バッコ博士の構造塾

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自己修復コンクリートは有用か?構造設計者の視点から考察

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日々新しい構法、材料が生まれています。技術者は常にアンテナを張っておかなくてはなりません。

 

□■□疑問■□■

自己修復コンクリートというものがあると聞きました。コンクリートのひび割れが自然に修復するのであれば、複数回の地震にも問題なく耐えられるのでしょうか。

 

□■□回答■□■

コンクリートの大敵でありながら、切っても切れない関係にあるのがひび割れです。それを自然に治してしまおうというSFのような発想も素晴らしいですが、実現、販売にこぎつける実行力には脱帽です。しかし、複数の地震に耐えられるかというと疑問です。この新材料開発の主たる目的は「耐久性」の向上であり、「耐震性」まで元に戻るわけではありません。建物よりも土木構造物に向いた材料と言えるでしょう。

 

 

自己修復コンクリートとは

ひび割れが入っても、自然と治癒してしまう魔法のようなコンクリートです。いくつか方法はあるようですが、実用化にこぎつけた技術について紹介します。

 

細菌による修復の原理

オランダのデルフト工科大学の先生が開発した技術です。コンクリート内に細菌を混ぜておき、ひび割れが入ったところを勝手に細菌に穴埋めしてもらおう、というアイディアのもと開発されたものです。イメージをつかむ為に、非常に単純化して説明しましょう。

 

まず、コンクリート内に細菌さんが住んでいます。普段は寝ているのですが、刺激があると起きてきてエサを食べ始めます。エサを食べるとウンチをするのですが、このウンチがひび割れを塞いでくれるのです。

 

単純ですが、本質はこれだけです。このイメージを持っていただくと、次の説明が頭に入りやすくなるはずです。

 

コンクリート内への細菌の分散

コンクリートはセメント、砂、砂利、水を混ぜ合わせたものですが、所定の品質が得られるように様々な化学薬品(混和材)も添加されています。この混和材の一つとして細菌さんもコンクリートの中に混ぜ合わされます。これで細菌さんがコンクリートの中に住んでくれることになります。

 

住んでくれるのはいいのですが、初期はひび割れが入っていないので寝ていてもらわないといけません。あたりかまわずウンチをされては逆に品質に悪影響が出てしまいます。

 

そこで「生分解性プラスチック」でできた家を与えておきます。コンクリートを練り混ぜ、運搬し、型枠に打ち込み、硬化する、この間安心して眠っていられる家です。無事コンクリートが硬化するまで家は持ちこたえますが、壊れやすい状況になっています。

 

ひび割れの発生と細菌の活性化

このままコンクリートにひび割れが入らなければ、細菌さんはいつまででも寝ています。しかし、ひび割れが生じてコンクリート内に水が浸入してくると、細菌さんの家が壊されてしまいます。細菌さんのお目覚めです。

 

家の中は細菌さんのエサである「乳酸カルシウム」で満たされています。目を覚ました細菌さんは目の前にあるエサをバクバク食べ始めます。そして「炭酸カルシウム」というウンチをするのです。このウンチが見事ひび割れを埋めてくれるというわけです。

 

自己修復コンクリートの性能

ひび割れ幅

1mm程度の幅のひび割れまで対応できるということです。これはかなりすごいと言えます。

 

通常の乾燥収縮や重力の影響により生じるひび割れの幅は小さく、大きいものであっても0.3mm以下となります。この程度であればあまり耐久性には影響がないと言われています。

 

地震により生じるひび割れは地震の規模や建物の性能によって大きく異なります。地震中は大きくひび割れが開いても、地震終了後は変形が元に戻ることで目に見えるひび割れ幅は小さくなります。そのため、幅1mmを超えるようなひび割れというのは、構造的にかなりの損傷を受けているということになります。

 

それ以下のひび割れ幅であれば修復できてしまうということであれば、地震や設計ミスに起因しないひび割れであれば全て対応可能と言うことです。

 

ひび割れ補修後の強度

元のコンクリートの強度までは戻らないようです。元々の状態の強さと比較して、ひび割れが生じた直後の強さ、ひび割れが自己修復された後の強さがどの程度になっているかというのは非常に評価が難しいと思います。

 

修復による強さの増加を取り込むのではなく、回復は無いものとして設計する方が現実的であり、安全側の評価となります。極端なことを言えば、細菌により穴埋めされた箇所はただのシーリング材で、耐震性には全く寄与しないと考えるということです。

 

どうしても構造設計の世界では、あいまいなもの、評価が難しいものは「安全側」という言葉の下、無視されてしまう傾向にあります。

 

自己修復コンクリートの使途

建築物というのは基本的には個人、あるいは企業の持ち物であり、自分たちの財産だと認識されています。公共の道路やトンネルなどの土木構造物よりもよほど管理が行き届いています。

 

また、規模としても比べ物にならないほど小さいです。個人の住宅は言うに及ばず、超高層ビルでさえたかだか200mです。高速道路はケタがいくつも違います。管理の目が行き届きにくいのも当然です。

 

規模の大きい土木構造物はメンテナンス性に最も重きを置くべきでしょう。そして自己修復コンクリートは耐久性の向上およびメンテナンスコストの低減に大きな効果を有しています。

 

一般のビルに使用してもいいことはあると思いますが、コストは大幅に下げる必要があるでしょう。公共工事よりも民間工事はコストにシビアです。メンテナンス性だけでは施主にコストを転嫁することは難しいように思います。

 

現状では土木構造物に特化した方がいいでしょう。耐震性も回復できるのであれば建築業界にも進出する余地はあると思います。