バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

弾性・非弾性・弾塑性とは?設計の際に欠かせない視点

建築物の骨組となる部分は主として木、コンクリート、鉄で造られています。地震に対して安全な建物を造るには、これらの材料の特性をよく知っておく必要があります。

 

材料の最も一般的な特性として「剛性(硬さ)」「強度(強さ)」があります。建物を変形しにくくするには剛性が、壊れにくくするには強度が重要となります。

 

では、この2つの特性だけ知っていれば事足りるかと言うと、そうではありません。「部材が許容できる範囲を超えて力が加わるとどうなるか」ということを知っておく必要があります。

許容応力度がよくわかる:これだけは知っておきたい設計の基本

 

どんな材料も、力の大きさに応じて特性が変化します。この特性の変化を理解するために必要な言葉が「弾性」「非弾性」です。

 

 

応力-ひずみ関係

鉄であれ木であれ、力いっぱい引っ張っていけば伸びます。そしていつか千切れてしまいます。

 

当然、引っ張る力がゼロであれば伸びる量もゼロです。そして千切れる寸前が最大の伸び量となります。ただし、千切れた瞬間の力が最大の力になるとは限りません。

 

このとき、引っ張る力(応力)を縦軸、伸びた量を部材の長さで補正した値(ひずみ)を横軸として描いたグラフを「応力-ひずみ関係」といいます。

 

基本的には引っ張る力が大きくなると、伸びる量も大きくなります。ただ、途中から力が小さくなっても伸びる量が大きくなるなど、特性が変化していく場合もあります。

 

応力-ひずみ関係は材料によって異なります。異なる材料である鉄とコンクリートでは全く違いますし、同じ材料同士でも違う性質を示す場合があります。

 

弾性・非弾性とはなにか

応力-ひずみ関係を求めるためには、部材に加える力を少しずつ大きくしていき、部材が壊れるまで続けます。

 

しかし、実際に建物は一方向にだけ押されて倒れるわけではありません。右に左に揺すられながら、最終的にどちらかに倒れるわけです。

 

そのため、力を加え続けるのではなく、途中で力を抜いたり、逆方向に力を加えたりした場合の性質を知っておく必要があります。そうすれば、地震の際に建物がどういう風に揺れるのかがわかるようになります。

 

ここで出てくるのが「弾性」と「非弾性」です。

 

「弾性」とは、途中で力を抜いた時に元に戻る性質のことです。力を抜く、つまり力がゼロになったときに、変形もゼロになるということです。

 

逆に、「非弾性」とは、途中で力を抜いた時に元に戻り切らない性質のことです。力がゼロになっても、変形がゼロにならないということです。

 

非弾性の状態になることを「塑性化(そせいか)」とも言います。そのため、弾性だけでなく非弾性も考慮しているという時には「弾塑性」と言う場合があります。「弾塑性解析」、「弾塑性応答」という言葉はよく使います。

 

「弾性」の一番わかりやすい例は輪ゴムでしょうか。ギューッとゴムを引っ張った後、力を抜くとパチンと元に戻ります。

 

「非弾性」のわかりやすい例としては粘土が挙げられます。粘土をグイっと押すと、手を放しても変形したまま元に戻らなくなります。

 

非弾性になるとはどういうことか

加える力がその部材にとって小さければ「弾性」を保ちます。しかし、加える力がある一定の値を超えると「非弾性」になります。

 

「弾性」とは、部材に損傷が生じていない状態と言えます。損傷していないので元の状態に戻ることができるのです。

 

つまり、元の状態に戻ることができない「非弾性」とは、部材に損傷が生じている状態ということです。

 

「弾性」の範囲内であれば、繰り返し力を加えてもほとんど部材の性状は変化しません。しかし、これが「非弾性」の範囲になると、たった数回でも千切れてしまうことがあります。

 

機械でもなんでも、通常の使用環境では「弾性」になるように設計されています。しかし、こと建築の世界では地震や台風のような自然災害を相手にする、つまり通常ではない環境に置かれることになるため、「非弾性」になることを許容します。

 

非弾性を許容するとは

どうして損傷してもいいのか

「非弾性」のことまで考えて設計をする点が建築の特殊なところです。そこに他の分野にはない研究領域があります。

 

しかし、なぜ大地震時にも「弾性」を保つ建物、つまり損傷しない建物を造ろうとしないのでしょうか。損傷しない方がいいに決まっています。

 

もちろん設計しようと思えばできないことはないのですが、非常に高くつきます。また、柱や梁が大きくなり過ぎ、魅力のない空間になりがちです。

 

建築は経済活動です。建物を造る値段が上がり過ぎては困ってしまいます。また、魅力のないビルを建ててもテナントは入ってくれません。

 

何百年に一度あるかないかの地震のことだけを考えて設計するわけにはいかない、ということです。

 

損傷したほうが安全?

先ほど挙げた例のように、輪ゴムを引っ張ってから手を離すとパチンと戻ります。これは輪ゴムのため込んだエネルギーが放出されるからです。

 

しかし、粘土の場合は元に戻りません。粘土を変形させるためのエネルギーが粘土に吸収されてしまうからです。

 

地震の際、地盤から基礎を伝って建物にエネルギーが与えられます。もし建物が「弾性」であれば、各部材がそのエネルギーをため込んだり、放出したりを繰り返します。

 

せっかくため込んでも、また放出する。これではエネルギーが減っていかず、いつまでも揺れ続けることになってしまいます。

 

しかし、部材が「非弾性」の状態に変われば、ため込んだエネルギーを吸収することができます。そうすると、中にいる人が感じる揺れは小さくなります。家具などの転倒も少なくなり、むしろ安全性が増す可能性もあります。

 

もちろん建物が損傷しない方がいい場合の方が多いです。「弾性」のままでも揺れはいつか止まります。ただ、損傷しないとはどういうことか理解しておく必要があります。

減衰とは何か:減衰係数と減衰定数の違いと建築物の各種減衰の紹介

 

材料の「弾性」と「非弾性」のことだけではなく、それが建物にどういった影響を及ぼすかをよく知って設計を行わなくてはなりません。