免震建物や超高層ビルは通常の建物に比べてゆっくり揺れます。揺れ方が違うということは地震の時に生じる力が違うということです。地震の力を算定するには「時刻歴応答解析」を行います。
□■□疑問■□■
「時刻歴応答解析」がよくわかりません。通常の構造計算と何が違うのでしょうか。また、具体的にどんな計算を行っているのでしょうか。
□■□回答■□■
通常の構造計算では、建物に生じる地震の力を簡単な式で計算することができます。これは過去の地震からの経験や、先人達の検証により設定されたものです。戸建住宅や中低層のビルであれば、それなりの精度で地震の力を推定することができます。しかし、超高層ビルや免震建物のような歴史の浅い建物は蓄積が十分でなく、式の適用対象外です。建物1棟ごとに検証を行い、地震の力を設定してやらなくてはいけません。
そこで用いられる検証方法が「時刻歴応答解析」です。建物をモデル化し、時々刻々と変化する地震の揺れを与えることで建物がどのように揺れるのかを計算します。複数の地震に対して検証を行うことで安全性を高めています。詳細を見ていきましょう。
従来の構造計算における地震力の設定
「構造計算の際に使用する地震の力はどの程度が適切か」、これは耐震工学における大きなテーマの1つです。大きな地震がある度に議論の対象となってきました。
建築基準法により規定があり、現在は「中規模の地震時に、1階には建物の重さの20%が水平方向(横方向)に作用する」として計算しています。この力に対し、各部材が損傷しないよう設計します。
地震は地面がガタガタと揺れる「動的」な事象ですが、構造計算ではその動的な力を「横からゆっくりと押す」という「静的」な力に置き換えて検証します。この置き換えを行うことで、地震の力を考慮した設計が非常に簡便に行えるようになりました。
一般に上層階の方が低層階よりも揺れが大きくなるため、上層階では20%よりも大きな係数を用いることになります。例えば5階建ての4階では「屋上階と5階の重量の30%が作用する」という場合もあります。
この「建物の各階に作用する地震力を算定するための係数」は、簡単な式により計算することができます。建物各階の重さのバランスや建物の高さによって変化しますが、上層部が極端に軽い場合や、建物が高い場合に大きくなるようになっています。
時刻歴応答解析とは
通常の構造設計では「動的」な地震を「静的」な力に置き換えることで計算を行うと書きました。高度な解析が必要ないため、耐震性のある建物を広く普及させるという意味では非常に意味があります。しかし、地震時に建物がどう揺れるかを本当に理解するためには、「動的」な地震を「動的」なまま取り扱う必要があります。それを可能にするのが「時刻歴応答解析」です
時刻歴応答解析とは、非常に単純化して言うと「地面がこう揺れると建物はこう揺れる、次に地面がこう揺れると建物はこう揺れる、その次に地面が・・・」という計算を延々と繰り返していくという解析方法です。地震はガタガタと素早く揺れる成分を多く持っていますので、精度を保つには0.01秒程度の非常に短い時間ごとに計算する必要があります。地震が1分続くとすれば60秒/0.01秒=6000回の計算回数となります。そのため計算機の能力が低かった当時は簡単にできるものではありませんでした。
実は先ほどの「建物の各階に作用する地震力を算定するための係数」の設定には、時刻歴応答解析の結果が生かされています。まだまだ簡単に時刻歴応答解析ができない時代に、先生方がいろいろなケースを想定して解析を行ったようです。そのため当時想定していた範囲内であれば、特に高度な解析を行わなくてもそれなりの精度で地震の力を推定することができます。
建物の振動は建物に生じている「加速度」、「速度」、「変位」により表現することができます。「加速度」、「速度」、「変位」に応じて建物に生じる力と、地面が揺れることによって建物に生じる力は常に釣り合います。この釣り合い式を解くことで、建物がどういう状態になっているかがわかります。なお、地震とは地面に生じている「加速度」と考えることができます。
解析に使用する地震は過去に観測されているものや、解析用に人工的に造ったもの等、「すでに分かっているもの」です。そのため、次はこう、その次はこう、というように、どのように変化するかがわかっています。建物は最初の状態(静止しているとする場合が多い)を指定してやります。
建物の最初の状態と地面の加速度の変化が全てわかっていれば、あとは1ステップずつ丁寧に釣り合いを解いていくだけです。
このときの計算について詳しく知りたい方は「ニューマークのβ法」等で検索をかけるのがいいかもしれません。このブログでは「感覚的に理解する」ことを一番に置いていますので、これ以上は深入りしないことにします。
時刻歴応答解析が必要な建物
超高層ビル
超高層建物とは「高さが60mを超える建物」を指します。つい最近まで、超高層ビルはほとんど大きな地震を経験したことがありませんでした。しかし、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震により、首都圏の超高層ビル群が大きく揺らされることになりました。
エレベータ等の設備面では不具合が生じたものもありますが、構造安全性に関する部分について問題は生じませんでした。超高層ビルは時刻歴応答解析による検証が行われていたからです。
しかし、一般の建物とは明らかに揺れ方が違いました。揺れがなかなか収まらない、船酔いのような状態になった等々、超高層ビル特有の事象が発生しました。
倒壊時に周辺に与える影響の大きさからも、超高層ビルは高度な検証が不可欠でしょう。
免震建物
免震建物とは建物の下に「免震層」と呼ばれる柔らかい層を持った建物です。柔らかくすることで地震の揺れをやり過ごすことができ、非常に高い耐震性を有しています。
この構造は地震の「動的」な特性を考慮して柔らかくしています。横からゆっくり押すという「静的」な計算では、ただ変形が大きくなってしまうだけです。そのため時刻歴応答解析でなければ性能を評価することができません。
ただ、兵庫県南部地震(阪神大震災)以降免震建物の建設数は大幅に増加し、今ではかなり一般的な技術になっています。そのため規模が小さく、一定の条件を満たしていれば時刻歴応答解析は必須ではなくなっています。
制振建物
建物の振動するエネルギーを吸収する装置である制振ダンパーを備えた建物を制振建物と言います。
ダンパーの中には「速度」に応じてエネルギーを吸収するものがあります。「静的」な検証では速度が生じないので、ダンパーの効果を評価することができません。「動的」な検証である時刻歴応答解析が必要になります。
制振ダンパーを有する建物の多くは時刻歴応答解析が必須である超高層建物なので、計算の手間は変わらない場合が多いです。しかし、中低層建物でダンパーの効果を取り込んだ設計をする場合は大変です。