バッコ博士の構造塾

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ハウスメーカーの実大振動実験から各社の耐震性はわかるのか?

日本には世界最大の「振動台」であるE-ディフェンスがあります。日々いろいろな試験体が運び込まれ、実験が繰り返されています。

 

E-ディフェンスでは過去に発生した地震動を再現することができます。兵庫県南部地震や熊本地震、東北地方太平洋沖地震であっても再現可能です。

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また、国内には他にも大きな振動台がいくつかあります。戸建て住宅くらいであれば実大の試験体を用いて加振できます。

 

実大の建物に過去の巨大地震を与え、無事に損傷なく耐え抜けば、これ以上ない耐震性のアピールになります。そのため、大手ハウスメーカー各社はこぞって自社の建物を用いて実大の振動台実験を行っています。

 

震度7が短期間で2回起こった2016年の熊本地震以降、「複数回の大地震に耐えられる」というのが1つのトレンドです。ただ「強いんです」と言うのではなく、「○○回の地震にも耐えました」と実験結果を基にアピールされるように変わってきました。

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確かに大手ハウスメーカーの住宅は強いです。ただ、実験結果をそのまま鵜呑みにするのはやめましょう。

 

いくら試験体が強いからと言って、あなたが建てる家がそれだけ強くなることを保証しているわけではないのです。

 

 

大型振動台による実大試験

東北地方太平洋沖地震を1つの契機として、スーパーゼネコン各社が自社の振動台をリニューアルしました。これまでにない巨大地震にも対応できるよう、振動台の性能を大幅に引き上げました。

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また、振動台を所有しているのはスーパーゼネコンだけではありません。防災科学技術研究所のE-ディフェンスに代表されるような、公的機関の振動台もあります。

 

これらの振動台を利用して、大手ハウスメーカー各社は実大の建物を用いた実験を行っています。

 

実験の様子はハウスメーカーのHPで公開されています。また、会社名と「実大実験」や「振動台、実験」といったキーワードで検索をかけると、いくらでも動画が見つかると思います。

 

すごい耐力壁を開発しました、うちの制振ダンパーは違います、耐震等級3が標準です、○○工法は耐震性抜群、いろいろなアピール方法はあります。ただ、実大試験ほど説得力のあるものはないでしょう。

 

実大試験に物申す

振動台を使って試験しているハウスメーカーはどこも、耐震性に関しては自信満々のようです。ただ、構造設計者としては少しケチをつけたくなってしまいます。

 

恐らく大手の住宅はどれも本当に地震に強いのでしょう。ただ、盲目的に全てを信じるわけにはいきません。

 

設計目標値

試験に用いた建物の詳細なスペックが明示されているのを見たことがありません。基本的には、どんな建物を使って試験したかはわからないのです。

 

恐らく「標準的な仕様」としているのでしょうが、確認する術がありません。実際にはあり得ないくらい強くした建物だったとしたら、壊れないのも当たり前でしょう。

 

同じハウスメーカーで家を建てても、建物ごとに耐震性は違います。ある範囲内でばらついているはずです。

 

その中で最低、平均、最高のどのレベルに相当するか教えてもらいたいものです。もしこれが「最低レベル」で実験をしているのであれば素晴らしいですが、あり得ないでしょう。

 

「過去に建てた中での最低レベル」と「試験体の耐震レベル」の比率を提示して初めて「当社の家は強い」と主張できるのではないでしょうか。

 

家の形状

構造計算とはそれほど精度の高いものではないのではありません。計算結果がほとんど同じ建物があったとしても、本当に同じくらいの強さかは誰にもわかりません。

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計算上の強さが同じ正方形の家、横長の長方形の家、L型の家を設計することも可能です。これらの建物が同時に倒れるとは思えません。

 

計算上の強さが同じ壁が外側に寄った家、壁が内側に寄った家、壁が片側に寄った家を設計することも可能です。これらの建物も同時に倒れるとは思えません。

 

やはりL型であったり、壁が片側に寄っていたりすると、計算では評価できない弱い部分ができることもあります。そこをケアできるかが構造設計者の技量とも言えます。

 

しかし、試験に用いられるのは非常に整形な特徴の無い建物ばかりです。

 

本当にそんな整形な注文住宅がありますか?だったら建売で十分じゃないですか?

 

変わった形状、大きな吹き抜けのある家、そんな建物で試験をしているのであれば「真面目なハウスメーカーだ」と評価したいと思います。

 

○○回耐えました

熊本地震では前震でダメージを受けた建物が、その後の本震で倒れてしまったという事例が多く見られました。「大地震に何回耐えられるか」というのは、重要な指標の一つになりました。

 

実際、いくつかのハウスメーカーでは実大試験の結果に基づき、「○○地震に□□回耐えました」というようなアピールをしています。

 

建築基準法上は1回だけ耐えられればよく、2回目については言及がありません。何回でも耐えられるのなら安心感が違います。

 

ただ、これも前述の「設計目標値」次第です。もし1回目の地震で損傷が全く生じないレベルで設計されていたとすれば、その後何回地震が起ころうと倒れるはずがありません。

 

損傷が蓄積するから2回目以降の地震が危険なわけで、損傷が蓄積しないレベルの地震が何度繰り返し起ころうと関係ありません

 

もちろん大地震に対して損傷が蓄積しないということ自体はすごいことです。ただ、さも繰り返しの揺れに強いかの如くアピールされるのは気に入りません。

 

その1.2倍の地震だと3回で倒壊します、という可能性もあるわけです。

 

結局実大実験とは

各社が全く違う条件のなかで実験を行っており、その結果だけを以って強い弱いは判断しようがないというのが実情です。

 

当然ながら、実大の試験を行うには相当な費用がかかります。その費用以上の宣伝効果を期待して実験をしているのです。

 

学術的な研究を目的としているわけではありません。もっとも性能がアピールできるような形で実験を行うことを否定することはできません。

 

壁をできるだけ少なくし、デザインも凝ったものにして実験してほしい、そんな気持ちもあるにはあります。ただ、失敗した場合は大変なことになるので、そんな冒険をする人はいないでしょう。

 

車の燃費調査のように、決まったルールの中でやってもらえると非常に面白いのですが。

 

実大実験をしているハウスメーカーは耐震性が優れているとは思いますが、実験結果自体はプロモーション用のものだということだけは頭に入れておいてほしいです。