バッコ博士の構造塾

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空気で浮かぶエアー断震は免震よりも優秀か?法律は置いておくとして

空を飛んでいれば地震も怖くない、構造設計者なら誰しも一度は考えたことがあるアイディアです。

 

□■□疑問■□■

宙に浮く建物「エアー断震」がテレビで取り上げられていました。耐震や制振はもとより、免震よりも優れた性能を発揮するのでしょうか。

 

□■□回答■□■

面白いアイディアであり、実際に導入されている建物があるというのが信じられないくらいです。性能検証が不十分なところもあるように感じられますが、浮いている間は地震の影響はほとんどないでしょう。通常の免震よりいい部分もあり、悪い部分もありそうです。憶測による真偽不明な情報も多いため、製造元や施工契約をしている工務店から出ている少ない情報を元に比較・検証してみます。

 

 

エアー断震とは

普段はただの耐震建物ですが、地震による揺れを感知するとコンプレッサーが作動し、建物の基礎とその下にあるコンクリート板の間に空気を送り込みます。これにより建物が浮上し、地面とは縁が切れるため地震の影響を受けなくなります。

 

エアタンク内にため込んでいた空気を使用して一気に浮上させるため、浮上に要する時間は0.5秒程度です。浮きさえすれば揺れは伝わってこないので、浮上する量は20mm前後で十分ということです。停電時でも作動できるようバッテリーを備えており、エアタンクも数回分の浮上に必要な空気をため込んでいます。

 

適用件数も数十棟、あるいはそれ以上あるらしく、東北地方太平洋沖地震でも効果を発揮したそうです。今のところ、不具合情報等は見当たりませんでした。

 

ただ、建築基準法上「基礎は建物に緊結」されていなくてはなりません。通常の免震装置ではゴムや鋼球の上に建物が載り「緊結」されていないため、特別に認定を受けています。エアー断震も例外ではないのですが、認定を取得していないため「違法建築」になる可能性はあります。

 

ここでは法適合の是非ではなく、単純に性能の是非についてのみ検証していきます。

 

浮上の詳細

センサーが地震を感知すると0.5秒で浮き上がると書きましたが、これは地面から離れるのに要する時間であり、所定の位置まで浮き上がるまでの時間ではありません。10秒程度かけて10mm程度浮くようです。ということは20mm浮かすにはその倍の20秒程度かかるのでしょうか。

 

空気層は密閉されているわけではなく、徐々に空気が漏れていきます。1分半以上は浮いているようですが、やがて空気が無くなり接地します。このとき、まだ地震の揺れが継続していれば再度浮上するとのことです。4回程度浮上できる圧縮空気をため込んでいます。

 

災害時の停電対策としては専用のバッテリーを用意しておくことで対応します。

 

建物の重さが均等ではなく偏りがある場合、水平に浮き上がらなくなります。そのため水平を維持するためのバランサーが基礎下に何ヶ所か必要です。また、浮き上がった後に着地位置がずれてしまった場合に備えて「スプリングによる位置戻し装置」というものがあるようです。

 

振動台による実大実験

つくばの防災科研で実大建物を用いた実験を行っているようです。検索すれば動画が出てきます。振動台の上に載っている水槽内の水はものすごい揺れ方をしていますが、建物自体はほとんど揺れていないことがわかります。

 

ただし、実際に観測された地震動ではなく、最も効果が表れやすい短周期の正弦波(ガタガタと速く動く周期的な揺れ)に対するものでした。実験では「揺れの大きさが1/30」になったということですが、販売促進用のHP等では「揺れが1/10から1/20」という若干控えめな数値に変わっています。

 

通常の免震では「揺れが1/3から1/5」という数値が記載されている場合が多いです。エアー断震では免震よりもさらに1/3程度まで揺れが小さくできるということです。

 

これはかなり驚異的な数値で、通常の免震で実現するには可動範囲をかなり広げてやる必要が出てきます。また、広げた可動範囲に対応できる装置の開発も必要になるでしょう。

 

やはり、「浮く」ということは地震の影響を最も小さくできる対策と言えるでしょう。地震の際に浮きさえすれば、性能としてはピカ一です。

 

導入するとしたら気になる点

長周期地震動

マグニチュードが大きい、つまり地震の規模が大きい場合、地震の継続時間は非常に長くなります。ズレが生じる地面の範囲が広大で、ズレ終わるまでに時間がかかるため、非常にゆっくりとした揺れ(長周期地震動)を引き起こすからです。

 

東北地方太平洋沖地震では震源から遠く離れた新宿の高層ビル群は10分以上揺れ続けました。人口の集中する平野部では堆積層(柔らかい地面の層)が厚く、揺れがなかなか収まりません。

 

浮上時間が2分程度であれば、地震の終了までに数回浮上と接地をくり返す必要があるかもしれません。タンクにため込んでおく空気の量が重要になります。また、激しく揺れている地面の上に接地すると何が起こるかわかりません。検証が必要でしょう。

 

縦揺れに対する性能

基本的に縦揺れ(上下動)は建物に与える影響は小さいのですが、浮いているとなると影響が大きくなるかもしれません。

免震のデメリット?縦揺れの地震が気になるあなたへ

 

通常の免震とは異なり、直接地面には触れていないので「縦揺れにも有効」だという風に書かれています。空気の層がクッションの役割をする、というのももっともらしく聞こえます。実際のところはどうでしょうか。

 

縦揺れに有効かどうかは、建物を支持しているばねが柔らかいかどうかが重要になります。空気層の厚みが十分にあれば、縦揺れにも有効かもしれません。しかし、空気が漏れて接地ギリギリになっていれば効果は薄くなりそうです。

 

仮に十分に空気層が柔らかいとしても、エネルギーを吸収する機構が無いため変形が大きくなる可能性はあります。また、上下に揺れることで空気の漏れ出しを助長するかもしれません。

 

縦揺れに対する効果は別に無くてもいいと思うのですが、縦揺れによる空気の流出入が建物の浮上時間に影響を及ぼさないかは確認しておきたい項目です。

 

風揺れでの作動

「強風時の風の力は20t、建物重量は80tで風の力よりも大きい、だから建物は動かない」といった趣旨のことが書かれていました。いまいち意味がわからない文章ですが、恐らく「建物重量と摩擦係数を考えると、風によって建物基礎とその下にあるコンクリート板の間で滑りは生じない」ということでしょう。

 

浮き上がっていないときに風が吹いても建物が滑らない、というのは別に驚くようなことではありません。肝心なのは浮き上がっているときの風対策でしょう。

 

建築基準法上、「風」と「地震」は同時に発生することを考慮する必要はありません。しかし、何の対策もしなくてもよいということではないでしょう。

 

通常の免震であれば、元の位置に戻るためのバネがあります。風荷重に対して、ある一定量までしか変形しません。そこに地震が起これば荷重条件として厳しくなりますが、決定的な欠陥と言うほどではありません。

 

それに対してエアー断震では元の位置に戻るためのバネが無いため、どこまででも動いていきます。もしかしたら「位置戻し装置」なるものが効果を発揮するのかもしれませんが、詳細は不明です。建物と地面を繋ぐ装置を入れてしまうと折角の浮上が無駄になるので、どのように対応しているのでしょうか。

 

また、地震中の風も気になりますが、風揺れによる誤作動も気になります。仮に80tしかない建物に20tもの荷重が瞬間的にとはいえ作用すれば、基礎や周辺地盤にもそれなりの加速度が生じそうです。そんなものすごい風が吹いているときに建物が浮上し出すとまずいことが起こるのではないでしょうか。

 

センサーがどのようなものかはわからないので「そんな揺れに対しては作動しません」と言われるとそこまでです。「センサーを最も敏感な設定にすると階段の上り下りでも作動する」という真偽不明の書き込みがあったので気になっただけかもしれません。

 

いずれにせよ、導入前に風揺れに対する考え方を確認しておくのは重要だと思います。

 

メンテナンス

これは今さら挙げるまでもなく、皆さん気になるところだと思います。高層ビル等でも電気を用いた振動制御を行っていたり、センサーによりモニタリングを行っていたりすると問題になることがあります。

 

10年もすると設計側も施主側も担当者がいなくなっている場合があり、メンテナンスや更新がうまくいかないのです。新しい担当者に必要性を説くのが大変な場合もあります。

 

この技術は戸建住宅用なので、施主側は問題ないでしょう。ただ、費用や頻度、手間などは事前にしっかりとヒアリングしておくべきです。

 

最後に

とりあえずパッと思いついた気になる点を挙げてみました。ネット上にはこれ以外にもいろいろと問題点が挙げられていますが、構造設計者から見るとただの誤解であったり、勘違いであったりするものがほとんどです。特に気にしなくてもよいので、ここでいちいち訂正することはしませんでした。

 

深く考えるとまだまだ疑問点が出てきそうな技術ではありますが、浮いている間は最高の性能を発揮するでしょう。導入を検討する際は、性能とともに適法か否かもしっかり確認してください。