バッコ博士の構造塾

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有限要素法(FEM)と建築の親和性:安易な適用にはご用心

建物の構造解析モデルは線材要素(太さを考慮しない要素)とばねの組み合わせでできています。

 

□■□疑問■□■

有限要素法を用いれば各部材の厚さ、太さを考慮した高精度な解析が可能です。解析の制度が向上することで新しい建物の設計が可能になることはあるでしょうか。

 

□■□回答■□■

従来の線材要素とばねを組み合わせたモデルが長年使用されているのは、十分な合理性を有しているからです。有限要素法による高度な解析が可能になっても完全に置き換わることは無いでしょう。ただ、線材へのモデル化が適切でない特殊な形状の建物に対しては非常に有効です。また複雑な接合部の応力分布を調べる等、部分的に適用する場合も有効でしょう。ただ、解析を過信してはいけません。あくまでもいろいろな仮定の基に成り立っていることを常に意識しておきましょう。

 

 

有限要素法とは

数学的に適切な説明は他に譲るとして、難しい説明は抜きにします。

 

有限要素法とは柱や梁を一本の太さのない線材に置き換えるのではなく、部材の形そのままにモデル化する手法です。小さな四角や三角の要素に切り分けてモデル化するため、複雑な形状であってもモデル化が可能です。

 

例えば、長さ3m、幅1mの柱があった場合、線材に置換するということは太さを無視した一本の線にするということです。有限要素法では、例えば10cm角の四角の要素を使用するなら縦に30個、横に10個というように複数の要素に置き換えることになります。

 

これなら柱が途中で細くなるということにも対応できます。真ん中で急に細くなるのか、滑らかに変化するのか、部分的に細くなるのか、いずれの場合でも要素の数や大きさを変えれば対応可能です。線材に置換するよりも実状に応じた適切なモデル化が可能ということです。

 

また、一本の線になると縦と横の力の伝達しか考慮できません。四角や三角の要素なら斜め方向の力も伝達が可能になります。部材の長さが太さに対して十分に長ければ影響は小さいですが、長さが不十分な場合は斜めに伝達する分を無視できません。柱が太くなればなるほど線材置換との差が顕著になります。

 

有限要素法を用いて設計された建物

やや古い建物で恐縮ですが、『MIKIMOTO Ginza 2』は有限要素法を用いて設計された非常にわかりやすい例かと思います。柱や梁が無く、外側の鋼板コンクリート壁(鋼板と鋼板の間にコンクリートを流し込んだ壁)のみで地震の力を負担しています。

 

この鋼板コンクリート壁には有機的な形状の開口(窓)が、それこそ好き勝手に開けられています。階の概念も無ければ、一定のルールも見出せません。

 

この建物を線材に置換してくださいと言われても、どこから手を付けたらいいやら、まったくのお手上げです。従来の柱や梁といった概念に捕らわれていては設計できる代物ではありません。

 

さすが伊東豊雄、佐々木睦朗のコンビです。そして共同設計を行った大成建設の設計部も見事だと思います。

 

この建物は意匠設計が使用したCADデータを構造データとして読み込み、有限要素法により各部に生じる力を算定しているようです。複雑な開口であろうとその形状に合わせたモデル化が可能なため、意匠設計が描く線にも対応できるのです。

 

この建物は非常に高い安全率で設計されているようです。大地震に対しても鋼板だけで抵抗可能で、内部のコンクリートの強さを見込まなくとも十分な耐力があるとのことです。

 

有限要素法による非線形解析

先ほど『MIKIMOTO Ginza 2』は大地震にも十分な余裕度を有した建物と書きましたが、逆に言うと十分な余裕度を持たせない設計はできなかったのではないかと思います。

 

もし建物が損傷することを許容するとしたら、力が最も集中するところから鋼板の軟化が始まるわけです。そして次に力が集中する箇所、そのまた次に力が集中する箇所というように、どんどん軟化を起こす部位が増大していくわけです。

 

それを解析で追跡するには「初期の硬さを維持する(線形)」のではなく「負担する力に応じて硬さを変える(非線形)」必要が生じます。鋼板を単純に引っ張るだけであれば、それなりの精度でモデル化も可能です。しかし、二次元の複雑な力の釣り合い状態では精度を保つことは難しいでしょう。しかも実際にはコンクリートが間に充填されており、さらに複雑な挙動を示すことは明らかです。

 

もちろん二次元での非線形則(どういう風に軟化するか)についての研究も進んでいます。ただ、「本当にそれであっているのか」ということは実際にやってみるまでわからない部分が多いです。

 

鋼材であればまだわかりやすい方で、コンクリートになると事態は深刻です。非常に多様なパラメータが存在し、どれが正しいとも言えません。解析してみて「お、それっぽいな」というところを狙って設定している、ある意味職人技の側面があります。

 

やはり部材の軟化が生じない範囲での使用がいまのところ現実的だと思います。複雑な形状の接合部の金物等、線材置換がなじまないものもたくさんあります。しばらくはそういった方面での利用が主でしょう。

 

最適な解析とは

解析が高度になればなるほど「わかり過ぎて逆にわからない」という残念な状況に陥ることがあります。各種パラメータによる解析結果のばらつきや、構造設計者の感覚とは異なる不自然な変形をする場合もあります。解析があっているかどうかは結局設計者の判断によります。

 

また、多数の構造要素、複雑な非線形則により解析時間が大幅に増加します。必要なスタディができないまま時間だけが過ぎてしまうといった不毛なことが起こります。詳細な解析をすることが正しいとは限らないのです。

 

線材モデルを使うことにも合理的な理由があるのです。複雑な事象を簡単なモデルに切り分けることも構造設計者のスキルの一つです。難しいことしかわからないようでは設計者としての資質に欠けます。

 

難しいことを簡単に語る、簡単なモデルで複雑な構造を解く、解析はあくまでもツールであり、本当の構造設計者はそこを理解しています。