バッコ博士の構造塾

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超長周期化した免震構造はどうなる?固有周期8秒の免震の是非

免震構造では「免震層」と呼ばれる柔らかい層の効果により地震の力を大幅に低減することができます。

 

□■□疑問■□■

「免震層」をもっと柔らかくしていくとどうなるのでしょうか。柔らかいほど地震の力を小さくできる気がします。

 

□■□回答■□■

免震層を柔らかくすればするほど建物はゆっくりと揺れるようになります。地震のガタガタとした素早い揺れが伝わりにくくなり、建物の内部の人が感じる揺れは小さくなるでしょう。しかし、柔らかくした分だけ変形も大きくなります。変形を抑えるためにダンパーを設置すると柔らかくした効果が薄れるので、柔らかくした分だけ周囲のスペースを大きく取らなくてはなりません。やはり今現在建てられている免震の範囲が合理的な設計と言えます。

 

 

免震層をどこまで柔らかくできるか

免震建物は、建物下部に設けた「免震層」の効果により、通常の建物と比べてゆっくりと揺れます。揺れが一往復するのにかかる時間(固有周期)は概ね4秒とされており、大地震時にはこの免震層が30cm以上も変形することになります。大きく免震層が変形することで地震の揺れをやり過ごし、建物に生じる地震の力を大幅に低減することができます。

免震構造がよくわかる:固有周期・振動モード・エネルギー吸収

免震構造の設計:押さえておきたい基本の数値と装置の特徴

 

では、この免震層をどこまで柔らかくすることができるでしょうか。免震層の硬さを決めるのは、建物の重さを支える積層ゴム(免震ゴム)と呼ばれる装置です。このゴムを柔らかいものに変えればいいという単純なものではありません。

免震建物を支える免震ゴム:強くて柔らかいを実現する秘密

 

ゴムを柔らかくすると支えられる重さが小さくなってしまいます。ゴムが硬いか柔らかいかは建物の重さに依存します。10トンの建物と1000トンの建物では同じゴムを設置しても、一方では硬く、もう一方では柔らかいということになります。できるだけ大きな重さを支えられて、できるだけ柔らかいゴムが必要になります。現在メーカーが製造しているゴムの範囲では固有周期5秒から6秒程度が限界です。

 

しかし、ある一定の力が作用するとツルツルと滑る「弾性滑り支承」や「直動転がり支承」といった装置を使用するといくらでも柔らかくすることができます。これらの装置は滑り始めるまでは硬いのですが、滑ってしまえば硬さはほぼゼロです。

 

一部の装置をゴムから滑る装置に置き換えることで固有周期はかなり伸ばすことができます。もちろんすべてを置き換えることはできませんが、元の2倍である固有周期8秒も達成できる範囲です。

 

免震層の変形と上部建物の加速度

固有周期が4秒を超えると、もうすでに地震の揺れは十分に伝わりにくくなっており、8秒にしたからと言ってそれほど大幅には変化しません。例えば、2秒から4秒に変えた効果の方が大きいです。

 

とはいえ、より伝わりにくくなっているので、効果が無いわけではありません。しかし、その効果を存分に発揮するには、免震層の変形が大きくなることを許容する必要があります。

 

一般的に「免震層の変形が大きいと上部建物の加速度は小さく、免震層の変形が小さいと上部建物の加速度は大きい」というトレードオフの関係があります。固有周期8秒という設定は、「免震層の変形を大きくし、上部建物の加速度を大幅に小さくする」ということを意味します。

 

揺れのエネルギーを吸収するダンパーを使用すれば固有周期を変えずに変形を小さくすることはできますが、結局は上部建物の加速度を大きくする結果に繋がります。なかなかうまくはいかないようになっています。

 

よほど建物周囲の敷地に余裕があり、変形が大きくなっても許容できるようなスペースを確保できなければ、固有周期を8秒としてもあまり意味がありません。変形性能が大きい装置を使用する必要があるなど、コスト増加の要因にもなります。

 

塑性化以降の変形増大

建築基準法で想定されているような大地震では、免震建物は非常に高い効果を発揮します。ただ、それよりも大きな地震が発生した場合に、通常の耐震建物よりも危険性が高くなる場合があります。

 

免震層の変形できるスペースが不足し、衝突してしまうというのが1つの可能性としてあります。そしてもう1つが、ゆっくり揺れるという免震建物の特性に起因して発生する現象です。

 

通常、免震建物は大地震に対しても部材が損傷するような設計はしていません。しかし、さらに地震動が大きくなると部材が損傷(塑性化)し、軟化が始まります。この軟化が大幅に進むと、ほとんど力を加えなくても変形がどんどん大きくなってしまう状態になります。

 

免震建物でなければガタガタと素早く揺れるので、軟化が進んで右方向に倒れそうになる前に再び左方向に揺れ出します。しかし、グラグラとゆっくり揺れる免震建物では方向転換が遅くなりがちで、変形が進んでしまうことがあります。あまり発生する可能性がある現象ではありませんが、想定しておくことは重要です。

 

固有周期が4秒であってもこうした現象が起こり得るということは、固有周期が8秒とその倍になると、より可能性が高まるということです。あまり気持ちのいいものではありません。

 

やはり免震は固有周期4秒、あるいはそれより少し長い程度がいいでしょう。本当に固有周期8秒がいいのであればもっと検討が進み、実際に建っているはずです。