地震対策技術のひとつである「免震」ですが、すでにかなり確立された技術となっています。最先端の技術であった時期はとうに過ぎ、誰でも設計できるとは言いませんが、もはや汎用的な技術になったと言ってもいいでしょう。
もちろん未解明な部分は残されていますし、解決すべき技術的な課題もあります。しかし、いまや普通の建物であれば、あまり複雑な検証を行わなくても免震を適用することができます。
かなり一般化してきた免震ではありますが、ここに至るまでには長い歴史があります。免震の開発当初と現在とでは大きく変わってきている部分もあります。
そこには技術者や研究者の多大なる試行錯誤や検証の積み重ねがあるわけですが、ここではその成果だけをかいつまんで見てみることにしましょう。一般の人にとっても興味深い内容かもしれません。
免震の歴史
まずは免震の歴史をざっと大まかに見てみましょう。
最初の免震
免震のアイデア自体は19世紀末から国内外でいくつも出されています。いかんせん昔のことなので明確な記録はありませんが、1900年前後には免震建物が建てられていたようです。
どのアイデアも「建物の下に地震の力を伝えない柔らかい層を設ける」という点は共通です。建物の下に表面が滑らかな石を敷き詰めたり、柱の下に鋼製の球を仕込んだりと、いろいろなものがあります。
ただ、アイデアだけで実現に至っていないものも多いです。
個人的に好きなのは河合浩蔵の「地震の際大振動を受けざる構造」です。丸太を縦横に重ねて並べ、その上に建物を載せるというものです。地震が起こっても丸太がコロコロと転がることで揺れを建物まで伝えません。
なお、建物の束を石の上に載せただけの「石場建て」も、意図したものかはわかりませんが、結果としては免震のような効果を発揮する可能性があります。
「五重塔も免震じゃないのか」と思われる方もいるかもしれません。しかし、現代の構造技術者が「免震」と聞いて思い浮かべる「建物の下に地震の揺れを伝えにくい層を設けた建物」には該当しません。
積層ゴムの登場
地震の後、建物が丸太や石の上を滑ってしまい、元の位置からズレたままというのは好ましいことではありません。やはり地震の後には元の位置に戻ってほしいものです。
柔らかく、かつ元に戻る性質を持つ素材として「ゴム」があります。ゴムであれば免震に必要な性質を満たせるでしょうか。
残念ながら、ただのゴムでは解決策になっていません。免震を実現するためにはもう一つ重要な性質があるからです。
それは「建物の重さを支えられる強さ」です。ただのゴムでは重さを支え切れず、つぶれてしまいます。
そこで登場するのが「積層ゴム」です。薄いゴムと鉄板を何層もサンドイッチ状にしたもので、水平方向(横方向)の柔らかさはゴムそのままに、鉛直方向(縦方向)の硬さと強さを大幅に向上させられます。
積層ゴムが初めて適用されたのはロンドンの橋梁で、1956年らしいです。その後、各国でも実用化され出しました。
積層ゴムの登場により、免震が広く普及する下地ができたと言っていいでしょう。
日本の免震
日本でも橋梁用としては1970年代から積層ゴムが使用され出したようですが、建物に適用されるにはもう少し時間がかかります。日本初の免震建築は1983年の「八千代台住宅」です。
しかし、その後ほとんど免震建物が建てられることはありませんでした。当時の感覚からすると「建物が柔らかいゴムの上に載っているなんて不安で仕方がない」といったところでしょうか。
それが一変したのが1995年の兵庫県南部地震です。一般の建物に甚大な被害が出る中、免震建物はその効果を発揮しました。以降、免震建物の件数は飛躍的に増加します。
2000年ごろには高さ100mを超える免震建物が建設され、今では200mに迫るものもあります。
1980年代の免震の常識
日本の免震建築の歴史が始まったころ、まだまだわからないことがたくさんありました。地震の観測記録もそれほどなく、解析も気軽にできるわけではありません。まさに手探り状態と言っていいでしょう。
そんな当時の常識と今の常識を照らし合わせることで見えてくるものがあります。
建物高さについて
先に書いた通り、今では高さ100mを超える免震建物も珍しくありません。
しかし、当時は10階建て以上の建物に免震を適用しても意味がないと考えていました。
建物が高いと免震にしなくてもゆっくりと揺れるので、すでに地震の力が伝わりにくくなっていると考えられていたからです。むしろ免震にすることで逆効果になるとまで考えていました。
実際のところ、10階建て程度では「ゆっくり」の度合いが十分ではありません。もっともっとゆっくり揺れた方が良いのです。
また、免震の効果は「ゆっくり揺れる」ということだけではありません。「建物に変わって変形してくれる部分がある」ということも重要です。その分だけ建物の変形を減らすことができます。
地盤について
免震の一番の強みは、地震の際の地面の揺れ方(素早い、ガタガタ)と、建物の揺れ方(ゆっくり、グラグラ)の違いにより、揺れが伝わりにくくなることだと考えられていました。少し専門的に言うと、地面と建物の揺れ方が一致して大きく揺れる「共振」を避けられることです。
そのため、地面がゆっくり揺れがちな軟弱な地盤において、免震は避けるべきものでした。
確かに硬い地盤の方が免震の設計がしやすく、建物の揺れも小さくなります。
しかし、だからといって免震にするのが悪いわけではありません。設計時に留意すべきことは増えますが、むしろ建物被害が大きくなりがちな軟弱な地盤こそ免震にしたほうがいいとも言えます。
地下について
建物の一番下に地震の力を伝えない柔らかい層(免震層)を設ける場合、地階があると大変です。免震層が変形できるよう、地階の周りの地面も掘り返さないといけないからです。
コストや使用性を考えると、できるだけ地下を設けない建物にするのが望ましいとされていました。
しかし、何も免震層を建物の一番下に設ける必要はありません。
免震層を地下深くにつくるのは大変なので、地下一階と地上一階との間に設けることはごく普通に行われています。その場合、その下に地下何階までつくってもその周囲を掘り返す必要はありません。
また、地上から見えない位置に免震層を設ける必要もありません。5階や10階位置に設けてもいいのです。高さ100mを超えるような位置に免震層がある建物もあります。
1980年代の免震の性能
地震の力をどの程度小さくできるかは、建物をいかにゆっくりと揺れるようにできるかにかかっています。建物の揺れが一往復するのにかかる時間を「固有周期」といいますが、この値をいかに大きくするか、ということでもあります。
当時の免震建物の周期は1.5秒程度だったようです。今は大体4秒程度なので、かなりの違いです。
これは、80年代当時に使用していたゴムは現在のゴムの約7倍(≒4秒÷1.5秒の二乗)も硬かったということです。柔らかさをキープしたまま重たいものを載せられるように積層ゴムが進歩してきた証拠です。
この結果、建物に伝わる地震の力の減り具合も大きく変わります。当時はせいぜい免震にしない場合の1/2程度といったところですが、現在では1/3~1/5程度にすることができます。
参考文献
大崎順彦監修、清水建設免震開発グループ編:わかりやすい免震建築、理工図書、1987.5