建築の力学では、他の分野ではあまり積極的に取り扱わない「非弾性」の範囲についても考える必要があります。
非弾性とは、ある材料を引っ張った後、力を抜いても元の状態まで戻らなくなる状態を指します。材料の特性が変わるため、非弾性を取り扱うにはそれまでとは別の考え方を導入する必要があります。
その中でも特に重要で、実務でもよく使用するのが「塑性断面係数」です。
非弾性の範囲に入る前であれば「断面係数」だけで事足りますが、非弾性の範囲ではこの塑性断面係数が不可欠です。
塑性断面係数について理解を深めることで、建物の非弾性時の応答を理解する足掛かりになるかもしれません。
塑性断面係数とは
断面係数とは
塑性断面係数の説明の前に、まずは断面係数の簡単なおさらいです。
断面係数とは部材の断面形状が「曲げ」に対してどのくらい「強い」のかを表す値です。梁の断面は正方形が強いのか、長方形が強いのか、はたまた三角形が強いのか、ということを比べることができます。
断面が長方形であれば「梁幅×梁せいの2乗÷6」で計算でき、単位は長さの3乗になります。
断面係数がよく分からなかった方は下記ページを参照ください。
断面係数・断面二次モーメントとは:梁せいの2乗・3乗に比例する理由
許容応力度を超えると何が起こる?
形状の強さである「断面係数」に材料の強さである「許容応力度」を掛けると、その部材が耐えられる曲げモーメントである「許容曲げモーメント」が求まります。
では、もし許容できないほどの大きな曲げモーメントが作用したらどうなるのでしょうか。
梁に曲げモーメントが作用するとき、梁の断面の外側ほど大きな力を負担します。許容曲げモーメントが作用しているときと言うのは、断面の一番外縁がちょうど許容応力度に達している状況です。
当然それよりも大きな曲げモーメントが作用すれば、許容応力度を超える応力度が生じます。
許容応力度を超えると、変形が大きくなっても応力度があまり大きくならない非弾性の範囲に突入することになります。
全塑性モーメント
許容曲げモーメントを超えて梁の外側部分が非弾性になっても、梁がすぐに折れてしまうようなことはありません。それまで作用していた力を保持しながらも変形することができるからです。
ただしその変形は梁への損傷となります。また、初期状態よりも梁は柔らかくなっています。
曲げモーメントが大きくなってさらに変形が進むと、梁の外側部分だけでなくその少し内側の部分も非弾性になっていきます。そして最終的には梁の断面全てが非弾性となり、それ以上曲げモーメントを支えることができなくなります。
このとき、梁が支えられる最大の曲げモーメントを「全塑性モーメント」といいます。そして全塑性モーメントを求めるために必要となる値が「塑性断面係数」です。
塑性断面係数の公式
では、塑性断面係数の値はどうすれば計算することができるのでしょうか。ここでは簡単のため、長方形断面で考えてみます。
弾性範囲での考え方(断面係数)
長方形断面の梁を下側が凸になるように曲げると、断面の上半分は圧縮、下半分は引張の力を受けることになります。
ちょうど真ん中は圧縮されるわけでも引っ張られるわけでもなく、ひずみの生じない中立な部分になります。そのため「中立軸」と呼ばれます。
中立軸から離れた位置ほど大きくひずんでおり、ひずみの分布は直線状になっています。梁がまだ弾性の範囲であれば、力の分布もひずみと同じ直線状になります。
真ん中でゼロ、端っこで最大になる三角形のような応力分布なので、平均的には最大値の半分の力が作用していることになります。
また、力の作用位置は三角形の重心位置なので、中立軸から梁の上半分あるいは下半分の距離に2/3を乗じた値になります。
じつは、この2つの値を掛け合わせると「断面係数」に比例する値が求まります。
非弾性での考え方(塑性断面係数)
次は非弾性の場合、しかも梁の断面全体が非弾性になっている場合を考えましょう。
弾性の時同様、中立軸から離れた位置ほど大きくひずんでおり、ひずみの分布は直線状になっています。しかし、力はすでに上限値に達しているため、どこの部分も同じ応力が生じています。
全体が最大値に達しているため、当然平均的にも最大値と同じ力が作用していることになります。
均一に応力が分布しているので、力の作用位置は梁の上半分あるいは下半分の距離の真ん中になります。
そして、この2つの値を掛け合わせると「塑性断面係数」に比例する値が求まります。
塑性断面係数の公式(長方形)
先ほど掛け合わせた2つの値の内、最初の断面係数に比例する値は「半分」×「2/3」なので「1/3」という数字が出ます。次の塑性断面係数に比例する値は「1」×「半分」なので「1/2」という数字が出ます。
ということは1/3:1/2ですから2:3の関係にあるわけです。つまり塑性断面係数は断面係数の1.5倍の値、「梁幅×梁せいの2乗÷4」になるのです。
これは力学的には厳密な説明ではありませんし、もっと適切な公式の導出方法はあります。ただ、本質としては全く同じです。
許容曲げモーメントに達した時点と全塑性モーメントに達した時点とを比べると、梁の断面に生じる力は2倍になりますが、中立軸位置から力の作用位置までの距離は3/4倍になっているので、結局は2×3/4=1.5倍となるのです。
H形鋼の塑性断面係数
長方形の場合の断面係数と塑性断面係数の関係を簡単に説明しました。ではH形鋼ではどうでしょうか。
「H形鋼」とは断面形状が「H」の鉄骨です。実際には「エ」の状態ですることが多いです。
地面と水平になる2辺「二」をフランジ、垂直になる1辺「l」をウェブといいます。
実は、H形鋼の場合は断面係数と塑性断面係数にほとんど差がありません。それはなぜでしょうか。
それは、先ほどの長方形の場合と同様に考えればすぐにわかります。
H形鋼の一番外側はフランジと呼ばれる「二」の部分です。断面係数を求める際、この部分のひずみが非弾性にならないギリギリの状態を想定します。
そして塑性断面係数を求める際に想定するのは、ウェブと呼ばれる「l」の部分も非弾性になる状態です。
断面係数を求める際の状態の時点で、最も中立軸から遠くて効果のあるフランジ部分はもう限界まで力を負担しています。そこからウェブの負担できる分が多少増加したところで、割り増し分は大したことありません。
わざわざ正確に求めておくほどの意味はありません。1割程度断面係数から増えるものとあたりをつけて計算しておけばいいのです。