3Dプリンタが登場するや否や、「家をプリントアウトできる日がくるかも」と期待する声が上がりました。そしてそれはもう現実のものとなり、海外ではいくつもの実例があります。
大工や鳶といった建設業従事者は減少の一途ですが、3Dプリンタが人手不足解消の切り札となるかもしれません。また、高品質な家を低価格で買えるかもしれないという、庶民にとっては非常にありがたい時代が来るかもしれません。
しかし、日本においては実現までにまだ時間がかかりそうです。理由はいろいろと挙げられるのでしょうが、主として構造設計者の視点から考えてみます。
建築用の3Dプリンタ
模型作りからスタート
今や大手の設計事務所で3Dプリンタを活用していないところはないのではないでしょうか。
建築と3Dプリンタはなかなかに相性のいい組み合わせです。と言っても建物を直接造らせるのではなく、「模型」を作らせるのです。
二次元の図面だけを見て、三次元の空間を思い浮かべることができるお客さんは多くありません。いくらリアルなパースを二次元上に描いたところで、三次元にはなり得ないのです。
そこで登場するのが建築模型です。やはり三次元の建物を表現するには、三次元の模型が適しているのでしょう。お客さんの理解度が全然違います。
しかし、図面と違い、模型を作るのはなかなか骨が折れます。社員では手が回らないので、建築学科の学生が模型作りのバイトをしていることも多いです。
それが今や、3Dプリンタの登場によって大きく変わりました。お金と時間がかかるのが常であった模型作りが、安く、早く、簡単にできるようになったのです。
これだけでも建築業界にかなり大きなインパクトを与えたと言えるでしょう。
家をプリントする時代
3Dプリンタにもいろいろなものがあります。樹脂や金属、その他いろいろな材が使用されるようになっています。
そんな中、建築と最も親和性が高いのがコンクリート系材料でしょう。固化するまでは個体と液体の中間のようなドロッとした性質(ビンガム体と言います)で、自由な形態を作るのに適しています。
また、コンクリートは国内外問わず、建物に非常に広く使用されています。そのため入手が容易で、かつ安価です。この先も3Dプリンタの材料として主役であり続けるでしょう。
ノズルの先端から吐出したコンクリートが薄く何層も積層されていき、壁や柱を構成していきます。そのため表面があまり滑らかではないですが、性能に影響を与えるほどではないでしょう。
何と言っても、建物は一般的な工業製品よりも巨大です。そのため、長いアームを利用するものや、自走式のものなど、いろいろなタイプの3Dプリンタがあります。
もちろん、あくまでも自動でできるのは構造体だけで、設備や内外装は人が仕上げる必要があります。コップや歯車のようなものとは違い、建物には色々な機能があります。
しかし、構造体だけとは言え、人間がやるよりも圧倒的に速く、そして精確です。ロシアや中国、その他の国々でも実際に建物が建てられ始めています。
動画を検索すれば簡単にたくさん見つかります。時間があるときに見てみることをお薦めします。
鉄筋を組み込むには
コンクリートは建物に広く使用されていると書きました。しかし日本では、コンクリート単独で建物に使用することはできません。
コンクリートを補強する「鉄筋」が必須なのです。両者を適切に組み合わせた「鉄筋コンクリート」とすることで、はじめて建築基準法に適合した材料となります。
コンクリートを吐出する装置だけではダメなので、鉄筋をポンと置いていく装置も必要になります。しかし、これがなかなかに厄介です。
鉄筋は横だけでなく、縦にも設置しなくてはなりません。薄い層をどんどんと積み上げていく際、横の鉄筋はその上に置くだけですが、縦の鉄筋を保持しておくのは大変です。
柱や梁では鉄筋に鉄筋を巻き付けるような作業も必要です。柱と梁が接続する部分はもう鉄筋だらけでごちゃごちゃです。
鉄筋の配置ができるようになるには、まだまだ時間がかかりそうです。
耐震性は十分か
「地震国の日本では、3Dプリンタでは十分な強度の建物を建てられない」というような主張を耳にすることがあります。
確かに他の国や地域ではあまり気にならなくても、日本においては避けて通れない話題です。3Dプリンタでは十分な耐震性が確保できないのでしょうか。
結論から言うと、住宅程度の規模であれば特に問題無いのではないかと思います。中層、高層となってくると話は別ですが、平屋や2階建てくらいなら大丈夫でしょう。
もちろん法律の問題はあります。鉄筋も入っていないようなコンクリートの建物は認められません。しかし、だからと言って実際に地震で建物が壊れるかというと、そんなことはないでしょう。
鉄筋が本格的に効果を発揮し出すのは、コンクリートにひび割れが入ってからです。建物の規模が小さければ、地震の力に対してひび割れを入れさせないような設計は可能です。
しかも、3Dプリンタ用のコンクリートは吐出後もすぐに形状を保持できるよう、水が少なくなっています。水が少ない方がコンクリートは強くなるので、人が建てるよりもむしろ強いかもしれません。
水平部材が造れない
3Dプリンタの特徴として、人間ではとても複雑で造れそうにない特殊な形状にも対応できるという点が挙げられます。実際に、捩じれた柱や曲線状の壁でも簡単に造れてしまいます。
しかし、建築用の3Dプリンタには苦手とする形状があります。実は、「水平」な部材が造れないのです。
建物の「床」は水平です。床を支える「梁」も水平です。ただの真っ直ぐな面や線でしかない単純な形状ですが、これが造れません。
理由は簡単で、重力があるからです。いくら吐出直後から形状を保持できると言っても、宙に浮いていることはできません。
下から積み上げていく現状の構築方法では、何かしらの工夫をしないと対応できないのです。水平な部材がある場合は、一時的にそれを保持する下地などが必要になります。
公開されている動画を見てみると、床板は別に造ってあるものが多いようです。アーチ状であれば屋根まで造れるでしょうが、途端にデザインや用途が限定されてしまいます。
3Dプリンタは夢のある技術ですが、まだまだ課題はあります。建設の全自動化には、構造設計者の知恵が必要になるのではないかと考えています。