではAi分布がどのようなものか、式の中身を紐解いてみましょう。

 

 

Ai分布=地震力の分布

Ai分布とは、「地震層せん断力係数の建築物の高さ方向の分布を表す係数」のことです。無駄に長くてわかりにくいですね。

 

単純化して、「上の方の階に作用する地震の力を、1階に作用する地震の力よりも割り増すための係数」とすれば少しはわかりやすくなったかと思います。

 

地震時の建物の動きは複雑ではあるものの、基本的には上の階ほど大きく揺れる傾向にあります。そして「揺れが大きい」というのは、「加速度が大きい」というのと同じ意味です。

「揺れ」とはなにか

 

ma=F(質量×加速度=力)という式から分かるように、地震の力とは建物の重さに加速度を掛けたものになります。上の階ほど加速度が大きいのであれば、作用する地震の力もそれに応じて大きくする必要があります。

 

ではどのくらい大きくしてやれば実状に近い値になるか、というのを簡単に計算できるようにしたのがAi分布なのです。

 

Aiを求める式

Aiは以下の式により求めることができます。少し複雑に見えるかもしれませんが、まじめに地震の力を計算することを考えれば驚くほど簡単です。

 

T:固有周期(秒)、αi:(i階よりも上階の重量の総和)/(全層の重量の総和)です。

 

固有周期というのは、ある建物が揺れるとき、揺れが一往復するのにかかる時間のことです。正確に求めるのは大変ですが、「建物高さ×係数」という非常に簡単な略算の結果を使用することができます。

固有周期とは

 

αiの値は階によって異なり、階ごとに1つの値が求まります。そのためAiも階ごとに1つの値が求まることになります。

 

式で見るより実例を挙げた方が分かりやすいので、例として各階の重さが等しい10階建ての建物を考えてみましょう。

 

例えば、7階の柱は7層から10層まで、全部で4層分の重さ支えています。そのためα7(=7階のαi)は4層分の重量/10層分の重量なので、0.4となります。簡単ですね。

 

1階の柱は1層から10層まで、全部で10層分の重さ支えています。10層分の重量=全層分の重量になるので、α1は1になります。一番下の階は常にαi=1ということです。

 

Aiの変化

では建物の重さや高さの違いによってAiはどのように変化するのでしょうか。いくつかパラメータを変えて見てみましょう。

高さ(=固有周期)による変化

まずは各階の重さは全て等しいものとし、建物の高さ(=固有周期)だけを変化させてみましょう。

 

下の図は、10階建て建物で固有周期Tを0.0秒、0.1秒、0.5秒、1.8秒、∞とした場合の結果です。

固有周期が0秒とは、非常に硬く、全く変形しない建物のことで、実際につくることはできません。全く変形しないため上の方が強く揺れるということもないので、下から上までAiの値は変わりません

 

固有周期が0.1秒とは、実際につくることができる中で最も硬いレベルの建物です。そのくらい硬くしても、多少は上の方で揺れが大きくなることを見込んで設計しなくてはならないことを図は示しています。

 

固有周期が1.8秒とは、簡易的に地震力の分布を求めることができる中で最も柔らかいレベルの建物です。これよりも柔らかい建物の場合、「時刻歴応答解析」という高度な計算により地震の力を算定する必要があります。1階に比べて10階の揺れ具合はかなり大きくなっています。

時刻歴応答解析

 

固有周期は概ね0.1秒から1.8秒の間になります。固有周期の値によってどのくらいAiの値が変化するかが分かるかと思います。

 

参考値として固有周期についても図に示していますが、固有周期1.8秒の場合とそれほど変わりません。

 

重さによる変化

今度は固有周期を1秒で一定とし、各階の重さを変化させてみましょう。

 

ある階よりも上の階の重量を他の階の1/10にした建物、つまり上の方の階が軽い建物では左側の図のようになります。逆に下の階の重量を他の階の1/10にした建物、つまり下の方の階が軽い建物では右側の図のようになります。

上の方が軽い場合軽くなっている階から急にAiの値が大きくなります。地面から伝わってきた揺れが下の方の重い部分で増幅され、それにより軽い部分が大きく揺らされることが表現されています。

 

下の方が軽い場合軽くなっている階のAiは非常に小さく、その上の重い階も比較的小さくなります。上の方の重い部分の揺れによって建物に作用する力が決まってしまい、下の階の揺れの影響が小さいことが表現されています。

 

階数による変化

最後に固有周期を一定、各階の重さも一定とし、階数だけを変化させてみましょう。

 

固有周期1秒、各階の重さは全て等しく、階数だけが2階、6階、10階、15階、20階と変化します。

階数が大きいほど上の階の揺れが1階に比べて大きくなっていることがわかります。これはどのような現象を表現しているのか判断しづらい部分もありますが、階数が多いほど建物は複雑な揺れ方をするので、その効果が表現されているのかもしれません。

 

Ai分布の根拠

建物の固有周期や重さの分布、階数によってAiの値が変化することを見てきました。簡易な式ながら、建物の揺れ方を考慮した値になるよう設定されていることがわかります。

 

ではなぜそうなっているのか、式を少し分解して見ましょう。Aiの式は、下に示すように3つの部分に分けて考えることができます。

 

①一様な地震力

第一項はαiや固有周期の値に関わらず、常に1です。建物の上から下まで、一様な地震力が作用することを表しています。

 

これは固有周期が0秒、つまり建物が全く変形しないときのAi分布と同じです。つまり建物の動きと地面の動きが同じということなので、地面の動きそのものを表していると言えます。

 

②逆三角形分布の地震力

第二項はαiの値に応じて直線的に変化します。これは各階が同じだけ変形することで建物が直線状に変形することを表しています。

 

実際にはきれいな直線状にはなりませんが、これは建物の最も変形しやすい形状で揺れていることを表しています。

 

③逆三角形分布の地震力

第三項はαiの平方根に応じて変化します。これは高層の建物がくねくねと複雑な動きをしたときの変形をすべて足し合わせた状態を表しています。

 

第二項で表現した「最も変形しやすい形状」の他にもいろいろな揺れ方が存在します。建物の上の方が大きく揺れるような揺れ方が多数あり、それらを足し合わせることで上の方の揺れが特に大きい揺れ方をすることを表しています。

 

昔の地震力の分布

1981年の改正により、地震力の高さ方向の分布をAi分布により計算するようになりました。

 

それ以前は市街地建築物法により規定されており、高さ16m以下では一定、それ以上の高さの場合は高さ4mごとに5%ずつ値を割り増していくことになっていました。

 

Ai分布であれば最上階の揺れが1階の揺れの数倍になっていましたが、それ以前は高さが96mになってようやく2倍です。上の方の揺れを過小評価していたことがわかります。

 

とはいえAi分布もあくまで簡易な計算方でしかありません。変わった形状の建物の設計をする際は、本当に式が適用できるのか考える必要があります。

 

 

参考文献

石山:Ai分布の誕生とその経緯、日本建築学会学術講演会梗概集、1992.8