バッコ博士の構造塾

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建物の減衰:減衰の種類とその設定

実は通常の構造設計では、地震によって建物がどのように揺れるかは計算しません。ルールに沿って地震の力を決めるだけなので、電卓さえあれば計算できてしまいます。

構造設計者の三種の神器

 

形が整った建物、高さの低い建物であれば、ルールに従うだけでそれなりの精度で計算することができます。しかし、免震建物や超高層建物のように複雑な揺れ方をする建物の場合、時刻歴応答解析と呼ばれる高度な計算が必須となります。

時刻歴応答解析がよくわかる

 

時刻歴応答解析を行うには、いろいろな条件を設定してやらなくてはいけません。その中でも重要となってくるのが「減衰」の設定です。

減衰とは何か

 

減衰というのは時間の経過とともに建物の揺れを小さくしていく効果のことですが、よくわかっていない部分が非常に多くあります。しかし、なにかしら値を設定しないことには建物の揺れを計算できません。

 

ここではこの謎多き減衰の設定方法についてみてみましょう。

 

 

構造減衰

どんな建物であれ、地震や台風によって揺れが生じても、時間が経てば揺れは収まります。揺れが収まる要因としてはいろいろなものがあるのですが、どれがどれだけ寄与しているかはよくわかりません。

 

そこで計算の都合上、それらのよくわからない要因を全部一つにまとめて「構造減衰」として取り扱います。構造減衰の大きさは「減衰定数」という指標で表します。

減衰定数とは

 

構造減衰の大きさは建物によって違いますが、大体減衰定数1~5%の範囲で分布しているようです。高層よりも低層の方が大きい、鉄骨造よりも鉄筋コンクリート造の方が大きいという傾向がありますが、バラツキは大きいです。

 

実際の設計では鉄骨造で減衰定数2%、鉄筋コンクリート造で減衰定数3%としている例が多いです。ただ、これらの値はあくまでも慣用的なもので、確たる根拠があるわけではありません。

 

多数の観測結果を取りまとめた結果から、鉄骨造で減衰定数1.5%、鉄筋コンクリート造で減衰定数2.0%推奨値としている論文もあります。

 

構造減衰の設定方法

減衰というのは、その大きさである減衰定数を決めるだけでは十分ではありません。建物の特性や揺れ方に応じて設定を変化させる必要があります。ここでは代表的なものを挙げてみます。

剛性比例減衰

「剛性」とは「硬さ」のことです。

 

つまり剛性比例減衰とは、建物の各部の硬さに比例させて減衰を設定する方法です。硬い部分には大きな減衰を、柔らかい部分には小さな減衰を設定します。最もよく使われる減衰の設定方法です。

 

剛性比例減衰では「層と層の速度の差」に応じてエネルギー吸収をします。「硬さ」による力が「層と層の変形の差(柱がどれくらい曲がったか)」に応じて生じることと対応しています。

 

剛性比例減衰の重要な点としては、「建物がガタガタと素早く揺れると減衰定数が大きくなる」ことです。地震時の建物の揺れは、いくつかの決まった揺れ方(モード)の組み合わせで起こりますが、最も影響が大きく最もゆっくり揺れる「1次モード」に対して減衰を設定します。この1次モードに対する減衰定数が、例えば鉄骨造なら2%になるわけです。

振動モード

 

しかし「2次モード」や「3次モード」といった揺れ方は1次モードよりもガタガタと素早く揺れます。そのため、1次モードの減衰定数が2%であっても、2次モードは6%、3次モードは10%といった2%よりも大きな値になってしまいます。これは実際の建物の減衰に比べて大き過ぎる場合が多いです。

 

低層の建物であれば2次や3次のモードの影響が比較的小さいため、剛性比例減衰としても大きな問題はありません。ただ、超高層建物では2次や3次のモードの影響が大きくなります。減衰定数が大きくなることで解析結果の方が実際の応答よりも小さくなってしまい、評価としては危険側になってしまいます。

 

低層の建物に使用する分にはあまり問題はありませんが、高層建物に適用する場合は注意が必要です。

 

質量比例減衰

質量比例減衰とは、建物の各部の重さに比例させて減衰を設定する方法です。重い部分には大きな減衰を、軽い部分には小さな減衰を設定します。構造設計においては、あまり使われる減衰の設定方法ではありません。

 

質量比例減衰では「層と地盤の速度の差」に応じてエネルギー吸収をします。「重さ」による力が「層と地盤の加速度の差」に応じて生じることと対応しています。

 

質量比例減衰の重要な点としては、「建物がガタガタと素早く揺れると減衰定数が小さくなる」ことです。これは剛性比例減衰と逆の性質です。

 

上述したように、2次モードや3次モードといった揺れ方は1次モードよりもガタガタと素早く揺れます。そのため、1次モードの減衰定数が2%であっても、2次モードは0.7%、3次モードは0.4%といった2%よりも小さな値になってしまいます。これは実際の建物の減衰に比べて小さ過ぎる場合が多いです。

 

当然ながら剛性比例減衰とした場合よりも2次や3次の減衰定数が小さいため、解析による応答の結果は大きくなります。実際よりも大きい値になるため建物の評価としては若干安全側になります。

 

ただ、わざわざコストが上がるようなことをする設計者は少ないため、ほとんど使用されていません。

 

レーリー減衰

剛性比例減衰は2次以降の減衰定数が過大に、質量比例減衰は2次以降の減衰定数が過少になってしまいました。では両者をうまく組み合わせることでよりよい設定ができないか、というのがレーリー減衰です。

 

例えば、1次モードに対する2%の減衰定数のうち、1.2%を剛性比例減衰、0.8%を質量比例減衰にする、ということです。こうすることで、2次モード以降の減衰定数をある程度調整することができます。

 

剛性あるいは質量という1つのパラメータだけだったものを、剛性と質量の2つのパラメータを利用できるので、1次モード以外にもう1つ減衰定数を設定できるということです。大体は2番目に影響の大きい2次モードの減衰定数を指定します。

 

3次モード以降の減衰は2次モードの減衰定数よりも大きくなりますが、1次モードの減衰定数しか指定できない剛性比例減衰に比べて実状に近づけることができます。

 

減衰の要因

減衰の設定方法について書きましたが、実際にはなにが建物の揺れを小さくしているのでしょうか。

摩擦減衰

建物を構成する部材が変形するとき、建具や外壁、その他いろいろなものがこすれ合います。こすれ合う際の摩擦によって揺れのエネルギーが音や熱に変換され、その分だけ揺れが小さくなっていきます。

 

建物が柔らかいほどこの影響は大きいので、RC造よりは鉄骨造、高層建物よりは低層建物の方が大きな値となることが予想されます。

 

地盤の減衰

建物が地震で揺れるとき、建物だけが揺れるわけではありません。当然建物を支える地盤も一緒に揺れます。そして地盤には粘着力や摩擦力が働くので、減衰作用があります。

 

そのため、本来であれば建物だけをいくら精緻にモデル化しても正しい評価はできません。

 

しかし、地盤の評価は非常に難しいです。地盤が砂なのか粘土なのか、上に載っている建物に対して硬いのか柔らかいのか、隣接する建物の影響はどうなのか、全ての要素が複雑に絡まりあっています。

 

地盤のモデル化の研究や調査も進められていますが、完全に解明されることは無いでしょう。ただ、建築は理学ではなく工学なので、例え減衰の作用が解明できなくても地震に対して安全な建物ができればそれでいいとも言えます。

 

逸散減衰

摩擦などによりエネルギーを消散しなくても、揺れを減衰させることはできます。

 

地面が揺れると、建物の中に振動のエネルギーが入ってきます。このエネルギーが上階に伝わっていき、屋上で反射して向きを変えます。

 

そして再び地面まで戻ってくるのですが、このとき地面でまた反射します。建物内にまた振動のエネルギーがはね返ってくるので、建物は揺れ続けることになります。

 

しかし、地面で全てのエネルギーが反射するわけではありません。一部は透過していきます。透過したエネルギーがどこか遠い果てまで伝わっていけば、再び建物まで戻ってくることはありません。

 

エネルギーが吸収・消散されなくても、戻れないところまで行ってしまえばエネルギーが無くなったのと同じことです。地面での反射の度に一部が透過してエネルギーが減少していく現象、これを「逸散減衰」と言います。

 

制振ダンパーによる減衰

とかく減衰とは難しい現象です。しかし、人為的に追加した減衰であれば正確な評価が可能です。それが制振ダンパーにより付加された減衰です。

制振・制震ダンパーの種類と特徴

 

制振ダンパーの減衰係数はメーカーが保証してくれます。ダンパーを設置した2点間の変位や速度の差によってエネルギー吸収量が決まります。

 

もしダンパーにより減衰定数を10%増加させることができれば、もともとあった2%や3%の減衰定数の評価に多少ばらつきがあったとしても、影響はほとんどなくなります。

 

その他の減衰

構造減衰の設定方法として代表的なものをいくつか挙げましたが、他にもたくさんの設定方法があります。

 

建物の揺れ方に応じて細かに減衰を設定できる「モード減衰」、ある程度細かい設定ができつつも計算負荷が小さくなる「因果減衰」など、現在進行形で研究が進められています。

 

どの減衰の設定方法を採用するにせよ、実際の現象を完全に再現できるものはまだ開発されていません。メリット・デメリットを踏まえ、設計者自身が決める必要があります。

 

 

参考文献

中村ほか:実測データに基づく一般建物の初期減衰定数の分析、構造高額論文集、Vol.67B、2021.3