通常、建物の柱や壁は下の階ほど強くなっています。
□■□疑問■□■
下の階ほど柱や壁の負担が大きくなるのは感覚的によくわかります。それなら上の階の柱ほど細くできると思うのですが、大して細くなっているようにも思えません。
□■□回答■□■
上の階ほど柱が細く、小さくなっているのが一般的ですが、劇的にそうなっているかと言えばなっていません。超高層のオフィスビルの場合、柱が下の方で1m角であったものが、上の方では80cm角になる、その程度です。超高層マンションの場合、下から上まで柱の太さに変化が無いものも多いです。
これには大きく3つの理由があります。「硬さの確保」、「長期荷重」、「2次モード」です。順を追って、一つずつ説明します。
柱の硬さ・強さと太さの関係
建物の硬さが不足すると、地震時や強風時に大きく変形してしまいます。硬さが不足する階だけでなく、建物全体に悪影響を及ぼします。
鉄筋コンクリートの柱
正方形の鉄筋コンクリートの柱を考えてみます。まず、支えられる重さの限界は断面積で決まります。断面積は縦×横なので、柱の太さを90%にすると、90%の2乗で81%に減少します。
柱が曲げられるときに有効なのは鉄筋です。鉄筋の量と柱のせい(奥行き)によって強さが決まります。柱が細くなるとスペースが小さくなるので、入れられる鉄筋が少なくなります。鉄筋の量は柱の大きさに比例するわけではないですが、柱の太さを90%にすると鉄筋量も90%に減ることとします。柱のせい(奥行き)も90%になるので、断面積と同様に曲げに対する強さは90%の2乗で81%に減少します。
部材の曲がりにくさ、つまり硬さの指標である「断面二次モーメント」はどうでしょうか。断面二次モーメントは幅×せい(奥行き)の3乗に比例します。柱の太さを90%にすると、90%の4乗で66%に減少します。これが80%であれば41%になります。
断面積や柱の強さは柱を細くしてもそこまで低下しませんが、硬さについては一気に低下してしまいます。
鉄骨の柱
正方形の鉄骨の柱を考えてみます。鉄筋コンクリートと違い、内部は空洞になっています。そのため太さを90%にしても、断面積も90%になるだけです。
柱が曲げられるときは、鉄骨の断面積および柱のせい(奥行き)によって強さが決まります。柱の太さを90%にすると断面積が90%に減り、柱のせい(奥行き)も90%になるので、曲げに対する強さは90%の2乗で81%に減少します。
鉄骨の断面二次モーメントはどうでしょうか。断面二次モーメントは中実のコンクリートとは違い、概ね幅×せい(奥行き)の2乗に比例します。柱の太さを90%にすると90%の3乗で73%、80%であれば51%になります。
鉄筋コンクリート柱ほどではありませんが、柱を細くすることで硬さは一気に低下してしまいます。
長期荷重が柱に及ぼす力
長期荷重とは地震や台風のような瞬間的な力ではなく、重力のように常に作用し続ける力です。
柱の長期軸力
柱の長期軸力とは、建物の重さによって生じる柱を圧縮する力です。
通常、隅の柱であれば2方向に、外部に面した柱では3方向に、内部の柱には4方向に「梁」が取りついています。梁とは柱と柱を繋ぐ水平の部材で、床の重さを柱まで伝達してくれます。
最上階にある柱は屋上階の重さを負担します。その下の階の柱は、最上階の柱が支える重さに加え、自身に取りつく梁から伝達される分の重さを負担します。そしてその下の階は、と延々と1階まで続くので下の階ほど大きな力を負担することになります。
10階建てであれば、1階の柱(10層を支える)の軸力は5階の柱(5層を支える)の概ね2倍、10階の柱(1層を支える)の概ね10倍になります。軸力だけを見ると、もっと上の階の柱を細くできるように思えます。
柱の長期曲げモーメント
柱は建物の重さによって圧縮されているだけでなく、取りつく梁によって常に曲げられています。
上の階の柱から伝わってくる力は、真っ直ぐ下の階の柱に作用します。しかし、柱に取りつく梁から伝わってくる床の重さは、柱に対して横からやってくる力になります。これが柱を曲げようとする力「柱の長期曲げモーメント」です。
各階で柱が支える床の面積はあまり変化しません。そのため、柱に生じる長期曲げモーメントは、階に依らず概ね一定であるということです。
軸力とは違い、曲げモーメントは上の階ほど負担が小さい、ということが成り立ちません。そのため、上の階であってもそれなりの大きさの柱が必要になります。
建物の揺れ方:1次モードと2次モード
固有モードとは
建物が揺れるというのは非常に複雑な現象ですが、「固有モード」と呼ばれる揺れ方の組み合わせと理解することができます。なんだかよくわかりませんね。
実際の建物は連続的な重さと硬さを持っているので、その揺れ方は無限のバリエーションを持っています。しかし、構造計算用に簡単なモデルに落とし込んでやると、途端にその数が小さくなります。
建物の重さは通常、そのほとんどが床レベルに集中しています。だったらもう「全部床に重さが集まっている」と仮定しても大差ないだろうということで、10階建てなら10個の、40階建てなら40個の質点(重さを持った点)にモデル化してしまいます。
そうすると建物の状態は10個の質点、あるいは40個の質点の位置の組み合わせでしかなくなります。その組み合わせを構成する元が「固有モード」です。やっぱりよくわかりませんね。実際に1次、2次のモードを見ていきましょう。
1次モード
建物が『/』のように揺れるのが1次モードです。2階が右に揺れたのなら3階はそれよりも右に、4階はさらに右に、というように1方向に向かって傾くような揺れ方です。
各階に生じる力、変形に与える影響が最も大きいモードです。通常「建物が揺れる」と聞いて思い浮かぶ形状です。上の方が大きく揺れますが、その力は蓄積していくので、下の階ほど負担する力が大きくなります。
建物が1次モードでしか揺れないのであれば非常に理解は簡単です。しかし、影響は大きくても、あくまでも揺れ方の1つでしかありません。
2次モード
建物が『く』の字のように揺れるのが2次モードです。2階建であれば、2階の床が左に、屋根が右に、というように建物の途中で折れ曲がるような揺れ方です。
1次モードに次いで影響が大きいモードです。3次ではさらにもう一度折れ曲がり、4次では3次よりもさらにもう一度折れ曲がり、とどんどん折れる数が増えていきます。単純なモデルの場合、階数=モードの数になります。
この折れ曲がる位置では何が起きているでしょうか。右に傾いていたものが左に傾く、つまり傾きが反転しています。反転位置付近では建物が傾いていない、これは建物に地震力が生じていないということです。
「折れ曲がっているのに力が生じていないとはなんだ」となりそうですが、建物は木の棒ではありません。居住空間があるため、思った以上に中身がスカスカな構造物です。それに、実際には「く」の字よりもっと滑らかに曲がっています。
重要なのは、2次モード(あるいはそれ以上の高次モード)では、「下の階ほど地震力が大きい」は成り立たないということです。
建物の揺れ方
建物の揺れは全ての固有モードの足し合わせです。1次モードにその他のモードを足し合わせることで「下の階ほど地震力が大きい」場合もあるし、そうでない場合もあることがわかりました。
実際に高度な計算を行うと、上層階の一部で下の階よりも地震力が大きくなっていることが確認できます。そのため、上の階だからといって柱を極端には細くできません。
ちょっと補足
上記に挙げた理由だけでなく、他にも理由はあります。
超高層マンションでは下層階と上層階でプランを変えることは少ないです。パンフレットに多数のプランを載せるのも大変ですし、ミスが増える元にもなります。そのため柱の太さを敢えて変えていないということもあります。その代わり、使用する材料の強さを落として経済的な設計としています。
超高層オフィスでは鉄骨の柱であっても、柱内にコンクリートを充填しています。これにより鉄の使用量を減らしつつ、柱を細くすることができます。上層階ではこの柱内のコンクリートは不要ですので、鉄骨だけになっています。柱の太さはそれほど変わっていないかもしれませんが、性能はそれなりに落としていると言えます。