免震構造の普及に伴い、今や大手設計事務所やゼネコンだけが手掛けるものではなくなりました。地方や中小の企業でも免震構造の設計を行うようになっています。
免震構造の設計で最も重要なのは「免震層」の設計です。免震層は建物の基礎や建物下部に設置され、地震の力を上部の建物に伝えにくくするための層です。
免震層には「免震装置」と呼ばれる巨大なゴムや鋼製のレールなど、様々なものが使われています。それぞれの装置の組み合わせにより、免震層より上にある建物の揺れ方は大きく変化します。
ただ、誰が設計するかによって、大幅に免震層の仕様が変わるわけではありません。地震時の性能やコストを考慮すると、自ずと適正な範囲が決まってくるからです。
免震層の基本的な性能と、免震装置の特徴について見ていきましょう。
免震層の設計の基本となる数値
世の中にはすでにたくさんの免震建物が建てられています。先人達が積み重ねてきた知見があるため、通常の建物同様、免震構造の設計においても「大体これくらい」というオーダーが存在します。
固有周期
一番よく言われるのが「固有周期4秒」という数値です。
固有周期とは揺れが一往復するのにかかる時間で、免震構造において最も重要視される値です。建物の揺れ方を端的に表す指標だからです。
免震建物以外の建物では一般的に建物高さ(m)に0.02~0.03を掛けた値が固有周期(秒)になります。高さ30mなら0.6~0.9秒、高さ100mなら2~3秒ということになります。
過去に観測された地震を調べてみると、固有周期1秒前後の建物に対して大きな被害を与えるような性質を持ったものが多くありました。しかし、固有周期4秒を超えるような範囲にはあまり影響を及ぼさないということがわかりました。
固有周期4秒を超え、5秒、6秒と言った設計も可能ではありますが、それほど劇的な変化がないことがわかっています。そのため4秒が1つの目安となっています。
ダンパー量
免震層は地震の揺れを遮断するだけでなく、建物に生じた揺れのエネルギーを吸収する場所でもあります。
エネルギーの吸収は「免震ダンパー」と呼ばれる装置を用いるのですが、このダンパーにも最適量があります。ダンパーが少な過ぎると免震層が変形し過ぎてしまいますし、ダンパーが多すぎるとブレーキが効き過ぎて免震の効果が薄れてしまうのです。
そのため「ダンパーの力の総和は建物重量の3%」と言われます。大型のダンパーであれば、1台で100tくらいの力を発揮することができます。
もし6000tくらいの重さの建物であれば、ダンパーの力は200t程度必要ということになります。建物の揺れには東西方向と南北方向があるので、先ほどのダンパーをそれぞれ2台ずつ、計4台設置すれば十分ということになります。
似たような目安として「減衰定数は20%」というのがあります。減衰定数とは「どのくらい揺れが収まりやすいか」という指標で、100%だと1往復で揺れが止まり、0%だと永遠に揺れ続ける、というものです。
通常の建物では減衰定数が1~5%程度しかないので、免震構造は非常に減衰が大きいと言えます。「重量の3%」分のダンパーを設置すると減衰定数も概ね目安の値に近くなりますので、どちらの指標を用いても結局は同じです。
実際には建物の特性や建設地の地盤の影響を受けますので都度調整は必要になりますが、知っておくと便利な指標です。
免震層の変形
免震構造では免震層が変形することで地震の揺れをやり過ごすため、免震層には大きな変形能力が必要とされます。
大きく変形させるほど地震力は低減しますが、建物周囲に大きなスペースが必要となったり、変形能力の高い装置を使ったりとコストが増加する傾向にあります。変形が小さくても高い効果を発揮する免震が理想ではありますが、理論的には実現できなさそうです。
「免震層の変形は30cm強」というのが性能とコストのバランスがいいとされています。もちろん20cm程度に抑えることも可能ですが、若干性能は落ちます。
どうしても変形させたくないし、性能も落としたくないとなると、もう空に飛ぶしかないかもしれません。そして、本当に宙に浮くことができる建物が実在していることに驚きます。
免震支承の種類
免震効果を発揮するには水平方向に柔らかくする必要があります。何千トン、何万トンという建物の重量を支えながら、水平方向に柔らかくする装置が「免震支承」です。
免震ゴム
免震ゴムの方が一般には馴染みがあると思いますが、構造設計者は「積層ゴム」と呼びます。積層ゴムと一口に言っても、いくつか種類があります。
最もオーソドックスなのが天然ゴム系積層ゴムです。変形が大きくなっても性能が変わらないため設計がしやすいです。
ゴム自体がエネルギー吸収性能を有するのが高減衰ゴム系積層ゴムです。そのため、ダンパーを併用する必要があまりありません。
装置の中央部に鉛プラグと呼ばれる鉛製の芯を入れてエネルギー吸収を行うのが鉛プラグ入り天然ゴム系積層ゴムです。芯以外の部分は天然ゴム系積層ゴムと同じで、変形の増大による性能の変化はありません。
ペンデュラム
球面上のお皿の中にビー玉を転がすと、一定の周期で行ったり来たりをくり返します。ビー玉の重さや大きさによらず、その周期はお皿の曲率によってのみ決まります。
この原理を利用した免震装置を滑り振り子型免震装置(FPS)と言います。巨大な球面上の受け皿とその中を滑る鋼製の台でできています。
滑り支承
建物の固有周期をできるだけ長くしたいとき、そんなときは復元力(元の位置に戻る力)を持たない「滑り支承」を使用します。
ゴムと滑り板を組み合わせた滑り支承が弾性滑り支承です。最初はゴムが変形するのですが、力が一定値を超えると滑り出します。この時の摩擦を利用してエネルギー吸収も行います。
直動転がり支承(CLB)と呼ばれる装置は十字に組んだ鋼製のレールです。非常に摩擦が小さく、建物をゆっくりと揺らすことができます。
免震ダンパーの種類
エネルギー吸収効果がある免震支承も多いですが、それだけでは足りない時に免震ダンパーを設置します。
免震層の変形に応じてエネルギー吸収を行う金属製のダンパーがあります。
「U字型」に曲げた鋼材を組み合わせた鋼材ダンパー、「く」の字のように曲げた太い鉛の塊のような鉛ダンパーなどがあります。どちらも変形により金属が軟化することでエネルギー吸収を行います。
免震層の変形ではなく、変形するときの速度に応じてエネルギー吸収を行うのがオイルダンパーです。金属製のダンパーとは違い、東西、あるいは南北の一方向にしか作用しないため、両方向に設置する必要があります。
免震装置のサイズ
積層ゴムは小さいものは直径が30cm、大きいものになると直径が100cmを軽く超えます。ゴムの厚さは直径の1/5とすることが多く、直径100cmならゴム厚は20cmです。
積層ゴムは、ゴム厚の4倍まで変形することが可能です。ただ、天然ゴム系積層ゴムの場合2.5倍から3.0倍くらい変形すると硬くなり始めます。
柔らかいことで免震効果を発揮しているので、硬くなるのはいいことではありません。そのため、大地震に対してゴムの変形をゴム厚の2.5倍までに制限する場合があります。
免震建物は建物の規模によらず同程度の固有周期(4秒)としているため、大地震時の変形は規模によらず同程度になります。一般的な免震層の変形30cm強に少し余裕を見て40cmとすると、16cmのゴム厚、つまり直径80cmの支承が必要になります。
固有周期を4秒にするには、建物の重さに応じてバネを変えなくてはなりません。直径80cmの支承は低層建物には大き過ぎる場合が多いのですが、それより小さいゴムを使用すると変形性能が不足してしまいます。
そのため低層の免震の設計は難しいと言われています。
こういうときは滑り支承を使用するなど、全ての支承を積層ゴムにするのではなく、いろいろな装置を組み合わせることで達成します。過度に小さい積層ゴムを使っている場合は必ず構造設計者に意図を確認してください。
風揺れ
建物が高層になると、基礎のサイズに比べて受風面積が大きくなり、風によって免震層が大きく変形する場合があります。そうならないためには、積層ゴムだけでなく鋼材ダンパー等の硬い装置を組み合わせることで対応します。
ただ、超高層になってくると、風によって鋼材ダンパーが軟化してしまうほどの力が生じます。鋼材ダンパーは多数回の繰り返しには弱いので、風で軟化させると不具合に繋がります。
その場合は特殊なオイルダンパーを用い、風速に応じて変形を制御するようなことも行います。
ちなみに、鉛ダンパーも硬い装置ではあるのですが、ゆっくりと押し続けるとズルズルと変形が進行してしまうという性質があります。そのため風の影響が大きい免震建物には向いていません。
まとめ
免震構造の設計における基本的な数値や免震装置について説明しました。
これらは、免震構造の設計における極々一部でしかありません。地盤の特性、縦揺れ、ゴムに生じる引張力、性能のばらつき、その他いろいろな要素があります。
一般化してきた技術とは言え、そう簡単なものではありません。実際に免震の設計をするには知らなければいけないことがたくさんあります。