バッコ博士の構造塾

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キラーパルスとは:木造住宅の被害とその対策

震度6強や震度7の大きな地震が過去に何度も発生しています。この規模の地震が起こると、ほとんどの場合人的被害が発生してしまいます。

 

しかし、同じ震度の地震であっても被害の程度が大きいものと、そうでもないものとがあります。この違いは一体何によるものなのでしょうか。

 

耐震化された新しい建物が多かった、地盤が良好だったなど、いろいろな理由が挙げられますが、その中でも特に重要な要因として「キラーパルス」が発生したかどうかというものがあります。

 

ここでは、このキラーパルスについて取り上げてみましょう。おそらく誤解している人が多いのではないかと思います。

 

 

キラーパルスとは

パルスの意味

キラーパルスは英語でkiller pulseと書けます。

 

Killerはご存じの方も多いでしょうが、「人殺し」という穏やかでない意味があります。ではPulseとはどういう意味でしょうか。

 

Pulseを辞書で引くといろいろと出てきますが、ここでは「継続時間が短い揺れ」という意味で使われています。

 

つまりキラーパルスとは、「人的被害が大きくなる継続時間の短い揺れ」のことです。

キラーパルスの周期

周期1~2秒の揺れをキラーパルスと呼びます。

 

「周期」とは「揺れが一往復するのにかかる時間」のことです。地震にはいろいろな周期の揺れが混ざっていますが、周期1~2秒の成分を多く含んでいる場合に大きな被害をもたらす傾向にあります。

建築学会における位置づけ

周期1~2秒の揺れが建物の被害を大きくすることは重要な研究テーマです。

 

そこで、日本建築学会のデータベースで、タイトルに「キラーパルス」を含む論文を検索してみました。すると、なんと結果はゼロ件でした。

 

もう少し広げてキーワードとして「キラーパルス」を挙げている論文を検索してみると、今度は1件だけ見つかりました。

 

膨大な件数の論文があるにも関わらず、誰も「キラーパルス」という言葉を使っていないことがわかります。メディアでは多用される表現ではありますが、専門用語ではないということです。

 

ちなみに、ただの「パルス」で検索すると大量にヒットします。周期1~2秒のパルスに関する内容もたくさんありました。

 

周期1~2秒は適切か

専門用語ではないので明確なところはわかりませんが、大体どこを見てもキラーパルスといえば「周期1~2秒」ということになっています。

 

しかし、周期1~2秒の間であればどれも同じように危険だというわけではありません。本当に危険なのはどの周期なのでしょうか。

 

過去に起こった大地震に対し、周期と被害の相関を調べた研究があります。それによると、周期1.2秒前後の揺れがもっとも被害との相関が強いようです。

 

なお、周期0~0.5秒は被害との相関はほぼゼロです。周期0.5秒以降は直線状に相関が上がり、周期1.2秒付近でピークを迎えます。そこから先は相関が下がっていき、周期1.5秒では周期1秒での相関と同程度になります。そして周期1.5~2秒は横ばい、それ以降はだらだらと低下していきます。

 

キラーパルスに該当する周期1~2秒の揺れは重要ですが、周期1~1.5秒くらいの揺れの方がより注目に値すると言えます。

 

キラーパルスは共振を引き起こすか

建物の周期と地震の周期

ここまで地震の周期の話をしてきましたが、地震だけでなく建物にも周期があります。建物の揺れ方は周期によって決まりますが、高さが高いほど周期は長く、低いほど周期は短くなる傾向にあります。

 

地震の周期と建物の周期が一致すると、揺れが時間の経過とともにどんどん大きくなってしまう「共振」という現象を引き起こします。つまり、キラーパルスとは周期1~2秒の建物に共振するような揺れと言えます。

共振

 

しかし、キラーパルスによって大きな被害を受ける木造の住宅や低層の建物の周期は0.1~0.5程度とされています。建物の周期が1~2秒となるのは高さ30~90mの高層・超高層のビルです。

低層・中層・高層・超高層の区分け

 

実際に被害を受ける建物の周期と地震の周期とにはかなりの差があることになります。キラーパルスによる建物の被害と共振にはなんの関係もないのでしょうか。

「損傷⇒長周期化⇒共振」は間違い

周期が0.1~0.5秒の建物がキラーパルスで被害を受ける理由の説明として「最初の揺れで損傷を受けて建物の周期が1~2秒に伸びてしまい、キラーパルスと共振するようになってしまう」というものがあります。

 

確かに、建物の周期は一定のものではありません。建物が損傷すると建物が柔らかくなりゆっくり揺れるようになる、つまり周期が長くなるのです。

 

しかし、キラーパルスの「パルス」とは「継続時間が短い揺れ」のことでした。時間が短いので、「ドンっと強い揺れが一発だけ来る」と考えても結果は変わらないことが知られています。

 

つまり「最初の一発」があるだけで「次の一発」は無いのです。次の一発が無ければ共振しようがありません。にも関わらず、周期0.1~0.5秒の建物が被害を受けるわけです。

 

結局、「最初の揺れで損傷を受けて・・・」というのは一見正しそうに思えますが、間違っているのです。

周期1~2秒の建物に大きな被害が無い理由

共振が起こると、建物の揺れが地面の揺れの数十倍まで増幅されてしまうことがあります。できるだけ避けたい現象と言えるでしょう。

 

しかし、それほど心配しなくても大丈夫です。前述のように建物の周期は一定ではなく、損傷により長くなるからです。

 

建物が健全なうちは共振により建物にどんどんエネルギーが蓄積していきます。そのため揺れ幅も大きくなっていきますが、揺れ幅が大きくなると今度は建物に損傷が出始め、建物の揺れ方が変化することで共振が起こらなくなります。

 

建物は損傷したからといってすぐに壊れません。「壁を留めている釘が緩む」、「コンクリートにひび割れが入る」という状態から「壁を留めている釘が抜け落ちる」、「コンクリート内部の鉄筋が限界に達する」という状態にいたるには非常に大きな変形が必要です。

 

多少の損傷は出るでしょうが、共振だけでは建物にそれほど大きな被害は出ないことになります。「声をワイングラスに共振させて割る」というような動画もありますが、共振で壊れるのはガラスのような脆い材料だけです。

脆さとは

建物が壊れるときの周期と共振?

建物が壊れるとき、建物の周期はもともとの周期の数倍になります。一般的な木造住宅では周期0.2~0.5秒程度なので、壊れるときにはちょうどキラーパルスの周期と同じ1~2秒です。

 

このことから「建物が壊れるときの周期に共振するような地震(=キラーパルス)が危険である」という意見があります。確かにもともとの建物の周期とまったく違う周期をもつキラーパルスがなぜ危険なのかということを説明できているように思えます。

 

しかし、実際のところ建物の周期は損傷の進展に合わせて刻一刻と変化するので「周期が一致する(=共振)」のは一瞬だけです。また、共振とは「どんどん揺れが大きくなっていく」ことが怖いのであって、揺れの継続時間が短い場合はそれほど怖いものではありません。

 

つまり、キラーパルスの危険性と共振とは関係ないのです。

 

キラーパルスが危険な本当の理由

では、なぜ周期1~2秒の揺れであるキラーパルスが大きな被害をもたらすのでしょうか。共振を考えなくとも周期と関連させた説明はできるのでしょうか。

 

一般の方でも理解できる説明に挑戦してみます。その代わり、専門家と議論するにはあまりにも大胆な仮定を入れることにします。

地震の大きさとはエネルギー

地震の規模を表す指標として「マグニチュード」があります。震源から放出されたエネルギーの大きさによって決まる値です。

 

直下型地震で震度6強や震度7の揺れが観測されるとき、大体マグニチュードは7前後の値となっています。同じぐらいのエネルギーが放出されると同じような震度になる、と大雑把には言えそうです。

 

中学校で習ったように、物体が持つエネルギーというのは速度の二乗に比例します。同じぐらいのエネルギーが放出されるのであれば、周辺の地盤は同じような速度で揺れる、とこれまた大雑把には言えそうです。

 

速度が同じ揺れを考える場合、周期が短い揺れの場合は素早く加速する必要があります。逆に、周期が長い揺れの場合はゆっくり加速しても大丈夫です。つまり、周期が短いと地盤の加速度は大きく、周期が長いと地盤の加速度は小さくなります。

 

素早く加速する場合、最大速度に達するまでの移動距離は短くなります。逆に、ゆっくり加速する場合は最大速度に達するまでの移動距離は長くなります。つまり、周期が短いと地盤の変形は小さく、周期が長いと地盤の変形は大きくなります。

 

周期:短い ⇒ 変形:、速度:同じ、加速度:

周期:普通 ⇒ 変形:、速度:同じ、加速度:

周期:長い ⇒ 変形:、速度:同じ、加速度:

相撲で考える地震の被害

地震によって生じる地盤の速度が同じ場合、周期の長短によって変形や加速度が変わることを見ました。これまた中学校で習ったように、物体に生じる力というのは加速度に比例します。

 

つまり、周期が短いと力強いけれども少ししか変形しない、周期が長いと力は弱いけれどもたくさん変形する、ということです。

 

そして突然ですが、建物の被害と地震の周期との関係を「相撲」に例えて考えてみましょう。あなた(建物)と力士(地震)とで相撲を取るのです。

 

まず、周期が短い地震とは非常に力の強い力士です。あなたがちょっとやそっと体を鍛えたところで全く押し返せません。相手が一歩前に進めばあなたは一歩後ろに下がり、二歩前に進めば二歩後ろに下がります。

 

しかしこの力士、三歩しか前に出てきません。三歩分だけ後ろに下げられて(少し損傷させられて)しまいましたが、土俵から押し出される(倒壊してしまう)ことはありません。

 

次に、周期が長い地震とは力の弱い力士です。あなたが貧弱であればどんどん押されてしまいますが、あなたが体を鍛えていれば押し返せます。

 

この力士は力が弱い分、たくさん動きます。もし力負けしてしまうのであれば、土俵の外まで押し出されて(倒壊して)しまうことになります。しかし、力負けしなければ相手は動こうにも動けないので、あなたはほとんど後ろに下がらない(損傷しない)で済みます。

 

あなた(建物)が土俵の外に出されて(倒壊して)しまう可能性が高いのは、あなたより少しだけ力が強く(加速度が大きく)、土俵の外(倒壊)まで前に動けるバランスのいい力士(地震)です。

 

そしてそのバランスのいい力士(地震)とは、現在の日本の建物の強さと変形能力(土俵の広さ)を考えた場合、周期0.5秒でも周期3秒でもなく、周期1~2秒のキラーパルスなのです。

 

どうでしょうか。大胆な単純化を行いましたが、雰囲気はつかんでいただけたのではないでしょうか。

 

キラーパルスに有効な対策

相撲の例を理解したなら、どのような対策が必要かはすぐに理解できます。

 

まず、すでに建物がある程度強い場合、力の弱い力士(周期の長い地震)に押し出される(倒壊させられる)ことはありません。その点は安心です。

 

しかし、いくら強くても力の強い力士(周期の短い地震)には逆らえません。強さを競うのではなく、土俵を広げる(変形性能を上げる)ことでリスクを下げることができます。

 

柱に鋼板や炭素繊維を巻き付けたり、壁に「耐震スリット」と呼ばれる隙間を設けたりすることで変形性能は上げられます。

耐震スリット

 

次に、建物があまり強くない場合、力の弱い力士(周期の長い地震)にも押し出される(倒壊させられる)危険性があります。

 

力負けしない(損傷しない)よう体を鍛える(壁を足す)などして備える必要があります。

 

 

参考文献

境:地震動の性質と建物被害の関係、日本地震工学会会誌、No.9、2009.1

宮本ほか:パルス性地震動に対する木造建物の最大応答予測と必要耐震性能、日本建築学会構造系論文集、2012.5