バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

構造計算とは?真面目に計算した建物ほど弱くなる不思議

世界各地で地震が起きると、その規模に比べて被害が大きいことに驚きます。

 

地方では技術者が関与していない建物がたくさんありますが、その大半が瓦礫の山に変わります。しっかりと建物を造っていれば助かった命がたくさんあったでしょう。

 

その点、日本では大地震の度に被害は出るものの、諸外国のそれとはケタが違います。耐震工学の進歩と、建築基準法の整備が奏功していると言えます。

 

そして、建物の安全性が基準を満たしているかどうかの確認に欠かせないのが「構造計算」です。構造計算をしないことにはわからないことがたくさんあります。

 

しかし、構造計算をすれば建物が強くなるとは限りません。むしろ、真面目に計算すればするほど建物が弱くなることすらあります。

 

消費者として知っておくべき、構造計算の本質について説明していきます。

 

 

構造計算の基本

何をするのか

構造計算とは、重力や地震力といった外力に対し、建物が安全であることを計算により確かめる行為です。

 

具体的には、「各部にどのような力が生じ、どのような変形が生じるか」を計算し、その値が「目標値に納まっているかどうか」を確認することです。

 

計算の結果、過大な力や変形が生じていれば部材を変更し、再度計算を行います。全ての部材がOKとなるまで、この作業を繰り返します。

 

構造計算の前に

構造計算を行うには、計算を行う対象となる建物の骨組が無くてはなりません。意匠設計者が建物の図面を描いたところで、骨組ができるわけではありません。

 

建物ごとに最適な骨組の計画を立てるのは構造設計者です。構造設計者が、建物の骨となる柱、梁、耐力壁の大きさや位置を決めてやらなくてはいけません。そうした元となる建物があって、初めて計算に取り掛かれます。

 

どんな材料を使用するか、どんな構造形式にするか、どの部材にどれだけ力を負担させるか、どれだけの余裕度を持たせるか、そうしたことを勘案しながら設計していきます。

 

そして、設計された建物が本当に意図したとおりになっているか、それを構造計算により確認するのです。

 

構造計算の方法

「構造力学」という建物に生じる力や変形を求めるための理論に基づいて計算を行います。

構造力学は一級建築士に必要か:試験勉強中の君へ

 

以前は計算尺や電卓を用いて、人間の手で計算していました。そのため、複雑な建物や巨大な建物の場合、全てを正確に計算することはできません。

 

「無理です」と言うわけにもいかないので、簡単なモデルに置き換えるなどの工夫が行われていました。適切な置き換えであれば、計算精度を落とすことなく計算時間を劇的に減らすことができます。

 

最近は構造計算ソフトに建物モデルを入力するだけです。どんな複雑な構造であろうと、基本的に全て計算できてしまいます。また、計算だけでなく「構造計算書」の作成までしてくれます。

 

モデルの入力自体はさして難しい作業ではないので、単に計算するだけであれば誰でもできる時代になったと言えます。

 

構造計算の種類

計算手法による分類

実は、建物の安全性を検証するための方法は1つではありません。計算手法に応じて分類すると以下のようになります。

 

1.許容応力度計算 (静的線形

2.保有水平耐力計算(静的非線形

3.限界耐力計算  (疑似動的非線形

4.時刻歴応答解析 (動的非線形

 

「静的・動的」、「線形・非線形」については次で説明します。

 

数字が大きくなるほど計算の難易度は上がります。建物の規模によって必要となる計算手法は違い、一般的な建物であれば1か2で十分です。

 

静的・動的

まず、「静的」とは「ゆっくりと一定の力が作用する」ということです。

静的・動的とは?実験・解析・設計における使い分け

 

 

例えば、「重力」は常に建物に作用していて変化しないので「静的」な力です。そのため、重力によって建物が揺れ続けることはありません。変形はしますが、建物は止まっています。

 

それに対し、「動的」とは「作用する力の大きさや向きが変化する」ということです。

 

地震や風はガタガタ、ビュウビュウと押したり引いたりする「動的」な力です。そのため、建物には建物の硬さや重さに応じた振動が生じます。

 

線形・非線形

「線形」とは、直線状、つまり「真っ直ぐ」ということです。「非線形」とは、線形ではない、つまり「真っ直ぐではない」ということです。

 

何が「真っ直ぐ」、あるいは「真っ直ぐではない」かと言うと、「力と変形の関係」のことを指しています。

 

なんだかよくわからないと思います。具体例を挙げましょう。

 

ある建物を10tの力で押すと4mm変形します。では、この建物を20tの力で押すと何mm変形するでしょうか。

 

「そんなの2倍の8mmだろ」と思うかもしれませんが、必ずしもそうではありません。建物を強く押すと、損傷が生じることで柔らかくなっていきます。そのため10mm、20mmと変形する可能性もあります。

 

「線形」とは柔らかくなることを考慮せず、最初の状態から硬さが変わらないと仮定することです。つまり20tに対して8mm変形すると考えます。力と変形の関係がいつまでも変わらず、真っ直ぐのままです。

 

「非線形」とは、建物の損傷に応じて硬さを変化させることです。つまり20tに対して8mm以上変形すると考えます。力と変形の関係が初期状態から変化し、真っ直ぐではなくなります。

 

許容応力度計算

「許容応力度計算」とは、「静的・線形」の計算手法です。ある地震に対して、建物に損傷が生じるかどうかを求めることができます。

 

まず、動的な地震の力を、ルールに従って静的な力に置き換えます。地面の揺れを、建物を横からゆっくり押す力にするのです。

 

本来、地震の特性と建物の特性に応じて地震の力は複雑に変化します。高度な計算無しには算定できるようなものではありません。

 

しかし、全ての建物に対して高度な計算を行うことはできません。そこで、過去の地震被害や研究の蓄積により、簡易に評価できるようなルールが作られています。

 

解析用の建物モデルは力の大きさによって変化しない「線形」のモデルです。新築時の状態を保つと仮定しています。

 

この「力」と「モデル」を用いて計算を行い、各部に生じる変形と力が許容値以下であることを確かめます。力の許容値を「許容応力度」と言います。

許容応力度がよくわかる:これだけは知っておきたい設計の基本

 

建物の損傷による硬さの変化を評価できないので、建物に損傷が生じない「中小地震」を対象とした計算と言えます。

耐震構造がよくわかる:許容応力度計算から保有水平耐力計算まで

 

保有水平耐力計算

「保有水平耐力計算」とは、「静的・非線形」の計算手法です。建物がどの程度の地震にまで耐えられるかを求めることができます。

 

コンクリートに生じるひび割れ等の影響を考慮して、硬さを変化させながらゆっくりと水平(横方向)に力を加えていくような計算を行います。

 

当然ながら、どんどんと力を加えていけば、いつか建物はパタンと倒れてしまいます。この倒れてしまう時の力をその建物の「保有水平耐力」と言い、地震に対する強さの指標となります。

 

しかし、倒れるまでに耐えられる力だけでは、真に地震に強い建物かどうかはわかりません。力とは別に、もう一つ大切な指標があります。それは「建物が倒れるまでの変形量」です。

 

いくら硬くて強い建物でも、ガラスのように突然バリっと壊れてしまうのでは怖くて住めません。多少柔らかくても、ゴムのようにグーっと伸びることができれば地震に耐えることができます。

 

「保有水平耐力」と「変形量」の両方を考慮して、大地震にも耐えられるかどうかが決まります。ただし、耐えられるからと言って建物が健全であるとは限りません。また、実際に大地震時にどれくらい建物が変形するかもわかりません。

 

限界耐力計算

「限界耐力計算」とは、「疑似動的・非線形」の計算手法です。保有水平耐力同様、建物がどの程度の地震にまで耐えられるかを求めることができます。

 

ここで言う「疑似動的」とは、「動的」な考え方を取り入れつつも、「静的」な計算だけで答えを求めることができるという意味です。よくわかりませんね。

 

実はこの計算法については、一級建築士でも理解している人はほとんどいません。専門知識がない方(仮にあったとしても)にはかなりとっつきづらいので、ポイントだけ押さえておきましょう。

 

いろいろと重要な点はあるのですが、あえて選ぶなら以下の2点です。

 

・建物を単純なモデルに置き換えている

地盤や建物の揺れ方の特性を考慮できる

 

プログラムによる大掛かりな演算をするのではなく、振動の理論を利用して計算しています。そのため、モデルは非常に簡略化されたものを用います。建物を1つのオモリとバネに置き換えてしまうという大胆なものです。

 

それでも、実際の揺れ方を考慮した計算ができるのは意義があります。「倒れるかどうか」だけでなく、「どれくらい変形するか」もわかります。

 

時刻歴応答解析

「時刻歴応答解析」とは、「動的・非線形」の計算手法です。建物が地震時にどのように揺れるかを求めることができます。

 

時刻歴応答解析とは、非常に単純化して言うと「地面がこう揺れると建物はこう揺れる、次に地面がこう揺れると建物はこう揺れる、その次に地面が・・・」という計算を延々と繰り返していくという解析方法です。

 

上記3つの計算方法とは違い、法律で決められた通りにやればできるというものではありません。建物の持つ特性に応じて、いろいろな数値を自分で設定する必要があります。

 

設計者の裁量で決められる範囲が広い分、難易度が高いと言えます。また、適切でない設定をすれば、大きく安全性を損なう可能性もあります。

 

高さが60mを超えるような超高層ビルや、免震建物の安全性の検証に用いられています。

時刻歴応答解析がよくわかる:免震建物・超高層ビル検証の必須技術

 

壁量計算

実は、戸建住宅のような規模の小さい木造建物では構造計算をしない場合が大半です。「壁量計算」という簡易な方法で安全性を確認しています。

木造住宅に構造計算は必要か?計算よりも大事なこと

 

「壁量計算」を構造計算と勘違いされている方も多くいます。しかし、構造計算というのは、前述の1~4のどれかに該当する計算だけです。

 

壁量計算をしたからといって、各部材に生じる力や変形は一切わかりません。わかるのは「多分大地震でも大丈夫」ということだけです。

 

ただ、壁量計算がダメで構造計算がいい、というわけではありません。構造計算をしたからと言って強い建物になるとは限りません。

 

あくまでも構造計算は「確認作業」です。確認していなくても強い建物は強いのです。

 

真の安全性は構造計算をしてもわからない

長々と構造計算について説明してきました。建物の安全性は構造計算により確かめられており、強い建物を造る上で重要であることは間違いありません。

 

ただ、それで全てがわかるかと言うと、そうではありません。むしろわからないことの方が多いかもしれません。

 

高度な計算をすることが安全性の向上につながるかは疑問です。

 

耐震偽装事件から考える

2005年、姉歯元一級建築士による構造計算書偽装が明るみになりました。

耐震偽装事件:姉歯建築士の構造設計を再考する

 

偽装が行われたある建物を別の建築士が「保有水平耐力計算」で検証してみると、「震度5強で倒れる可能性がある」といった衝撃的な結果になりました。

 

しかし、もっと衝撃的だったのは「限界耐力計算」で検証すると「耐震基準を満足している」という結果だったことです。

 

各構造計算手法は相互で整合が取れていません。採用する計算手法によっては、「耐震偽装」と言われかねないレベルまで建物を弱く設計することが合法的にできてしまうのです。

 

他の計算手法が安全率を取り過ぎているという考え方もできるでしょう。ただ、自分の建てたビルだけ「合法ですが周囲のビルに比べて耐震性が低いです」と言われると嫌でしょう。

 

計算の曖昧さから考える

構造計算においては、非常に多くの仮定があります。

 

「内装材」や「外装材」は構造体の一部ではないですが、何かしら耐震性に影響を与えています。「コンクリートの床」はそれを支える梁を強くしますが、それがどの程度かを正確に求めることは難しいです。

 

わからないものの最たるものは「地盤」です。構造が複雑であることもそうですが、建物一棟一棟で全く違うというのも難解さを増します。

 

では、これらの「わからないもの」を一生懸命モデル化して計算に取り込んだとしましょう。それで「仮定」がなくなるのでしょうか。

 

結局のところ、新しい「仮定」を生み出すだけです。そしてその「仮定」がどの程度確からしいか、正確に知る由はありません。

 

高度な計算により地震の力が小さくなることが分かり、部材を細くすることができるかもしれません。ただ、その地震の力も仮定の積み上げの上に求められているに過ぎないのです。

 

構造を専門とする建築士は、「わからない」ということを「わかっている」ことが重要です。高度な計算が全てを解決してくれると思ったら大間違いです。