バッコ博士の構造塾

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KYBの免震・制振装置のデータ改竄:構造設計者が思うこと

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2018年10月、KYBとその子会社のカヤバマシナリーが「免震用オイルダンパー」および「制振用オイルダンパー」の検査データを改竄していることが明らかになりました。

 

横浜での杭打ちデータ不正、東洋ゴム工業の免震装置データ不正と建築業界で不祥事が続いていますが、なかなか止まりません。

東洋ゴム工業の免震ゴムデータ不正:構造設計者が考える最善の対応

 

全国で1000件近い建物に使用されているようで、再び建築の品質に関する信頼が大きく揺らいでいます。もはや誰からも信用されなくなる日も近い気すらします。

 

恐らく今回も、東洋ゴム工業の場合同様、問題のある装置の全数を取り換えることになるでしょう。これまた大変な作業です。

 

しかし、同じ免震装置であっても東洋ゴム工業と比べるとその作業は「技術的」には圧倒的に簡単です。どちらも取り換えを前提とした設計がされている点では同じですが、「免震ゴム」と「免震ダンパー」ではその役目が全く違うからです。

 

KYBからの発表にあるように、現状のダンパーを使用していても安全性に大きな問題は無いでしょう。「取り換えが済むまで安心できない」と不安になる必要はありません。

 

構造設計者の観点から東洋ゴム工業との違いを説明します。

 

 

免震ゴムとオイルダンパーの違い

免震建物かどうかは「免震層」があるか無いかで決まります。

免震構造がよくわかる:固有周期・振動モード・エネルギー吸収

 

免震層とは建物と地面との縁を切るための層で、「免震ゴム」や「オイルダンパー」はそこに設置されています。

 

免震ゴムは建物の重さを支えるとともに、建物がゆっくりと揺れるよう水平方向(横方向)に柔らかくなっています。そのため、ゴムには常に大きな力が作用しています。

免震建物を支える免震ゴム:強くて柔らかいを実現する秘密

 

一方オイルダンパーは、常時には何も力を発揮していません。地震により建物に生じた揺れのエネルギーを吸収し、揺れ幅や揺れの時間を小さくするのがその役割です。これは「制振」であっても同じです。

 

免震ゴムを取り換える場合、ゴムが負担している何百、何千トンという力を保持しながらの作業になります。新しく入れたゴムに、元からあるゴムと同じ力を負担させるのは非常に大変です。

 

しかし、オイルダンパーの場合は特に必要な作業はありません。免震建物、あるいは制振建物のオイルダンパーを全て取り外しても何も起こりません。

 

もちろん地震が起これば別ですが、何も全てのオイルダンパーを一度に取り外す必要はありません。一台ずつ取り換えれば、作業中の安全性も確保できます。

 

免震ゴムの取り換えに比べれば段違いに簡単なのです。ただ注意しておきたいのは、あくまでも「技術的には簡単だ」ということです。

 

内壁を取り除いたり、エレベータを一時的に停止したりと、居住者に影響が出る工事が発生する可能性が非常に大きいです。専有部にダンパーが入っている例は少ないでしょうが、時間がかかる作業となりそうです。 

 

オイルダンパーのばらつき

オイルダンパーは工業製品であり、一品ごとに性能に「ばらつき」があります。当然ばらつきには許容値があり、それを外れたものは不良品として出荷されることはありません。

(出荷してしまったから問題になっているのですが・・・。)

 

建物の設計では「全てのダンパーが+側にばらついた場合」と「全てのダンパーが-側にばらついた場合」という両極端を想定しています。

 

今回のKYBのオイルダンパーであれば、カタログ記載の値に比べ±15%程度の幅を持って設計することになります。実際にそれだけばらつくことはまずありえないので、想定する振れ幅としてはかなり大きめの評価になっていると言えます。

 

そのため、一部のオイルダンパーが規定値を外れていたとしても、全体としては想定の範囲内に収まっている可能性は高いと思います。過度に不安がる必要はないでしょう。

 

制振構造の設計

免震構造は免震層の設計の良し悪しが非常に重要になります。免震層の有無で、地震の揺れを1/3以下にすることが可能です。そのため、オイルダンパーの性能差が建物の性能差として表れやすい構造です。

 

それに対し、制振構造ではそれほど揺れを小さくすることはできません。制振装置の有無で、せいぜい30%程度揺れを小さくするのが限界です。

 

実際に30%も揺れを低減しているような制振構造は稀です。10~20%程度のものが多いように思います。

耐震・制振・免震:メリット・デメリット以前に知っておくべき性能の違い

 

であれば、多少オイルダンパーの性能が劣っていても、全体に与える影響は小さいと言えます。もちろん、だからと言って不正をしていい理由には全くなりません。

 

なぜ不正が起こるか

物理的に見えにくい

最近不正があった杭、免震装置、オイルダンパーというのは、なかなか建物使用者の目に触れることはありません。

 

杭は地面に埋まっていますし、免震装置はわざわざ免震層に行かなければ見えません。オイルダンパーも壁の中に隠れてしまっている場合が大半です。

 

人目に触れないということが心理的に不正をやりやすくしているのかもしれません。

 

構造性能は見えにくい

基本的に免震装置やオイルダンパーは、大地震が起こるまでは性能差を感じることができません。また、別の建物同士で比較できるわけでもないので、多少性能が劣っていてもわからないのが実情です。

 

これが空調機器のように日常的に使用するものであれば、性能差に気づきやすくなるでしょう。性能の比較もやりやすいですし、検査もできます。

 

これが構造用の部材となると、そうはいきません。本当に性能を満足しているかを確認しようと思えば、大変な作業になってしまいます。

 

一度設置してしまえば誰にもわからなくなる点も不正をやりやすくしている可能性があります。

 

大量生産品ではない

免震装置やオイルダンパーは工業製品と言っても、大量生産するようなものではありません。また、製造の全てが自動化されているわけではなく、手作業の部分も多くあります。

 

「全体の何%は不良品である」とあらかじめ見込むのはなかなか大変です。作り直しは大変ですし、納期も厳しいものがあるでしょう。

 

オイルダンパーの市場の拡大に伴い、新規参入が増えてきているという実状もあります。利益確保がむずかしくなっているのでしょうか。

 

不正は許されるものではありませんが、何でもかんでも「安く・早く」が求められ過ぎな気もします。「適正な期日で適正な料金を払う」という当たり前のことが通りにくくなっているのも一因かもしれません。