バッコ博士の構造塾

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軟弱地盤こそ免震構造にするべき:地盤と免震に関する勘違い

平成12年の建設省告示2009号の第6による方法では、第3種地盤と呼ばれる軟弱な地盤や液状化の恐れがある地盤では免震構造の設計を行うことができません。

 

□■□疑問■□■

軟弱な地盤では免震の効果を発揮できないため、免震建物を建設することはできないと聞きました。それでも湾岸の埋立地に免震構造のタワーマンションが多数建っているのはなぜなのでしょうか。

 

□■□回答■□■

軟弱地盤では免震建物を建設できないのではなく、簡易な方法で設計できないだけです。良好な硬質地盤であれ、液状化の恐れがある軟弱地盤であれ、耐震構造よりも免震構造の方が優れた性能を有しています。軟弱地盤であっても免震による効果は低下しません。むしろ軟弱な地盤により地震動が増幅されるので、影響の大きい高層建物では積極的に免震構造を採用すべきです。

ただし、軟弱な地盤では「免震層」の変形が大きくなることに注意しなければなりません。そのため詳細な検討方法である「時刻歴応答解析」を行う必要があります。

 

 

軟弱地盤に建物を建てるための大前提

建物を耐震構造にするか免震構造にするか、それ以前に重要なことがあります。それは「地盤が建物の重さを支えられる」という至極当前のことです。地震前、地震中、地震後を問わず、地盤は建物の重量を支持し続けなければなりません。基礎が傾いてしまえば、耐震も免震もありません。

 

地震により液状化が生じると、重さを支える能力が著しく低下します。液状化は地盤の問題なので、建物にどのような構造を採用するかは関係ありません。

 

そのため、建物の重量に応じて地盤改良や杭の設置を行う必要があります。地盤改良をすれば建物直下では液状化が生じなくなりますし、杭を設置すれば液状化が起こっても建物を支えていることできます。耐震だから、免震だからということには意味がありません。

 

建物の構造に関わらず「軟弱地盤では基礎をしっかりと設計する」、これが基本です。

軟弱地盤だと地盤改良工事が必要?切っても切れない地盤と地震の関係

 

軟弱地盤の地震の特性と免震建物の揺れ方

軟弱地盤は読んで字のごとく地盤が柔らかくて弱いので、硬質地盤のようにガタガタと素早く揺れるのではなく、グラグラとゆっくり揺れる傾向があります。地震により地中深くの岩盤がガタガタと素早く揺れても、軟弱地盤を通って建物まで達する間にグラグラとゆっくり揺れるよう地震の特性が変化します。

 

免震構造とは建物をゆっくり揺れるよう、「免震層」と呼ばれる柔らかい層を建物と地盤の間に挟む構造です。これによりガタガタとした揺れの影響を受けにくくなり、地震の力を大幅に小さくすることができます。

免震構造がよくわかる:固有周期・振動モード・エネルギー吸収

 

「では地盤もゆっくり、免震もゆっくりなら、揺れ方が一致して危険ではないか」と考える人が「軟弱地盤に免震は危ない・できない」と喧伝するのでしょう。しかし、実際はそうではありません。免震は軟弱地盤でも効果を十分に発揮することができます。

 

軟弱地盤により増幅するのはせいぜい1秒から2秒程度の周期で揺れる成分です。免震構造では4秒あるいはそれ以上の周期に設定しているため、免震効果にはほとんど影響がありません。軟弱地盤が「グラグラ」なら、免震建物は「ぐ~らぐ~ら」と言ったところでしょうか。

共振現象の恐怖:建物と地盤の固有振動数・固有周期の関係

 

依然として地盤の揺れ方と免震建物の揺れ方には大きな差があり、地震の力を大幅に小さくできるのです。

 

軟弱地盤こそ免震構造にすべき理由

軟弱地盤による地震の増幅

硬い岩盤の揺れが建物直下の表層地盤まで伝達される間に、軟弱地盤ではゆっくりとした揺れに変わると書きました。このとき、揺れ方が変わるだけでなく、揺れの強さも変わります。

 

ムチをヒュンヒュンと振ると先端ほど大きく揺れますが、軟弱地盤でも同様のことが起こります。地中深くの岩盤の揺れと比べてガタガタと素早く揺れる成分は小さくなる傾向にありますが、グラグラとゆっくり揺れる成分は大きくなります。

 

そのため、低層建物に比べてゆっくりと揺れる中高層建物では、硬質地盤に建っている場合よりも大きく揺れることになります。建物の損傷を抑えたいのであれば、制振構造や免震構造を採用すべきでしょう。そして制振よりも免震の方が効果は明らかに高いです。

耐震・制振・免震:メリット・デメリット以前に知っておくべき性能の違い

 

杭に生じる地震力の低減

液状化を起こすような軟弱な地盤では杭により建物を支えるのが一般的です。杭が損傷してしまえば、いくら建物が健全でも最悪の場合は取り壊しになってしまいます。

 

軟弱地盤では地震時に杭が水平方向に変形するのを拘束する効果があまりありません。そのため、硬質地盤よりも杭には大きな力が作用します。では、杭の損傷を防ぐにはどうしたらいいでしょうか。

 

杭の負担しなければならない地震の力は、支えている建物に生じる地震力と基礎部分に生じる地震力を合わせたものになります。基礎部分に生じる地震力は地盤の揺れによって決まってしまうため、低減することは難しいです。しかし、建物に生じる地震の力は免震構造にすることで大きく低減することができます。

 

つまり免震構造にすることで、建物だけでなく建物を支える杭に生じる地震力も低減することができます。

 

軟弱地盤における免震構造の注意点

軟弱地盤であっても免震は効果を発揮し、建物を支える杭の負担も減らすことができる、一見いいことばかりのように見えます。しかし「告示」に規定されている簡易な方法ではなく、「時刻歴応答解析」という詳細な方法での検討が必要です。それはなぜでしょうか。

時刻歴応答解析がよくわかる:免震建物・超高層ビル検証の必須技術

 

先ほど書いたように、軟弱地盤では地震の揺れが増幅されます。そのため「免震層」の変形が大きくなりやすいからです。地震の揺れが強くなれば、それを受け流す「免震層」の変形も自然と大きくなるのです。どのくらい大きくなるのか、それを詳細に検討するため「時刻歴応答解析」を行うのです。

 

ビル用の免震装置であれば、大変形に対しても安全なように設計することはそれほど難しいことではありません。しかし、通常の住宅に使用されるような免震装置では変形能力が不足する場合があります。戸建住宅に関してはビル用の高級な免震装置を導入しないのであれば、免震より耐震の方がいいかもしれません。