バッコ博士の構造塾

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静的・動的とは?実験・解析・設計における使い分け

老朽化したビルや橋が崩れ落ちた、という海外のニュースを稀に目にします。いろいろと原因はあるのでしょうが、構造物が「重力」に耐えられなかったということです。

 

ミシミシと音がしただとか、外装材が落下しただとか、その前兆の様なものはありますが、基本的には一気に崩壊します。

 

地震や台風などによる建物の倒壊は海外・日本問わず世界中で頻繁に発生しています。これは構造物が「地震の力」「風の力」に耐えられなかったということです。

 

最終的には片側に向かって変形が一気に増大して倒壊しますが、その前段として右に左に揺すられながら徐々に変形が大きくなっていく過程があります。

 

「重力」と「地震」とでは力の掛かり方が違います。力の向きが「鉛直(縦)」か「水平(横)」かという違いもありますが、最も本質的な違いは「静的」「動的」かということです。

 

静的、動的とはなにか、そしてそれが実験、解析、設計に及ぼす影響とはなにか、説明していきます。

 

 

静的・動的とはなにか

静的

静的の「静」は、静止の「静」でもあり、動きがない静かな状態を表しています。つまり「静的」とは、変化が無く止まっている状態を指します。

 

「重力」は常に建物に作用しており、その強さも一定なので静的な力です。午前中よりも午後の方が建物は重い、なんてことは起こりません。

 

そのため、重力によって建物が揺れ続けることはありません。重力によって梁がたわんだり、柱が縮んだりはしますが、建物は止まっています。

 

動的

動的とはまさに静的とは逆の、動きがある状態を表しています。つまり「動的」とは、常に変化があり一定でない状態を指します。

 

「地震」や「風」はガタガタ、ビュウビュウと不規則に変化する動的な力です。また、規則的であっても右に左に力が変化するのであれば、それも動的な力です。

 

力が一定ではないため、建物には力の変化と建物の硬さや重さに応じた振動が生じます。

 

静的実験・動的実験

地震に強い建物を造るため、日々いろいろな材料や部材の実験が行われています。

 

資源は有限なので、コストや期間、実験設備の仕様などを鑑みて、最も効率がよくなるよう実験の計画を立てます。実験を「静的」で行うか「動的」で行うか、これも判断すべきことの一つです。

 

静的実験

静的とは動かないことなので、「加速度も速度もゼロ」ということです。ただ、実験ではそうもいきません。速度が本当にゼロだと、いつまで経っても実験が始まりません。

 

実験における静的とは、「非常にゆっくり」ということです。少しずつ徐々に力を加えていくことで静的に近い状態にしています。

 

そのため、「準静的」と表現することもあります。世の中にある全ての静的実験は、真の意味での静的ではありません。

 

どのくらいなら静的と呼べるか、明確なルールは無いように思います。ただ、一つの目安として0.01Hz、つまり100秒かけて1回分の加力を行っている例が多いです。

 

低層建物であれば零コンマ数秒、超高層ビルでも数秒で揺れが一往復するので、100秒はかなりゆっくりと言っていいでしょう。

 

当然、実験結果からは速度の影響が排除されます。重力のような静的な力を対象としていれば問題ありませんが、実際の事象とは違うということを意識しておくことが重要です。

 

動的実験

地震大国である日本では、地震の力に対する設計が非常に重要です。地震時の建物の特性を明らかにするには、動的実験を行う必要があります。

 

ただ、何でもかんでも動的実験ができるわけではありません。ゆっくりと力を加える静的実験に比べ、消費するエネルギーがケタ違いに大きくなります。

 

少し大きな試験体になると、重量は何トンにもなります。そして、その試験体に瞬間的に何十トンもの力を加えなくてはなりません。試験機の都合上、静的にやらざるを得ない場合が多いです。

 

部材単体の動的実験には「アクチュエーター」が使用されます。アクチュエーターの伸び縮みの速度を制御することで、所定の加力を行うことができます。変形速度に応じて力を発揮する「制振ダンパー」の試験などが行われています。

制振・制震ダンパーの種類と特徴:構造設計者が効果を徹底比較

 

実大の戸建住宅などの動的実験には「振動台」が使用されます。過去に起こった実際の地震動を再現し、どのように建物が揺れるか、壊れるかを観察することで多くの知見が得られます。

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静的な力・動的な力と変形

静的な力とは、一方向に一定の力が作用している状態を指します。動的な力とは、作用する力の方向と大きさが時間によって変化する状態を指します。

 

力と変形の関係

静的な力に対しては、建物や部材が硬ければ硬いほど変形は小さくなります。しかし動的な力に対しては、硬くすることで逆に変形が大きくなる場合もあります

 

建物が右に揺れているときに右側に押せば、建物が止まっているときに押すよりも大きな変形が生じます。逆に左に揺れているときに右側に押せば、力が打ち消し合って小さな変形しか生じません。

 

静的な変形は「力の大きさ」「硬さ」の関係だけで決まりますが、動的な変形は複雑です。建物の揺れ方を決める「重さ」「硬さ」、そして「力の大きさ」「力のかかるタイミング」も重要になります。

 

建物を硬くすることで揺れ方が変化し、力とうまい具合にタイミングが合ってしまうことで変形が増大することがあります。

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建物の崩壊

静的な力は常に一定であり、力を弱めることはありません。つまり、一旦限界を超えてしまうと、もう後戻りができません。

 

そのため、建物が重力に耐えられなくなってしまうと一気に崩壊してしまうのです。部材の老朽化等により力の釣り合いが崩れると、次の釣り合い状態である崩壊まで一直線です。

 

それに比べると、動的な力による崩壊は緩やかです。右に行ったり左に行ったりと、両方向に変形するからです。

 

また、右に倒れそうになっても左に押し戻してくれるような力が作用することもあります。最終的には真ん中に近い位置に留まることが多いはずです。

 

「いや、一気に片側に変形して倒れることもある」と思われるかもしれませんが、あれは地震ではなく重力で倒れているのです。地震によって重力を支える機能が喪失し、その結果として重力により一気に壊れます。

 

静的解析・動的解析と構造設計

実験結果の確認のため、あるいは実験の代わりとして、数多くの解析が行われます。建物の安全性を確認する「構造計算」も解析の結果を基に行われています。

構造計算とは?真面目に計算した建物ほど弱くなる不思議

 

世の中にあるほぼ全ての建物は実験せずに建てられているので、解析によってしか安全性は確認されていないことになります。

 

重力に対する安全性の検証は、当然静的解析で行います。建物の重さ、家具や人の重さがかかった状態を想定して、各部材に生じる力の大きさや変形を計算していきます。

 

では、地震に対する安全性の検証は動的解析でやっているかというと、そうではありません。動的解析である「時刻歴応答解析」は超高層ビル等にしか適用されていません。

時刻歴応答解析がよくわかる:免震建物・超高層ビル検証の必須技術

 

前述のように、動的な事象というのは静的な事象よりも複雑です。誰でも彼でも簡単にできるわけではありません。小さな建物の一つ一つにまで手が回りません。

 

そのため、静的解析であっても十分に安全な建物が設計できるよう、建築基準法により解析のルールが定められています。