バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

設計経験のある教授は怖い:設計事務所・ゼネコン設計部出身の先生方

大学院修了後も大学に残り、研究一筋の先生も多いですが、一度企業に勤めてから大学に戻ってくる先生も一定数います。

 

□■□疑問■□■ 

超高層ビルや免震建物のような難易度の高い建物については大学の先生が審査すると聞きました。どのような先生が担当するのでしょうか。

 

□■□回答■□■

建築学科の先生が大半ですが、地盤の専門家、振動論の専門家、鋼材の専門家等、それぞれ専門は違います。また自身の専門分野以外のことについてもそこら辺の設計者より詳しい方も多いです。

特に一度設計事務所やゼネコンで構造設計の仕事を経験している先生方は、設計の裏側、本音と建て前の部分まで熟知されています。構造設計者の立場を理解してもらいやすい一方、いい加減な部分があれば激しく追及されます。審査される側としては、設計経験者がいるかいないかで緊張感が違ってきます。

企業OBで今や大御所となった先生方を何人か紹介します。

 

 

和田章先生(東工大名誉教授)

まず名前が挙がるのは和田先生ではないでしょうか。

 

略歴

1946年生まれで、東工大の建築学科卒です。そのまま東工大の修士まで進まれ、修了後に日建設計に入社されました。東京大学で博士を取得し、1982年から東工大に戻り助教授をされています。1989年からは東工大の教授、2011年に東工大の名誉教授になられています。

 

また、第52代日本建築学会会長、日本免震構造協会会長でもあります。退官後もいろいろなところで精力的に活動されているようです。

 

設計思想

地震後に、外から見た分にはあまり被害の大きくない建物もほとんどが取り壊されてしまう現状に疑問を持たれているようです。地震に対して人命さえ保護できればいいという現行の基準ではなく、地震後も継続使用できるような性能の建物を増やしていくべきと考えられているのではないかと思います。

 

そのための有効な手段が制振や免震であると主張されています。効果的な制振構造の提案をされていますし、免震構造にも造詣が深いです。

 

「基準を満たしていればいいでしょ」という考えの設計では、かなり厳しく追及されるでしょう。

 

作品

先生が手掛けた東工大のすずかけ台キャンパスの耐震補強は非常に見事です。構造的に弱い特定の層に補強を施すのではなく、建物全体を貫く大きな柱を追加し、建物全体で地震の力に抵抗できるようにしています。

 

耐震改修では外観が格好悪くなる場合が大半です。しかしこの耐震改修では格好悪くなるどころか、むしろ格好良くなっています。研究者としてだけではなく、設計者としても一流であることがよくわかります。

 

最近ではこのような巨大な柱・壁によって建物全体で地震の力に抵抗できるようにする効果を「心柱効果」と言う場合があります。世の中にはこれと似て非なる「心柱」が溢れていますので、間違えないようにしてほしいものです。

現代の心柱:鉄筋コンクリート建物における連層耐震壁の働き

 

北村春幸先生(東京理科大副学長)

日建設計からは先生になられる方がたくさんいます。

 

略歴

1952年生まれで、神戸大学の建築学科卒です。そのまま神戸大の修士まで進まれ、修了後に日建設計に入社されました。東京大学で博士を取得し、2001年から東京理科大の教授をされています。

 

また、東京理科大の理工学部長、副学長にまでなられています。

 

研究

制振や免震に関する論文や著書がたくさんあります。理論だけでなく、実際の設計においても役に立つ内容のものが多い印象があります。構造設計を25年もやられていたので、実務に関してもスペシャリストです。

 

近年は東北地方太平洋沖地震に代表される「長周期地震動」に対する建物の安全性に関心を持たれているようです。

南海トラフ地震で大都市圏が揺れる:長周期地震動の恐怖

 

井上範夫先生(東北大名誉教授)

大手ゼネコン出身の先生もおられます。

 

略歴

1970年に東京大学建築学科を卒業し、鹿島建設に入社されました。鹿島建設では新宿三井ビルやサンシャイン60などの超高層ビルや、原子力発電所の設計をされています。

 

東京大学で博士を取得し、1999年から6年間東北大の助教授、以降13年間は教授をされています。こうして見てみると、東京大学で博士を取得される方が多いようです。

 

研究

当初は鉄筋コンクリート構造の研究が主だったようですが、近年では制振・免震分野での貢献がよく知られています。鹿島建設での経験が生かされているものと思います。

 

特に有名なのが慣性質量ダンパーを使用した制振構造の研究です。慣性質量ダンパーと言う特殊な装置を使用して、従来よりも大幅にエネルギー吸収性能を上げることができると提唱・証明されています。

慣性質量ダンパーができること:モード制御と変位増幅

 

人物

東北大学退官後にお目にかかったことがあるのですが、白髪のすてきな紳士といった風貌です。とても明瞭で知性溢れる話しぶりでした。あの話ぶりで審査の場で理路整然と追及されたらと思うと、とても怖いです。

 

 

他にも素晴らしい先生方はたくさんいらっしゃいますが、まず思いついた大御所3名を取り上げてみました。これからも企業出身の先生方がたくさん活躍されることでしょう。