大学の講義でも建築士の試験でも、構造力学につまずいてしまう人が非常に多いです。カッコいい建物をデザインしたくて建築士を志しているのに、まさかこんなに数式が出てくるとは、、、といったところでしょうか。
力学を理解するのに数式は避けて通れません。ただ、難しい式を一生懸命考えるのもいいですが、実現象がどうなっているかを考えるのも大切です。
数式を見ても意味がわかりづらいものとして「断面係数」と「断面二次モーメント」が挙げられます。
どちらも部材の断面形状が持つ特性を表す値で、「断面係数」は「強さ」、「断面二次モーメント」は「硬さ」を表します。特に鉄骨造の設計を行う際によく使用するので、意味と使い方を知っておく必要があります。
では、「断面係数」と「断面二次モーメント」の単位が長さの3乗(cm3)や4乗(cm4)になる物理的な意味はなんでしょう。
「断面係数」は単位が長さの3乗だからと言って体積とは関係ありませんし、「断面二次モーメント」は単位が長さの4乗だからと言って4次元空間を表しているわけでもありません。
なぜそんな単位になるのか、できるだけ数式を使わずに考えてみましょう。
数式がお好きな方は下記のページをご覧ください。
断面係数が梁せいの2乗に比例し、単位が長さの3乗になる理由
断面係数とは
「断面係数」とは部材の断面形状が「曲げ」に対してどのくらい「強い」のかを表す値です。梁の断面は正方形が強いのか、長方形が強いのか、はたまた三角形が強いのか、ということを比べることができます。
形状の強さである「断面係数」に材料の強さである「許容応力度」を掛けると、その部材が耐えられる「曲げモーメント」が求まります。
断面が長方形であれば「梁幅×梁せいの2乗÷6」で計算でき、単位は長さの3乗になります。
2乗・3乗の理由
では、なぜ「断面係数」が「梁せいの2乗に比例し、単位が長さの3乗になる」のかを考えていきましょう。
まず材料が同じであれば、断面積が大きいほどたくさん「力」を負担できるので「強く」なります。ということで断面積(梁幅×梁せい:長さの2乗)に比例するのはすぐにわかるかと思います。
では、なぜもう一度長さを掛ける必要があるか考えてみましょう。
「曲げ」とは「力のモーメント」、つまり「力」×「距離」で表される力です。
足を開いて立っている人の左肩を右に押してみましょう。この人が足を閉じていれば弱い力でも倒れてしまいますが、足を開いていれば右足が踏ん張ることで耐えることができます。足を大きく開けば開くほど倒れにくくなります。
「踏ん張る力」だけでなく「足を開いた幅」が重要なことがわかります。そして「踏ん張る力」は「断面積」に、「足を開いた幅」は「梁せい」に相当します。
そのため「断面積」×「梁せい」=「梁幅×梁せい」×「梁せい」、つまり梁せいの2乗に比例し、長さの3乗を単位に持つ値になるのです。
長方形断面の場合、「断面係数」は「断面二次モーメント」÷「梁せいの半分」ですが、この式だけを見ていては物理的な意味を理解するのは難しいです。式だけでなく、感覚的に理解できるといいでしょう。
断面二次モーメントが梁せいの3乗に比例し、単位が長さの4乗になる理由
断面二次モーメントとは
「断面二次モーメント」とは部材の断面形状が「曲げ」に対してどのくらい「硬い」のかを表す値です。形状の硬さである「断面二次モーメント」に材料の硬さである「ヤング係数」を掛けると、その部材の曲げにくさである「曲げ剛性」が求まります。
断面が長方形であれば「梁幅×梁せいの3乗÷12」で計算でき、単位は長さの4乗になります。
「断面二次モーメント」が「梁せいの3乗に比例し、単位が長さの4乗になる」のかを理解するには、先ほどの「断面係数」に加えて「平面保持の仮定」を理解する必要があります。
平面保持の仮定
長方形断面の梁を下側が凸になるように曲げると、断面の上半分は圧縮、下半分は引張の力を受けることになります。
梁を部分的に取り出すと、上半分は圧縮で短くなり、下半分は引張で長くなっているので、横から見ると縦の2辺が傾いた台形のようになっています。この縦の辺の傾きを「曲率」と言います。
また、ちょうど真ん中は圧縮されるわけでも引っ張られるわけでもなく、ひずみの生じない中立な部分になります。そのため「中立軸」と呼ばれます。
実は、この傾いた2辺は厳密には直線ではありません。しかし、それだと計算が非常に難しくなりますし、もうほとんど直線と考えてもいいくらい真っ直ぐなので、「直線である」ということにしてしまいます。これを「平面保持の仮定」といい、構造力学において重要な仮定となっています。
この仮定により、「中立軸から離れるほど直線的にひずみが大きくなる」ということが言えるようになります。
3乗・4乗の理由
「断面二次モーメント」とは「曲げ」に対する「硬さ」を表す値ですが、「硬い」とは小さな変形で大きな力を発揮できるということです。
「曲げ」に対する変形とは、「曲率」のことです。「平面保持の仮定」より、梁せいが大きいほど中立軸からの距離が離れるので、同じ「曲率」でも大きなひずみが生じることになります。
ひずみが大きくなればその断面に生じる力も大きくなります。逆に言うと、同じ力を生じさせるのに必要な「曲率」が小さくなるということです。
つまり、梁せいに比例して力を発揮しやすくなるということです。そして、この時発揮する力とは部材の強さ、すなわち「断面係数」に比例します。
ということは硬さを表す「断面二次モーメント」は「断面係数」×「梁せい」に比例することになります。「断面係数」は梁せいの2乗に比例し、長さの3乗を単位に持つ値なので、それに梁せいを掛けた「断面二次モーメント」は梁せいの3乗に比例し、長さの4乗を単位に持つ値となります。
H形鋼の断面係数と断面二次モーメント
「H形鋼」とは断面形状が「H」の鉄骨です。地面と水平になる2辺「二」をフランジ、垂直になる1辺「l」をウェブといいます。
実務では、打ち合わせ中に「この鉄骨の梁せいを100mm小さくできるか?」と聞かれることがよくあります。この時、いちいちH形鋼の断面係数や断面二次モーメントを計算し直していては、意匠設計者が待ちくたびれてしまいます。
「いや、電卓であっという間に計算できる」という人もいるでしょう。もちろん慣れてしまえばすぐにできるのですが、打ち込む数字の量としては少なくありません。その本の数秒、十数秒が円滑なコミュニケーションを阻害します。
梁せいを変更する前の断面係数や断面二次モーメントを知っていれば、あるいは変形や耐力にどの程度の余裕があるかを知っていれば、もっと簡単になります。正確な値を求めるのではなく、元の断面との「比率」を比較すればいいからです。
H形鋼の梁は「H」を横にして「エ」の状態で使用します。「中立軸」から遠くにある部分ほどひずみが大きくなり効率よく力を発揮するため、「H」より「エ」の方が高い性能を示すからです。
H形鋼の「曲げ」に対する性能は真ん中から遠いフランジ部分がほとんどを占めており、ウェブはおまけです。ということは、フランジだけを考えても精度に問題はありません。
H形鋼の梁せいが小さくなっても、影響の小さいウェブの断面積が変わるだけです。フランジには関係ありません。単純に「足を開いた幅」が小さくなるだけです。
そのため「断面係数」は元の梁せいと小さくした梁せいの比率だけ小さくなります。1000mmが900mmになれば元の90%になるわけです。ウェブの減少率はもっと大きいので、実際には90%弱になりますが、大した差ではありません。
同様に「断面二次モーメント」は元の梁せいと小さくした梁せいの比率の2乗で小さくなります。1000mmが900mmになれば元の81%になるわけです。ウェブを考慮して、実際にはもう少し小さくなることさえ知っていればいいです。
これなら電卓を使用するまでもないので、意匠設計者を待たせることもありません。何も打ち合わせの場で小数点以下までぴっちり計算する必要はありません。オーダーさえ間違えなければいいのです。