バッコ博士の構造塾

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鉛ダンパーとは:免震効果と注意点について

地震時に建物に生じる振動のエネルギーを吸収する装置を「ダンパー」と言います。

 

ダンパーは、使用する材料の違いや、エネルギーを吸収する機構の違いなどによって分類することができます。それぞれに特徴があるため、設計する建物に応じて使い分ける必要があります。

制振ダンパー免震ダンパーオイルダンパー

 

ここでは、ダンパーの中では古い歴史のある「鉛ダンパー」について取り上げてみましょう。

 

 

鉛ダンパーの基本

「鉛ダンパー」というくらいですから、当然「鉛」からできています。太い鉛の棒を「Ω」に曲げたような形状をしています。

 

ダンパーには「制振建物」に使用するものと「免震建物」に使用するものとがありますが、鉛ダンパーは基本的に免震建物用です。

制振・制震免震

 

免震建物には、地面と建物との間に「免震層」と呼ばれる柔らかくて変形しやすい部分があり、ここにダンパーを設置します。「Ω」を90°回転させ、一端を地面、もう一端を建物につなぐことで、地震時に免震層が変形するのに合わせてエネルギーを吸収します。

 

鉛を使うメリット

ただの鋼材や、特殊な合金を使ったものなど、金属でできているダンパーはほかにもあります。では、鉛を使う意味はなんでしょうか。

 

鉛は鉄と比べて非常に柔らかい金属です。温度によっても変化しますが、硬さは鉄の1/10~1/20程度しかありません。

 

そして、柔らかいということは変形性能があるということです。たくさん変形できるほどたくさんエネルギーを吸収できます。

 

また、設置スペースを小さくすることができます。細くて長いものほど変形しやすいですが、場所を取りますし、発揮できる力も小さくなります。鉛を使えば太く・短くできるので、省スペースでも大きな力を発揮できます。

 

耐久性

ダンパーは種類によって耐久性が大きく違います。一般に、鉛などの金属でできたダンパーはあまり耐久性が高いとは言えません。

 

大地震時に免震層は最大で40cm程度変形するように設計されることが多いですが、この程度の変形を数十回繰り返すとブチっと切れてしまいます。

 

ただ、地震の間ずっと最大の変形で揺れ続けることはなく、大きな変形はせいぜい数回程度です。あとは小さな揺れが続くことが多いです。

 

小さい変形に対する耐久性は指数的に高まりますので(例:40cmに20回耐えられれば、20cmには40回ではなく80回程度耐えられる)、中小地震数十回+大地震数回分の耐久性はあるものと思われます。建物の耐久性を考えれば十分な数字です。

 

しかし、近年発生が危惧されている南海トラフ地震などでは、大きな揺れが非常に長く続く可能性があります。実際、東北地方太平洋沖地震では首都圏では10分以上も揺れが続きました。

南海トラフ関東大震災を引き起こした相模トラフ

 

台風なども継続時間が長いので要注意です。揺れは大きくないので時間当たりの疲労の蓄積は小さいですが、地震と違い何時間も続くことがあります。

 

なお、変形を繰り返すうちに、鉛ダンパーに亀裂が入ることがあります。エネルギーを吸収した証拠ではありますが、あまりにも亀裂が大きい場合は取り換える必要がある場合もあります。

 

免震性能

どんな地震に対しても鉛ダンパーが効果を発揮するとは限りません。揺れの大きさに応じて変化します。

 

鉛などの金属は変形が大きくなると軟化していきます。この軟化した状態でさらに変形することでエネルギー吸収をします。

 

そのため、免震層が大きく変形する大地震時は、変形の増大に合わせて効率よくエネルギーを吸収することができます。しかし、小さな地震や強風程度では軟化が始まらず、ダンパーとしての効果を発揮しません。

 

エネルギー吸収をしなくても、免震層により地震の力を伝えにくくする効果はあります。ただ、免震の効果は頻繁におこる中小地震よりも、めったに起こらない大地震の方が感じやすいでしょう。

 

クリープ現象

建物の重さを支える鉄骨の柱が時間と共に短くなることはありません。力を掛けた瞬間に極わずかに縮みますが、あとはずっとそのままの長さを維持します。

 

しかし、もし柱が鉛でできていた場合はそうなりません。時間の経過とともに、少しずつ縮んでいくことになります。

 

「加えた力は変えていないのに、時間の経過とともに変形が進んでいく現象」を「クリープ現象」といいます。鉄などとは違い、鉛はクリープ現象を起こしてしまうので、柱などには使えません。

 

ダンパーは建物の重さを支えておらず、地震などの瞬間的な力に対して作用させます。そのため、クリープについて考える必要はありません。

 

しかし、比較的長い時間一定の力が作用することもあります。台風・強風です。

 

風は一定ではなく、常に吹く強さや向きが変わっているように見えますが、そうではありません。目まぐるしく変化する部分と概ね一定で安定した部分とを足し合わせたものと考えることができます。

 

この変化する部分に対しては鉛ダンパーが作用しますが、一定の部分に対してはクリープ現象により役に立ちません。設計時は注意が必要です。

 

鉛プラグ入り積層ゴムと環境問題

免震層にはエネルギーを吸収する装置とは別に、建物の重さを支える装置が入っています。日本では「積層ゴム」と呼ばれる特殊なゴムを使用することが多いです。

積層ゴム

 

通常はこの積層ゴムとダンパーとを組み合わせて免震層を構築しますが、建物によってはダンパーを設置するスペースが十分でないことがあります。そういうときは、積層ゴムに「円柱状の鉛の棒」を埋め込んでエネルギー吸収できるようにした装置を使用します。

 

この円柱状の鉛の棒を「鉛プラグ」、鉛プラグを埋め込んだ積層ゴムを「鉛プラグ入り積層ゴム」といいます。

 

鉛プラグは鉛ダンパーと違い「Ω」の形状をしていませんが、性能は似たようなものです。周囲をゴムに囲まれているため、ただの棒状でも問題ありません。

 

しかし、ゴムに囲まれているのはいいことだけではありません。ゴムのせいで分別がしづらくなります。鉛は環境に良くないため、分別せずに廃棄することはできません。

 

そこで、できるだけ鉛を使わないように代替の材料を試行錯誤していた時代もあります。鉛の代わりに錫(すず)を使ったり、特殊なゴムに金属粉を混ぜたりと、新たなプラグの開発がされました。

 

しかし、最近はあまりそうした話を聞かなくなりました。錫は鉛に比べ硬過ぎますし、金属粉入りのゴムは性能が複雑で設計が難しいといった問題のせいだと思われます。

 

やはり、古くからダンパーとして使われるには訳がある、ということでしょう。