バッコ博士の構造塾

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ボイドスラブ(中空スラブ)がよくわかる:その性能と設計と施工

建物の床板(スラブ)は、梁と呼ばれる水平な部材の上に乗っかっています。

 

梁が支えてくれるおかげで、床自身はあまり厚みがなくても床が抜けたり、たわみが大きくなったりすることはありません。しかし、梁と梁の間隔が広くなり過ぎると床板を厚くせざるを得ません。

 

床板が厚くなるとその分だけ建物重量が重くなります。そうなると地震に対して不利ですし、材料費も高くなってしまいます。

 

そのため、床を支えるための梁と梁の間は3~4m程度になっているものが大半です。その範囲が最も力学的、経済的に理に適っているからです。

 

ただ、合理性だけで建築はできません。「梁の無い魅力的な空間」という意匠的要求もあるわけです。

 

そうした難問が構造設計を進化させます。不合理な要求に対するできるだけ合理的な解答、それが「ボイドスラブ」です。

 

 

ボイドスラブの構成

傍目からはただのコンクリートスラブと何の違いもありません。違うのはその内部です。コンクリートの中に発泡スチロールが埋め込まれています。

 

コンクリートスラブが一部発泡スチロールに置き換えているので、内部に空隙(ボイド)ができたような状態になります。

 

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発泡スチロールはコンクリートと比べればほとんど重さが無いようなものです。そのため、同じ厚さの中実のスラブに比べて重量が軽くなっています。

 

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発泡スチロールには「棒状」のものと「球状」のものとがあります。梁に囲まれた部分の形状が長方形に近ければ棒状、正方形に近ければ球状のものが使われることが多いです。

 

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棒状のものは薄い鋼管で覆われています。鋼管で補強しないと、持ち運びや施工の際に変形してしまって使い勝手が悪いからです。

 

施工方法

通常のコンクリートスラブと同じ様に、現場で全ての作業は行われます。

 

まずスラブの下側の鉄筋を配置し、その上に先ほどの発泡スチロールを設置します。発泡スチロールはスラブの中央に来るようしっかりと針金で固定されます。

 

コンクリートは硬化するまではドロドロした液体の様なものなので、浮力で発泡スチロールが浮き上がってしまうのを防ぐためです。

 

棒状のものは長方形のスラブの短辺方向に平行、等間隔に並べられます。球状のものは縦横に碁盤の目のようにきれいに並べられます。

 

そして、その上に上側の鉄筋を配置して準備完了です。あとはコンクリートを丁寧に打ち込むだけです。

 

発泡スチロールの下側に気泡が溜まってしまう場合があるようなので注意が必要です。

 

スラブ厚

内部に発泡スチロールを設置するので、ボイドスラブにはある程度の厚さが必要になります。

 

また、発泡スチロールのある部分の上下両側はコンクリートが薄くなるわけですが、その部分にも鉄筋は入れなくてはなりません。鉄筋の配置を考えると、薄い部分であってもある程度の厚さが必要です。

鉄筋のかぶり厚さとは?厚ければ厚いほどいいとは限らない

 

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通常のコンクリートスラブは150mm程度のものが多いですが、ボイドスラブでは250350mm程度のものが多いです。

 

ただ、発泡スチロールが入っている分だけ軽く、中実になっている場合の80%程度の重量になります。

 

力学特性

スラブの真ん中部分が発泡スチロールに置き換わっているわけですが、力学特性にはどのような影響があるでしょうか。

 

硬さ(剛性)

梁や床のような水平な部材には「曲げ変形」「せん断変形」という2つの変形が生じます。そして部材が薄い、あるいは細い場合には「曲げ変形」が大きく、「せん断変形」は概ね無視できます。

柱・梁に生じる力と変形を理解する:曲げモーメント・せん断応力・軸応力

 

曲げ変形に対する硬さは「断面二次モーメント」という値で表されます。この断面二次モーメントは床の厚さの3に比例し、断面の中央部分の寄与は大きくありません。

断面係数・断面二次モーメントとは:梁せいの2乗・3乗に比例する理由

 

ボイドスラブは厚みがあり、空隙も中央部分だけなので、重さの割に断面二次モーメントは大きくなります。梁の少ない空間を構成するのに適した形状と言えます。

 

強さ(強度)

スラブに生じる力には「曲げモーメント」「せん断応力」があります。

 

曲げに対する強さは「スラブの厚さ」と「鉄筋の量」に比例します。ボイドスラブは厚く、鉄筋の配置スペースもあるので、曲げに対しては問題になることは少ないです。

 

せん断に対する強さはスラブの断面積に比例します。空隙がある分だけ弱くなってしまいます。

 

特に棒状の発泡スチロールを用いると、発泡スチロールと直交する方向の断面積が小さくなりがちです。部分的に発泡スチロールを抜き、断面積を確保するような対応が必要になる場合があります。

 

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力の伝達

スラブのような面状の部材は、縦横2方向に力を伝えます。ボイドスラブも例外ではありません。

 

ただ、棒状の発泡スチロールを用いた場合、発泡スチロールの平行方向と直交方向で多少硬さが違います。平行方向の方が少し大きめの力を伝達します。

 

そのため、スラブの形状が正方形に近く、短辺と長辺がはっきりしない場合には2方向に偏りなく力を伝達できる球状の発泡スチロールを用います。

 

逆に短辺と長辺の長さが明らかに違うような場合は、短辺方向に主として力を伝達させるために棒状の発泡スチロールを用います。

 

ボイドスラブの特性を知って適切な設計を行えば、通常のコンクリートスラブでは実現できない魅力的な空間を造り出せるでしょう。