バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

ヘーベルハウスの耐震性について構造設計者がまじめに考察してみた

「家を新築したい」と思ったときにまず何をするでしょうか。検索をかければいろいろとわかる世の中ではありますが、「実物を見てみたい」と住宅展示場を訪れる方も多いのではないかと思います。

住宅展示場探訪記

 

住宅展示場では邸宅と呼ぶに相応しい立派な家が建ち並び、営業からはいかに素晴らしい建物であるかを繰り返し説明されます。帰宅するころには膨大な量のカタログを手に、新居への夢が膨らんでいることでしょう。

 

しかし、いざ考え直してみると結局どれが一番いいのかさっぱりわからないという状況になります。カタログにはなんだかわからないけれどすごそうな数値や用語が並んでいるだけで、一般の方には比較のしようがありません。

 

そうした方の判断の一助となるよう、構造の専門家として解説してみようと思います。まずは旭化成ホームズの「ヘーベルハウス」を取り上げることにします。

 

 

旭化成ホームズの「ヘーベルハウス」とは

軽量なコンクリートの板を外壁や床に用いた「鉄骨造」の建物、それが「へーベルハウス」です。

 

柱や梁が鉄骨で、床と壁が軽量コンクリート、基礎は鉄筋コンクリートという構成になっています。

柱・梁:鉄骨

床・壁:軽量コンクリート

基礎 :鉄筋コンクリート

 

この軽量なコンクリート、商品名は「へーベル」ですが、一般的には「ALCパネル」と呼ばれます。内部に細かい気泡が入っているので軽く、比重は普通のコンクリートの1/4程度しかありません(ALC:0.6、コンクリート:2.3、水:1.0)。

 

鉄骨造は使用する鉄骨の肉厚に応じて2種類に分けられ、肉厚が薄いものを「軽量鉄骨造」、厚いものを「重量鉄骨造」といいます。

 

ヘーベルハウスでは3階建て以上は重量鉄骨造2階建て以下は軽量・重量どちらも選択可です。しかし、実際のところコストを考慮して軽量鉄骨造になることが多いようです。

 

軽量鉄骨と重量鉄骨

軽・重による耐震性の違い

2階建てまでなら軽量鉄骨造でも建てることができる。3階建て以上は軽量鉄骨造で建てることができない。これは重量鉄骨造の方が軽量鉄骨造よりも耐震性が高いということを意味しているのでしょうか。

 

上述のように、軽量か重量かというのは肉厚の違いです。肉厚が大きければ断面積が大きくなるので、当然負担できる力も大きくなります。

 

しかし、それが即そのまま耐震性の違いになるかというと違います。

 

例えば、高層マンションでは低層マンションよりも柱が太くなります。また、柱に使用するコンクリートの強度も低層のものより大きいです。だからといって高層なほど耐震性が高いわけではないでしょう。

 

各部材が負担する力の大きさに合わせて材の選定をしているだけで、軽量か重量かという議論に意味はありません

 

もちろん「開放感を高めるために柱の数を減らしたい」だとか、「柱の数を増やさずに耐震性を上げたい」となれば話は別です。コストの増加が性能の上昇に見合っていると判断するのであれば重量鉄骨造を採用すればいいでしょう。

 

ブレース構造・ラーメン構造

「軽量鉄骨にするか、重量鉄骨にするか」という問いは、むしろ「ブレース構造にするか、ラーメン構造にするか」という問いに置き換えた方がいいかもしれません。

 

軽量鉄骨の場合、部材自体が小さく、接合部も簡便なつくりとなっています。そのため、地震の力を斜めの材(ブレース)に負担してもらう必要があります。

 

こうした構造を「ブレース構造」と言いますが、斜めの部材があるため開口部の位置や間取りに制限が出る場合があります。

ブレース構造がわかる

 

逆に重量鉄骨の場合は部材も大きく、接合部もがっしりとしたつくりにすることが可能です。そのため斜めの部材は不要で、柱と梁だけで地震の力に耐えることができます。

 

こうした構造を「ラーメン構造」と言います。斜めの部材が無いのでプランニングの自由度が高まります。

ラーメン構造がわかる

 

どちらの構造でも適切な設計を行えば耐震性に問題はありません。

 

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制振装置(ダンパー)

ヘーベルハウスでは制振が標準装備の様です。軽量鉄骨造では「ハイパワードクロス」、重量鉄骨造では「サイレス」というように、2種類の制振装置を使い分けているようです。

 

ハイパワードクロス

軽量鉄骨造に用いられるハイパワードクロスは、柱と柱の間に「X」型の装置を2段積みにした制振装置です。ヘーベルハウスでは一般的なブレース(斜めの材)は一切使用せず、地震の力を全てこの装置に負担させています。

 

2段積みにすることで1段にしたものよりもブレースの角度が緩やかになります。ブレースの角度には最適値があり、2段にすることで効率よく作用します。

 

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地震時に建物が水平方向(横方向)に変形すると、「X」の交差部分を上下にずらそうとする力が生じます。この「X」の交差部分に「低降伏点鋼(ていこうふくてんこう)」※と呼ばれる特殊な金属を用いることでエネルギーを吸収します。

 

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金属の変形を利用したダンパーを「鋼材ダンパー」と呼びます。

鋼材ダンパーとは

 

鋼材ダンパーは安価でメンテナンスフリーというメリットがあります。だから全てのブレースをハイパワードクロスに置き換えることができるのでしょう。

 

制振装置以外に地震の力を負担する材が一切ないので、建物に損傷が残りにくい構造といえるでしょう。

 

ただし、鋼材ダンパーにもデメリットはあります。微小な揺れにはエネルギー吸収効果が無いこと、繰り返し変形に対する耐性もダンパーの中では低いことです。

 

そのため、中小地震に対しては耐震の建物と揺れ方は変わらないでしょう。また、繰り返し大きな地震が起きた場合はダンパーのチェックが必要になるかもしれません。

 

とはいえ、中小地震の揺れをそこまで気にする必要があるとは思えません。ダンパーのチェックに関しても、余程大きな地震が繰り返し来ない限りは必要ないと思います。

 

※:カタログでは「極低降伏点鋼(ごくていこうふくてんこう)」という記載です。学生時代に鉄骨造の大先生に「極」は付けないと指摘されて以来、バッコは「極」を付けません。

 

サイレス

重量鉄骨造に用いられるサイレスは、上下階を大きな鋼板に取り付けられた機械的な装置を介して繋ぐ制振装置です。

 

この機械的な装置を「オイルダンパー」と呼びます。

オイルダンパーとは

 

鋼材ダンパーとは違い、微小な揺れから効果を発揮します。そのかわり高価で、オイル漏れの点検が必要な場合もあります。

 

ヘーベルハウスの重量鉄骨造は壁やブレースを用いない柔らかい構造なので、オイルダンパーとの相性はよいです。建物の4面にバランスよく設置するとなおよいでしょう。

 

ただし、制振装置だけで耐震性能が確保されるものではありません。元のフレーム自体があっての制振装置です。

 

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実大実験について

大手のハウスメーカーでは大半が実大の振動台実験を行っています。どれだけ理屈を積み上げるよりも、実際に建物を揺らしてみせるのが最も説得力があるのでしょう。

 

しかし、各社全く違う条件で実験を行っているため、耐震性の比較を行うことはできません。あくまでも一例を示しているにすぎないからです。

ハウスメーカーの実大振動実験

 

ヘーベルハウスでも実大実験を行っていますが、震度7を○回、最大加速度○○galという情報だけでは何とも判断のしようがありません。ただ、他のハウスメーカーではやっていない面白い点があります。

 

それは「コンクリート基礎も含めた試験体を造っている」ということです。

 

一般的な実験ではコンクリートの基礎は造らず、本来基礎がある部分に鉄骨を敷いて実験装置(振動台)とくっつけています。基礎は非常に硬く、基礎があってもなくても建物の揺れ方に影響がないからです。

 

しかし、硬いからと言って壊れないわけではありません。建物自身の強さよりも基礎の強さが劣っている場合もあります。

 

その点ヘーベルハウスの実験では「上部の建物だけでなく、基礎も含めて壊れていない」ことが確認されています。あるケースでの結果に過ぎませんが、その姿勢は大いに評価されるべきです。

 

「ALC構造」とは

カタログを見ると、ヘーベルハウスは「ハイパワード制震ALC構造」という独自構造を採用しているようです。当然ながらこれは商品名であり、正式な分類ではありません。

 

ハイパワーかどうかは主観ですが、制震(制振)を取り入れ、ALCパネルを使用している、嘘偽りのない名前です。ただ、「ALC構造」の部分が誤解を与えてしまう恐れがあります。

 

ヘーベルハウスは「鉄骨造」ですが、ネット上には「ALC造」という間違った用語が散見されます。

 

確かに床の重量はALCパネルによって支えられています。また、建物を一体化するためには床の強さ・硬さも重要です。

床の役割

 

しかし地震に対しては鉄骨でできた柱と梁により抵抗するのであって、外壁や床のALCパネルが耐震性に寄与しているわけではありません

 

外壁は基本的に梁からぶら下がっているだけです。建物の変形に追従して回転できるようになっているので、基本的に地震の影響を受けません。

 

このような外壁の取り付け方を「ロッキング工法」と呼びます。通常のビルでも取り入れられている一般的な工法です。