建物を地震に強くするためのアプローチには「耐震・制振・免震」の3つがあります。どんなに新しく見える技術であっても、このうちのどれかに該当します。
この中で最も効果が高いのは「免震」です。揺れてから対処する「耐震」や「制振」と違い、そもそも揺れないようにする技術だからです。
しかし、どんな建物でも「免震」にできるわけではありません。また、仮にできたとしてもコストは上がります。
一方、「制振」は比較的導入が簡単です。大手ハウスメーカーではかなり一般化してきました。
では「免震」のような効果がありながら、「制振」のように導入できる方法はないのでしょうか。実はあります。それが「ソフトストーリー制振」です。
「ソフト」と「ストーリー」
構造設計者であれば「ソフトストーリー」あるいは「ソフトストーリー制振」と聞けば「ああ、あれね」とすぐにわかりますが、一般の方にはなじみがない言葉だと思います。
まずは「ソフト」ですが、大方の予想通り「柔らかい」という意味です。英語の”soft”です。
「ストーリー」は英語の“story”です。普通は「お話」とか「物語」という意味で使われますが、「層」という意味も持っています。“a twenty-story building”であれば「20の層があるビル=20階建てのビル」です。
つまりソフトストーリー制振とは「柔らかい層を持つ制振構造」という意味です。
免震のような制振
モノが揺れるとき、硬いものはガタガタと速く、柔らかいものはユラユラとゆっくり動きます。
速く動くということは揺れの向きを素早く変えるということなので、加速度が大きいということです。そして加速度に重さを掛けたものが地震の力になるので、加速度が大きいということは建物に作用する力も大きいということです。
免震では建物と地面との間に「免震層」という柔らかい層を挟み込むことで建物をゆっくり揺れるようにします。そうすることで建物に伝わる地震の力を小さくすることができます。
しかし、「柔らかい」ということは「たくさん変形する」ということでもあります。建物が動くスペースを周囲に確保しなくてはなりません。また、たくさん変形できるような装置も必要ですし、変形を制御するためにエネルギーを吸収する装置(ダンパー)も必要です。
免震層という余分な層をつくる、建物の周りにスペースを確保する、免震のための装置を用意する。当然ながらコストは上がってしまいます。
そこで「免震層を設けなくても建物自身が柔らかければいいのではないか」という考えが出てきます。考え方としては間違っていません。
しかし、建物全体を柔らかくしてしまうとフラフラな建物になりますし、エネルギーを吸収する装置を建物全体に配置しなくてはならないので効率が悪くなります。
そこで、建物の特定の層だけを柔らかくし、そこにエネルギーを吸収する装置を集約して配置するという制振システムが考え出されました。これがソフトストーリー制振です。
免震層は不要、建物周囲のスペースの確保も不要、エネルギーを吸収する装置も柔らかくした層にのみ配置ということで安くできます。まさに免震の考え方を取り入れた制振構造ということができます。
ソフトファーストストーリー
これまで「ソフトストーリー」と書いてきましたが、「ソフト“ファースト”ストーリー」と呼ばれることも多いです。
「ファースト」は英語の”first”なので「ファーストストーリー」は1階のこと、つまり「ソフトファーストストーリー」は「1階が柔らかい制振構造」という意味になります。
なぜ柔らかい層を1階にする必要があるのでしょうか。
それは、柔らかくした階よりも上にある階にしか柔らかくした効果が及ばないからです。柔らかくした階よりも下の階の揺れは普通の建物とあまり変わりません。
であれば当然1階を柔らかくするのが理にかなっています。2階や3階を柔らかくする意味があまりないためソフトストーリー≒ソフトファーストストーリーになります。
しかし、中には例外もあります。地下一階を柔らかくしているものや、1階と2階の両方を柔らかくしているものもあります。
重要なのは「ファースト」なことではなく「ソフト」なことですし、わざわざ長い呼び名にする必要もないので「ソフトストーリー」で通すことにします。
ソフトストーリーのデメリット
「ソフトストーリーなら免震と制振のいいトコ取りだ」となればいいのですが、実際にはそううまくいきません。やはり難しい部分もあります。
まず、免震ほど地震の力を小さくすることはできません。「柔らかさ」が不足するからです。
免震であれば大地震時に30~40cm以上変形させることもありますが、ソフトストーリーではせいぜい数cmです。基本的に建物は階高の1/100以上変形してはいけないので、階高が6mあったとしても6cmが限界になります。
また、柔らかい層をつくるというのはそんなに簡単なことではありません。建物の下のほうが地震時に作用する力は大きくなりますが、柔らかくするためには細い材を使用するしかありません。
細い材で大きな力に耐えるには強度の大きい材を使用する、薄い材を組み合わせた「H」や「□」ではなく密実な「■」の断面の柱にするといった工夫が必要です。普通の硬さの層をつくるより柔らかい層をつくるほうがコストは上がります。
うまく設計すれば「免震ほど値段は高くないが、普通の制振よりも効果が高い」と言えますが、場合によっては「免震ほど効果は高くないが、普通の制振より値段が高い」ということにもなります。
ネガティブな意味でのソフトストーリー
1971年のサンフェルナンド地震でソフトストーリーを採用していたアメリカのオリーブビュー病院が倒壊しました。
「柔らかくして地震の力を低減しよう」というところまではよかったのですが、エネルギーを吸収する装置がなく、柱の変形能力も十分ではなかったようです。下手な設計をすると「柔らかい」というのは弱点になってしまうのです。
その影響というわけではないでしょうが、日本では「ソフトストーリー=高度な制振構造」というイメージですが、アメリカなどでは「ソフトストーリー=地震に弱いダメな建物」という扱いです。
アメリカでは1階にピロティや大きな空間を設けてしまったことで「1階が意図せず弱くなってしまった建物」のことをソフトストーリーと呼んでいるので、日本のソフトストーリーとは意味するものが違います。
もしアメリカで家を探す機会があるのであれば、勘違いしないようにしましょう。
超高層建物とソフトストーリー
ソフトストーリーを採用している建物は大体40~50m程度の高さのものが多いです。60mをわずかに超えるものもあるようですが、数は多くありません。
日本で一番有名なソフトストーリーの建物は「新国立競技場」だと思いますが、高さは50m弱です。なぜ超高層建物に採用されないのでしょうか。
普通のオフィスビルなどであれば、わざわざ柔らかくしようと意識しなくても大地震時に各階が数cm変形します。「硬い」とか「柔らかい」というのは相対的なものなので、1階を柔らかくするには2階より上を硬くしなければならないことが多いです。
40階建てのビルの1階だけを柔らかくする場合、1階の変形がその上の39階分の変形に比べて十分に大きくなくては「ソフト」とは言えません。上部の変形を頑張って5mmに抑えても全体では20cmの変形となり、明らかに1階よりも柔らかくなってしまいます。
ですので、高さ60mを超えるようなソフトストーリーの建物は1~3階を柔らかくするなどの工夫をしていることが多いです。
しかし、柔らかい階を多くするといろいろと問題が生じます。特定の層にだけ変形が集中してしまったり、エネルギーを吸収する装置を複数の階に設置するためコストが上昇したりといったことです。
これらの問題をうまく解決しているのが大成建設のTASS Flex-FRAMEというタワーマンション用の技術です。まだ実例はないようですが、もし実現すれば日本一あるいは世界一高いソフトストーリー制振の建物になるでしょう。