バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

優れた構造デザインとは:目に見える構造・見えない構造

「構造デザイン」と聞いて、どういったイメージを思い浮かべるでしょうか。

 

繊細な柱に支持され浮いているかのような建物。厚みを感じさせない大屋根。奇抜な外観を支える複雑な骨組。大空間を覆う幾何学的なトラス。

 

どれも意匠設計者だけで簡単に実現できるものではありません。構造設計者の力無くしては、美しい建築空間をつくり上げることはできません。

 

高い技術力が必要とされる建物としては他にも、超高層ビルや免震・制振構造の建物等が挙げられます。しかし、こちらは構造デザインというよりも「構造設計」という言葉の方がしっくりきます。

 

構造デザインと構造設計の違いは何か、優れた構造デザインとは何か、考えてみました。

 

 

力技の構造

世界を見渡してみると、およそ凡人が思いつく限りの形のビルが建っています。実現していないアイデア段階のものまで含めると、いよいよ新しいものが尽きてしまうのではないかというほどです。

 

そうした建物には、従来の「柱」や「梁」といった概念がないものも多くあります。しかし、ただ単に計算するだけであれば、それほど難しいことはありません。

 

あまり深く考えず、出てきた図面の通りに解析ソフトに入力していけば何かしらの結果は出ます。「有限要素法」を用いれば、まさに図面に描かれた形状のまま解析することができます。

有限要素法(FEM)と建築の親和性:安易な適用にはご用心

 

計算結果を見ながら、ここにはこれだけの鉄筋がいる、強度はこれくらいにしないといけない、ということを決めれば一応は設計終了です。しかしこれは構造デザインとは呼べないでしょう。

 

計算機の能力と材料の強さに頼った力技の設計では、いくら奇抜な形状が実現できたとしてもあまり価値はありません。構造設計どころか、ただ「構造計算」をしただけと言えそうです。

 

理論の構造

構造設計者は「構造力学」を駆使しながら、いかに建物を合理的に成立させるかを考えています。そして、何が合理的かは概ね理論により答えが導き出されています。

 

重力を支える柱は真っ直ぐ(鉛直)がいい。地震の力を受けるブレースは斜め45°がいい。制振ダンパーは一番変形が大きいところに入れるのがいい。

 

そんなことは構造設計者であれば誰でも知っていることです。ただ、それだけでは建物が建たないことも知っています。

 

我々は量産品の工業製品を作っているわけではありません。施主一人ひとりのために、完全オーダー性の一品生産を行っています。

 

真に合理的なビルというのは、「構造設計」の1つのゴールかもしれません。しかし、建築は構造だけでできているのではありません。

 

理論は理論として重要ですが、それだけでは血肉の通った設計にはなり得ません。構造だけが100点でも意味が無く、これも構造デザインとは呼べないでしょう。

 

目に見えない構造

構造デザインというと、どうしても薄さ、細さ、広さ、奇抜さと言った、目に見えるものを想像しがちです。もちろんそれらは構造デザインの主役となる側面ではありますが、目に見えない構造デザインもあるはずです。

 

個人的に好きな建物を2棟挙げて説明します。

 

中川政七商店新社屋

奈良県創業の300年を超える歴史を持つ生活雑貨屋さんの新社屋です。高さが異なる小さな建物がいくつも横に並んでいるように見える、可愛らしい建物です。

 

意匠設計を吉村靖孝氏、構造設計を満田衛資氏が手掛けられています。満田氏は1972年生まれということなので、構造設計の世界ではまだ若手と言えるかもしれません。氏はこの作品で第22回JSCA賞新人賞を受賞されています。

 

初めてこの建物のことを知った時、恥ずかしながら何がすごいのか理解できませんでした。しかし、氏の説明を聞く機会があり、素直に「すげぇ」と感動したことを覚えています。

 

高さが異なる部分を、小さな柱2本を組み合わせた組柱として処理したこと。各部材のスケールを合わせ、きれいに納めたこと。

 

なんだかバッコが文章に起こすと全然すごさが伝わりませんね。とにかく、「こんなきれいな解があるんだ」と驚きました。

 

実際のところ、この構造にすることで外観や内部空間にどれだけ違いが出ているかは分かりません。もしかしたら、ほとんど目に見えてこないところなのかもしれません。

 

しかし、これを構造デザインと呼ばずして、何を構造デザインと呼ぶのでしょうか。

 

霞が関ビルディング

日本で初めて高さ100mを超えるビルが竣工したのは1968年、それが霞が関ビルディングです。

 

先ほど超高層ビルは「構造デザイン」よりも「構造設計」がしっくりくると書きました。しかし、初期の超高層ビルに関しては別の感想を持っています。

 

現代の超高層ビルは部材の一本一本までがモデル化され、いろいろな地震動に対する応答が事細かにシミュレートされています。計算上はかなりのことが分かってきたと言えます。

 

柱はこのくらいの太さかな、こことここにダンパーを入れておくか、ということが解析する前からわかります。もはや超高層ビルの設計はそれほどチャレンジングなことではないのです。

 

しかし、当時は当然初めての試みでした。超高層ビルがどのように揺れるか、十分な知見があったわけではありません。

 

計算機の性能も低く、建物を簡単なオモリ数個に置き換えて計算していたのです。ほとんど手探りの状態と言っていいでしょう。

 

建物としては四角い整形なビルです。今日では目に見えて他のビルと違うところがあるわけではありません。

 

ただ、新しいスタンダードを造り出した素晴らしい構造デザインだと思います。

 

結局構造デザインとは

建築に関わりのない一般の方とは違う意見かもしれませんが、結局のところ構造デザインとは「その建物固有の素晴らしい解」を見つけ出すことかもしれません。素晴らしいとは何とも主観的な表現ですが、デザインとは本来そういうものです。

 

ただの超高層ビルや免震・制振の設計では、一般解をそのまま当てはめている部分が大きいので構造デザインになり切れていないのでしょう。

 

目に見える、見えないという部分は分かりやすい指標ではありますが、それだけではとらえ切れていないように感じます。

 

どんな建物であれ、構造設計者は苦労して設計しています。その建物固有の問題は必ずあり、それに対する解を必死に探します。

 

ただ、それをデザインの域にまで昇華できるのは、極一部の限られた設計者だけなのでしょう。