バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

アクティブ制振装置の誤作動による安全性への影響

2022年9月18日、仙台市のホテルにて「建物が大きく揺れたため宿泊客が避難する」という事態が起こりました。制振装置の誤作動が原因ではないかとされています。

 

本来は建物の揺れを小さくするための装置がなぜ逆に建物を揺らしてしまったのでしょうか。装置の誤作動によって建物の安全性は低下してしまうのでしょうか。

 

報道されている情報は限られていますが、構造設計者が考察してみます。

 

 

AMD(アクティブ・マス・ダンパー)

地震時や強風時に建物に生じる振動のエネルギーを吸収し、揺れを小さく抑える装置を「制振装置」と言います。制振装置にもいろいろな種類がありますが、このホテルに導入されている制振装置は「AMD(アクティブ・マス・ダンパー)」だと考えられます。

アクティブ制振・セミアクティブ制振・パッシブ制振

 

AMDは巨大なオモリとアクチュエータを組み合わせたような装置で、屋上部や塔屋など建物の上部に取り付けることが多いです。外部から入力された大きなエネルギー(=電力)により振動を制御するシステムです。

 

装置の制御を非常に単純化すると、①建物の揺れをセンサーで計測②アクチュエータが建物の揺れと反対側にオモリを押し出す、ということの繰り返しです。実際にはもっと複雑ですが、現象を理解するにはこれで十分です。

 

オモリを押すと、その反作用として建物を押す力が生じます。この力によって建物の揺れを相殺するのです。

 

オモリはアクチュエータが建物を押すための足場のような役割を果たします。オモリが重いほど安定した足場となるため、揺れを抑える効果も高まります。

 

ホテルにAMDを導入する理由

AMDを導入している建物は多数ありますが、その大半が鉄骨造の超高層建物です。そして、用途はホテルがかなり多いです。

 

まず、鉄骨造の建物は鉄筋コンクリート造の建物に比べて面積当たりの重量が非常に小さいです。場合によっては半分程度しか重量がありません。

建物の重さ

 

建物が軽いと、地震の際に建物に生じる力は小さくなります。しかし、軽いということは風にあおられやすいということでもあります。

 

また、風というのは高いところほど強く吹きます。つまり、鉄骨造の超高層建物は一番風の影響を受けやすい建物といえます。

 

強風で超高層建物が倒れるということは考えづらいですが、かなり大きな変形をすることは多々あります。そのとき建物内部ではゆ~らゆ~らと船に乗っているような揺れを感じます。

 

オフィスであれば慌ただしく動き回っている人も多いでしょうが、ホテルの場合はソファでくつろいだり、ベッドで横になったりします。そのため揺れに対して敏感になっており、少しの揺れでも不快に感じてしまいます。そんなホテルには誰も泊まりたくありません。

 

そこで風による揺れをできるだけ小さくするために、超高層のホテルでは制振装置を導入することが多くなります。そして、風による揺れをもっとも効果的に小さくできる制振装置がAMDというわけです。

 

ホテルが揺れた原因

上記の理由により、超高層ホテル、特に高級なホテルにはAMDが導入されていることが多いです。しかし今回はそれが裏目に出ました。

 

風による揺れをアクチュエータが建物を押すことによって相殺しているわけですが、風による揺れが無い時にアクチュエータが動いてしまうとまずいことになります。相殺するものがないので、アクチュエータが押した分だけ建物が揺れてしまうことになるのです。

 

本来は建物の揺れ具合に応じて適切な力で押し返すよう制御されているわけですが、揺れ具合をしっかりと把握できていることが前提です。揺れの計測に不具合があれば、建物が揺れてもいないのに押したり、おかしなタイミングで押したりすることになってしまいます。

 

ということで、おそらく今回は計測装置がおかしくなってアクチュエータが困った動きをしてしまったというのが真相ではないでしょうか。

 

AMDの限界と安全性

強風による揺れ、地震による揺れ、そのどちらもAMDにより小さくすることが可能です。しかし、AMDを大地震時の揺れを小さくするために使用することはありません

力の限界

当然ながら、建物というのは非常に重たいものです。ちょっとやそっとの力で押しても動いたりしません。揺れを制御しようと思うと、ものすごく大きな力が必要になります。

 

しかし、AMDのオモリが小さいと、建物を強い力で押そうにも足場が悪くて押せません。数年に一度の台風による揺れを制御する場合と、数百年に一度の大地震による揺れを制御する場合とでは、必要になるオモリの大きさがまったく違ってきます

 

風揺れ制御用のAMDのオモリの重量は建物重量のゼロコンマ数%程度しかありませんが、それでも数十トンくらいになります。2m角の鉄の立方体でも60トン強しかないことを思うと、かなりの大きさです。

 

地震による揺れを制御させようと思うと、装置がとてつもなく大きくなります。もちろん造ろうと思えば造れるのでしょうが、サイズもコストも超特大です。

 

制御の限界

今回の制振装置の誤作動でもわかるように、人間のつくるものに完璧なものなどありません。AMDがうまく動かなかった時のことを考えて設計する必要があります。

 

「風で建物が揺れて気持ち悪い」という快適性の問題であればAMDで対応可能です。しかし、「大地震時に建物が壊れないか」という安全性の問題に対してはAMDの効果を見込まないということです。

 

むしろ、装置の揺れが大きくなり過ぎないよう大地震時にはAMDをロックしてしまいます。もちろん小さな地震や、地震後の後揺れを抑える効果はあります。

 

AMDの誤作動と安全性

AMDには「力の限界」と「制御の限界」という2つの限界があります。

 

「力の限界」があるため、仮に誤作動をしたとしても建物を壊すような力を発揮することはできません。建物がギシギシと音を立てて揺れていればかなり怖かったかと思いますが、安全性には一切問題はないはずです。

 

めったにあることではないでしょうが、このような事態に遭遇しても慌てず落ち着いて避難していただければと思います。

 

また、「制御の限界」があるため、大地震時の建物の安全性とAMDの作動は切り離されています。地震時に動かなかったり、逆に悪さをしたりといったことはありません。

 

ということで、これからも安心して超高層ホテルに宿泊していただければと思います。