バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

座屈がわかる:座屈の種類と座屈荷重・座屈長さの基本を押さえる

通常、ある物体に横から力を加えると横に変形し、縦から力を加えると縦に変形します。

 

なんだか当たり前のような気もしますが、そうとも限りません。ある条件の下では、縦に押したのに横に曲がってしまうということが起こります。

 

プラスチックの定規や細長い針金をグッと縮めようとしても横に曲がってしまい、うまく縮めることができないという経験をしたことがあるのではないでしょうか。

 

この「細長い材を圧縮すると、ある時点で力の方向とは直交方向に材が曲がってしまう」という現象を「座屈」といいます。

 

安全な建物を造るには、座屈に対する理解が不可欠です。ただ、難しいことを覚える必要はありません。知っておくべき本質は極わずかです。

 

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座屈はどうして起こる

圧縮力

座屈を考慮しなくてはならないのは「圧縮力」を受ける部材だけです。「引張力」を受ける分にはどれだけ細い材でも座屈は起こりません。

 

実際、吊り橋に使われているケーブルは非常に細いですが、座屈の心配はありません。ケーブルは上から吊られているので、常に引張力しか作用しないからです。

 

圧縮力を受けると材は縮みます。縮むことで窮屈になり、圧が高まります。そしてある力を超えると突然横にはらみ出し始めるのです。

 

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完全な材も荷重も無い

「もっと正確に真っ直ぐ押せば横に曲がらないのでは」と考えて、プラスチックの定規を座屈させないで圧縮できないか試みたことがある人も多いかと思います。

 

しかし、その試みは失敗に終わったはずです。どれだけ真っ直ぐ押したつもりでも座屈は生じてしまいます。

 

それは定規が最初から極々わずかに曲がっていたのかもしれません。あるいは真っ直ぐ押したつもりが、微妙にずれていたのかもしれません。

 

曲がっていたりズレていたりすれば、そっちの方に向かって曲がりやすくなってしまい、座屈を誘発してしまいます。

 

完全に真っ直ぐなものなど世の中にはありません。ましてや建築の世界では、かなりの誤差が許容されています。

 

神のみぞ知る

圧縮されて窮屈なので、どこか逃げ場所を求めている。ほんのわずかでも弱いところがあれば、そこに向かって曲がり始める。これが、座屈が生じる一応の理由です。

 

では、本当に真っ直ぐな部材をズレることなく真っ直ぐ押すことができれば、座屈は起こらないのでしょうか。

 

実は、座屈を表現する式は「座屈が起こっていない状態」から「座屈が起こった状態」を連続的に表しているわけではありません

 

つまり、座屈が起こる前と起こった後の間に何があるのかはわかりません。なぜ座屈が起こるかはわからないけれど、もし座屈が起こったらこうなる、という想定で式が導かれています。

 

そこには「部材が実は少し曲がっている」だとか「押すときに少しズレている」という仮定はありません。つまり、本当に真っ直ぐであろうと座屈は起こるのかもしれません。

 

そして、座屈によって右に曲がるのか左に曲がるのか、それは神のみぞ知ることなのです。

 

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座屈の種類

弾性座屈(オイラー座屈)

座屈を勉強する際、最初に出てくるのが「弾性座屈(オイラー座屈)」です。いろいろある座屈現象の基本となる部分です。

 

ここでいう「弾性」とは、「初期状態を保つ」という意味です。

 

一般的に、部材に力を加えると、力の大きさに応じて特性が変化します。鋼材などでは軟化しますし、ゴムなどでは逆に硬化するようなものがあります。

 

しかし弾性座屈では、「加える力が大きくなっても初期の状態を保つ」と仮定しています。小さな力で座屈するような部材に対しては高い精度で計算が可能です。

 

非弾性座屈

部材の特性が初期状態から変化することで、弾性座屈ではうまく表せない座屈が「非弾性座屈」です。

 

若干座屈しにくく、座屈が生じるまでに大きな力を必要とする場合の座屈です。「細くはないけど、そこまで太くもない部材」で起こります。

 

鋼材などの軟化を起こす材料では、ある程度の力が作用すると最初よりも曲がりやすくなります。そのため弾性座屈の場合よりも小さな力で座屈するようになります。

 

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横座屈(曲げによる座屈)

部材に圧縮力が生じることで座屈が引き起こされるわけですが、部材を縮めようとしなくても圧縮力が生じることはあります。

 

例えば、部材に「曲げ」を加えると、断面の片側には「圧縮」、もう片側には「引張」の力が生じます。足を開いて立っている人の右肩を左に押すと、左足が押し込まれて(圧縮)、右足が浮き上がろうとする(引張)のと同じです。

 

曲げが加わることで、圧縮力が生じた側の断面に生じる座屈が「横座屈」です。引張力が生じる側の断面が邪魔になるので、横にはらみ出すように座屈します。

 

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局部座屈

これまで見てきた座屈は全て「細長い材」に関するものでした。しかし、座屈するのは細い材だけではありません。「薄い材」も座屈することがあります。

 

木やコンクリートでできた部材は通常、中身がつまった「■」「●」といった断面形状をしています。それに対して鉄骨は「H」「□」といった薄い板を組み合わせたような断面になっています。

 

例えば、長さが4mで太さが2mの□型の柱があるとします。これだけ太ければ柱全体が座屈を起こすことはありません。

 

しかし、この柱の四角い断面を構成する各板の厚さが6mmしかなければどうなるでしょうか。各辺が2mもあるのに厚みが6mmだとすれば、部分的に見ると「細長い」ことになってしまいます。

 

そうなると、柱全体としては問題が無くても、局所的にベコッとへこんだりふくらんだりしてしまうのです。これが「局部座屈」です。

 

局所座屈により負担できる力の大きさや変形性能が大幅に低下してしまうことがあります。そのため、材の外径と板厚の比率(幅圧比)には制限があり、極端に薄い部材は使用できないようになっています。

 

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座屈荷重

座屈とは、突然に起こる現象です。グーっと伸びてからブチっと切れるのであれば危険も少ないのですが、前兆もなく崩壊に至ってしまう危険な破壊形式です。

 

そのため、座屈が生じる力の大きさを知り、相応の安全率を設定して設計する必要があります。

 

座屈が生じるときの力を「座屈荷重」と言います。では、座屈荷重の大きさは何によって決まるのでしょうか。

 

座屈は圧縮力、つまり材軸方向の力によって引き起こされます。ただ、軸力に対する「強さ」も「硬さ」も座屈には関係ありません。

 

座屈とは圧縮力に抵抗していた部材が突如として「曲がって」しまう現象です。「曲がらない」ように抵抗できるかどうかが座屈に対する強さになります。

 

では、曲がりにくいとはどういうことでしょうか。

 

硬さ

曲がりにくいとは、「硬い」ということです。そして、部材が持つ硬さには2種類あります。

 

まず、使用する「材料」が硬いかどうかです。材料の硬さを「ヤング係数」といいます。

 

木かコンクリートか鋼材か、使用する材料によってヤング係数は違います。座屈荷重はヤング係数に比例します。

 

次に、部材の「断面形状」が硬いかどうかです。同じ断面積であっても、円と正方形とでは曲げに対する硬さは違います。

 

断面が持つ曲げに対する硬さを「断面二次モーメント」といい、外径が大きいものほど値が大きくなる傾向にあります。座屈荷重は断面二次モーメントに比例します。

断面二次モーメントとは

 

座屈長さ

同じ材料、同じ断面形状の部材であっても、曲げにくさが同じとは限りません。部材の長さが違えば曲がりにくさも変化します。

 

ただ、部材の長さだけでも決まりません。座屈に寄与する部分の長さである「座屈長さ」が重要になります。同じ長さの部材であっても、部材の端部をどのように固定しているかで大きく座屈長さは変化します。

 

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例えば、電柱の下側は地面にしっかり固定されていて、横方向にも回転方向にも動けません。しかし、上側は自由に動くことができます。

 

このとき、電柱の上側を回転できなくすると座屈長さは半分、横に動かなくすると35%、回転も横も固定すると1/4まで小さくなります。

 

そして、座屈長さの座屈荷重に対する寄与は「硬さ」よりも影響が出やすいです。

 

まず、座屈長さが長いほど変形が生じる部分自体も長くなります。そして、同じ回転角が生じた場合、座屈長さが長いほど全体の変形量も大きくなります。

 

そのため、座屈荷重は座屈長さの2乗に反比例します。

 

座屈補剛

座屈を起こしにくくするには「太短い材」を使用するのが一番です。

 

しかし、座屈を防ぐためだけに太い材を使用するのは経済的ではありませんし、見映えもよくありません。そんなときは部材を途中で区切って短くする必要があります。

 

座屈を起こす部材の真ん中に曲がりを拘束する「座屈補剛材」を足してやることで座屈荷重を大幅に引き上げることができます。

 

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