地震対策技術として「耐震・制振・免震」の3つがありますが、この中でもっとも性能が高いのが「免震」です。建物の下に「免震層」と呼ばれる柔らかい層を設置し、地震の揺れを伝わりにくくしています。
免震層をどのように構成するかで性能が大きく変化するため、細心の注意を払って建物ごとに設計を行います。建物によってはいくつかの装置を組み合わせないと所定の性能を実現できないことも多いです。
免震の一番のポイントは「柔らかい」ということです。柔らかいからこそ地震の揺れが伝わりにくくなるのですが、実現するのはそれほど簡単ではありません。
柔らかさを追求するのであれば「すべり支承」のことをよく知っておかなくてはなりません。
そもそも支承とは
まず読み方からですが、「ししょう」と読みます。あまり日常生活で使うような言葉ではないのではないでしょうか。英語では“Bearing”です。
土木では橋梁の分野で使用します。橋桁部分を支え、橋脚部分に力を伝える装置のことを指します。回転や伸び縮みをこの部分で吸収し、橋桁や橋脚に余計な力が生じないようにします。
建築では免震の分野で使用します。免震層を構成する様々な装置を「免震装置」と呼びますが、その中でも建物の重さを支えるものを指します。「積層ゴム支承」、「直動転がり支承」など、いろいろな種類の支承があります。
すべり支承とは
建物の重さを支える免震用の装置が「支承」ですが、そこに「すべり」の機能を追加したものが「すべり支承」です。
普通の支承、つまり「すべらない支承」は、下側では基礎と、上側では建物とボルトでつながっています。そのため、地震時に基礎と建物がズレようとすると、支承には力が生じます。
しかし「すべり支承」の場合、上側または下側のどちらかはボルトでつながっていません。「すべり板」というツルツルに磨かれた金属板があり、そこにただ乗っかっているだけです。そして間にはPTFE(いわゆるテフロン)が挟み込まれています。
ツルツルな面にテフロンを敷いているので、当然よくすべります。地震時に基礎と建物がズレようとすると、ほとんど力がかからないうちに金属板との間ですべり出すことになります。
すべってしまえば、それ以上力を加えることができません。どれだけ動いても大きな力が生じないということは、とても柔らかいのと同じことです。つまり、すべりによって力を遮断することができるというわけです。
摩擦係数
地面から伝わってくる力を小さくするには、金属板とテフロンとの間の摩擦をできるだけ小さくすれば済みます。しかし、あまりにも摩擦が小さいと建物がすべった後に止まり切れず、周囲に激突してしまう危険性があります。建物に応じて適切な摩擦の設定が必要です。
構造設計者が適切な摩擦を設定できるよう、すべり支承にもいろいろな摩擦係数のものがあります。大きく分けて低摩擦・中摩擦・高摩擦の3つです。
低摩擦は摩擦係数が1%程度のすべり支承です。これより摩擦を小さくするのは難しいというレベルで、できるだけ摩擦の影響を排除してツルツルにしたいときに使用します。
中摩擦は摩擦係数が3~5%程度です。すべり支承だけで揺れを止めるのではなく、鋼材ダンパーやオイルダンパーなど、他の装置と組み合わせるときに使用することが多いです。
高摩擦は摩擦係数が10%程度です。これくらいの摩擦があれば、すべり支承だけで揺れを止めることも可能です。
すべり支承の種類
すべり支承にもいろいろな種類がありますが、もっとも重要な分類は「すべり出す前の硬さ」でしょう。
剛すべり支承
「剛」というのは「硬くて変形しない」という意味です。「剛すべり支承」を使用すると、支承がすべり出すよりも小さな揺れに対して免震層はほとんど変形しません。
そのため、小さな地震に対しては免震の効果を発揮しません。普通の建物と同じように地震の力が伝わってしまいます。
しかし、硬いことでいいこともあります。硬くしていない免震建物の場合、交通振動や風などにより日常的に極わずかに建物が揺れます。硬ければそういうこともありません。
精密機器工場など、非常に高い精度が求められる場所では微細な揺れが製品の品質に影響します。普段は硬くて揺れず、中・大地震時にはすべって力を伝えない、それを実現できるのが剛すべり支承です。
弾性すべり支承
こちらの支承では柔らかいゴムの部分があり、すべり出す前に少し変形することができます。支承がすべらないような小さな地震でも「柔らかい」状態なので、建物に伝わる揺れを小さくすることができます。
できるだけ小さな力ですべったほうが力は伝わりにくいですが、前述したようにすべり過ぎるとそれはそれで問題です。すべり出すまでの力はそこまでは小さくできない、でもすべる前から免震の効果を発揮させたい、そういったときに弾性すべり支承が役に立ちます。
すべり支承の使いどころ
免震層を柔らかくすること、揺れを止めるブレーキの役割をすること、この2つがすべり支承の主たる効果です。しかし他にも使いどころはあります。
偏心の解消
免震装置の配置バランスが悪いと、地震時にねじれるような動きをします。できるだけねじれないような設計を心がけますが、建物の規模や形状によっては調整が難しい場合も多いです。
支える力が大きいところには大きな支承が必要ですが、大きな支承はそれだけ硬くなります。柔らかめの免震装置もあるにはありますが、調整代としてはさほど大きくありません。
その点すべり支承では、すべった後は力が増えていかないので硬さはゼロに近くなります。硬さを大幅に変えることができるので、偏心解消に大いに役立ちます。
変形の追従
高層建物でも部分的に低くなっている「下屋」と呼ばれる部分があります。高層の部分に比べると支えなければいけない力は非常に小さくなります。
力が小さいので小さな支承を設置したくなりますが、実は小さな支承は変形能力も小さくなることが多いです。変形能力が不足する場合は、支える力が小さくても大きな支承にしなければなりません。
すべり支承の場合、変形能力は支承の大きさに関係ありません。基礎または建物とは直接つながっていないため、すべり板さえあればどこまでもすべることができます。
無駄に大きな支承を使用する必要がないので経済的な設計が可能です。
すべり支承の復元・復旧
すべり支承のメリットを書いてきましたが、もちろんデメリットもあります。すべるからこそのデメリットです。
すべり支承には、すべった後に元の位置に戻る機能がありません。すべったらすべりっぱなしです。
そのため、大きな地震のあとは元の位置からズレてしまいます。このズレて残った変形を「残留変形」といいます。設計図書には「〇〇cm以上ズレたら元に戻すこと」というようなことが書いてあります。
しかし、戻すといっても簡単ではありません。摩擦が小さくてすべりやすいといっても、建物は非常に重いです。ジャッキで建物を持ち上げてから押し戻す必要があります。
実際はそんなに残留変形が出ることは稀で、戻す必要がないくらいのことがほとんどです。とはいえ、持ち上げたり押し戻したりがやりやすい設計にしておくといいでしょう。