バッコ博士の構造塾

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境界梁とはなにか:その効果・役割と設計時の注意点

地震の力に耐える部材というと、柱や壁のような上の階と下の階とをつなぐ「縦」の部材を連想しがちです。しかし、実際には縦の部材同士をつなぐ「横」の部材である梁(はり)も大きな役割を果たします。

梁がよくわかる

 

電柱や煙突などの細長い構造物は柱一本でできていますが、それは重量の大きい床を支える必要がないからです。よほど壁の多い建物でもない限りは、梁なしで建物は成立しないのです。

 

梁と一口に言っても、使用される部位や役割によっていろいろな種類があります。その中でも特に耐震性に大きな影響を及ぼす梁が「境界梁」です。

 

ここではこの境界梁について詳しくみていくことにします。

 

 

境界梁とは

地震の力を負担することができる梁を「大梁」といいます。その中でも、耐震壁につながっている梁のことを「境界梁」といいます。

梁の種類

 

耐震壁とは地震の力に耐えられるよう、適切に設計された壁のことをいいます。鉄筋コンクリート造の建物では、耐震壁と柱とを組み合わせることで合理的に耐震性を確保することができます。

 

大抵の大梁は柱と柱をつないでいますが、境界梁は柱と耐震壁とをつなぎます(耐震壁と耐震壁とをつなぐ場合もあります)。耐震壁と柱とでは変形のしかたが異なり、その境目に設置されることから境界梁と呼ばれているものと思われます。

 

境界梁の役割・効果

耐震壁の特性

境界梁について理解するには、まず耐震壁の特性について理解する必要があります。

 

普通の柱は超高層ビルでも幅は1m程度ですが、耐震壁は柱と柱の間を埋めるように設置されるので、幅が6~10m程度になることが大半です。幅が広ければ広いほど硬い部材になるので、耐震壁は柱よりもかなり硬い部材だと言えます。

硬さが幅の3乗に比例する理由

 

そして、力というのは硬い場所に集中します。耐震壁とは、柱に比べて非常に大きな力を負担する部材なわけです。

 

また、耐震壁は各階で同じ位置になることが多いです。建物のプランは上から下まで同じようにすることが多いですから、必然的に壁を配置できる場所が限られてくるからです。

 

そのため耐震壁は何層も連なって配置されることになります。このような耐震壁を「連層耐震壁」といいます。

連層耐震壁

 

仮に幅が10m近くあったとしても、何層も連なれば高さは数十mにもなります。連層耐震壁は縦長のプロポーションになることが多いです。

 

耐震壁を押さえる

足をそろえた状態で右肩を左に強く押されると、右足が浮き上がろうとします。踏ん張るためには、足を広げる必要があります。

 

前述のように耐震壁は縦長になりがちですので、足をそろえた状態、つまりあまり踏ん張りが利かない状態と言えます。しかし建築計画上、壁の幅を広げて踏ん張れるようにすることは不可能な場合がほとんどです。

 

足を広げられない場合にどうすればいいでしょうか。右手を伸ばして手すりを握れば耐えられそうです。あるいは誰かが肩に手を当てて押さえてくれれば安定します。

 

境界梁とはまさにこの「伸ばした腕」や「肩を押さえる手」に相当します。地震時に壁の端っこが引き抜けてしまうのを押さえて安定させる効果があります。

 

耐震壁を固める

耐震壁は柱にくらべて硬い部材だと書きました。しかし、力を加えられたときにまったく変形しないものはありません。耐震壁も当然変形します。

 

耐震壁の変形には二種類あります。壁がズレる変形(せん断変形)と、壁が曲がる変形(曲げ変形)です。

 

「ズレる変形」とは、もともと長方形の壁が横から押されることでズレ、平行四辺形のようになることを指します。この変形は境界梁の有無とは関係ありません。

 

「曲がる変形」とは、壁の一端が押し込まれて短くなり、もう一端が引っ張られて長くなることで台形のようになることを指します。肩を押されると、足が伸びたり突っ張ったりするのと同じです。

 

境界梁には前述のように「肩を押さえる効果」がありますから、この足の伸び縮みを減らすことができます。その結果、壁の曲がる変形が小さくなります。

 

変形が小さくなるということは硬くなるということです。そして硬くなれば、より大きな力を負担できるようになります。これが「横」の部材でも地震に抵抗するということの意味です。

 

境界梁の設計

耐震壁の効果を高めるのに有効な境界梁ですが、その分だけ普通の梁よりも負担は大きくなります。そのため境界梁の設計には細心の注意が必要です。

X型配筋・繊維補強コンクリート

柱や梁などの部材はできるだけ急激に壊れないように設計することが多いです。粘り強く緩やかに壊れていく部材は「靭性(じんせい)がある」といいます。

靭性とは

 

基本的に細長い部材ほど靭性があるのですが、建築計画上、境界梁は短くなりやすいです。特に耐震壁と耐震壁とを結ぶ境界梁は太く短いものが多いです。

 

太くて短い部材の靭性を高める方法はいくつかありますが、代表的なものを二つ挙げます。

 

まず一つ目は「X型配筋」です。通常の鉄筋は梁に平行して配置されているのですが、X型配筋では材の上の方に入っている鉄筋を途中から折り曲げて下の方に、下の方に入っている鉄筋を上の方に入れ替えます。上下の鉄筋が交差してXのように見えることからこう呼ばれています。

主筋とせん断補強筋

 

鉄筋の納まりを考えるのはなかなか大変ではあります。しかし、たったこれだけのことで非常に強く、かつ粘り強い材になります。

 

二つ目が「繊維補強コンクリート」です。コンクリートに短い繊維を混入させ、ひび割れの進展を防ぐ効果があります。

繊維補強コンクリートとは

 

境界梁に使用するコンクリートを繊維補強コンクリートに置き換えることで大きなひび割れが入りにくくなります。ただし、繊維が多くなると流れにくくなるため、うまく型枠に打ち込むのが難しくなります。

 

なお、X型配筋と繊維補強筋コンクリートは組み合わせて使用することが可能で、単体で使用するよりも高い効果が期待できます。

 

境界梁の応力分布

一般に、地震の力は下の階ほど大きくなります。5階の柱や梁よりも4階の方が、4階の柱や梁よりも3階の方が負担する力は大きくなります。

 

しかし、境界梁では上の階ほど負担が大きくなる場合が往々にしてあります。それは「壁を押さえる」という境界梁の役割に起因します。

 

耐震壁は地震の力により端が伸びたり縮んだりします。各階の壁の伸び縮みは小さいですが、上の階ではそれらが積み重なって大きな値となります。

 

そのため、伸び縮みが大きくなる位置につながっている境界梁、つまり上の階にある境界梁ほど負担が大きくなるのです。

 

慣れていないと、解析ソフトの出力を見て「あれ、上の階の方が負担が大きくなっていて変だな、なにか間違えたかな」となってしまいます。

 

境界梁×制振

境界梁には大きな力がかかるわけですが、そこさえちゃんとケアしてやれば建物の耐震性をコントロールできるということでもあります。そのため、境界梁を利用してエネルギーを吸収する「制振構造」がいくつも提案・適用されています。

制振がよくわかる

 

通常はコンクリートの耐震壁にコンクリートの境界梁がついているわけですが、このコンクリートの梁をエネルギー吸収性能が高い鋼材の梁に変え、「ダンパー」として作用させます。

制振ダンパーの種類と特徴

 

特殊な装置や材料を使ったダンパーは高価ですが、鋼材のダンパーは比較的安価です。安価な材を効果的な位置に設けることでローコストながら高性能な建物を実現できます。