バッコ博士の構造塾

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「建築」と「土木」の違い:大学教育から業界の体質まで

「建築」という言葉、あるいは「土木」という言葉からどんな印象を受けるでしょうか。なんとなく「建築」の方がお洒落で、「土木」の方が野暮ったいイメージがある気がします。

 

しかし、どう違うのかと聞かれると答えに窮してしまう人もいるのではないでしょうか。違うのは分かるけど似ている、そんな言葉と言えます。

 

実際、スーパーゼネコンやその他大手ゼネコンの大半が「建築」と「土木」の両方を取り扱っています。境界がどこにあるかは曖昧です。

 

別に一般の方がその違いを知っている必要は無いと思います。しかし、「建築学科」にしようか「土木工学科」にしようか、「進路を迷っている高校生やその親御さんには重要です。

 

バッコ自身、当時はよくわかってないまま「建築学科」を選びました。もし今と同じだけの知識を持っていたとしたら、「土木工学科」を選んでいたような気がします。

 

 

「建築」と「土木」の語源

「建築」の語源

「建築」というのは英語の”Architecture”の訳語です。江戸時代末期、海外からたくさんの言葉が流入し、対応する日本語を考える必要がありました。

 

同時期、”Architecture”の訳語として「造家」というものもありました。明治の中頃まで、1つの英語に2つの訳語があったわけです。

 

最初は「造家」の方が広く使われていたようです。東京帝国大学には「造家学科」があり、学会の名称も「造家学会」でした。

 

しかし、「造家」では工学的な意味合いが強く、デザインや芸術性といった側面が弱くなってしまいます。1894年の論文で「建築」を使用するよう提案がなされ、造家学会は建築学会(1897年)に、造家学科は建築学会(1898年)になりました。

 

「土木」の語源

「建築」という言葉は由来がとてもはっきりしています。一方、「土木」については諸説あり、明確には分かりません。

 

お隣の中国では紀元前から「土木」という言葉は使用されていたようです。日本でも8世紀ごろに登場します。しかし、それが現在の「土木」に繋がっているかは不明です。

 

明治初期には「土木」という言葉が付いた官職、「土木司」ができました。また”Civil engineering”の訳語として「土木学」が当てられました。1914年には「土木学会」が設立されています。

 

建設業における違い

何を造るか

いわゆる「建物(たてもの)」と呼ばれるものは全て「建築」と言っていいでしょう。

 

建物の中で最も数の多い住宅は、戸建、アパート、超高層マンション問わず「建築」です。事務所ビル、商業ビル、その他ビルと名の付くものも全てです。他にも、学校や病院、消防署なども当然含まれます。

 

一方、「インフラ」と呼ばれるものの多くは「土木」です。ただ、全てではないです。

 

道路、橋、線路、ダム、これらはすべて「土木」ですが、スカイツリーのような電波塔は「建築」の範疇に入ります。

 

大雑把な説明として「地面より上が建築、下が土木」というものがあります。高速道路はかなり高い位置にありますし、ビルの地下階は地面の下にありますので例外はいくつかありますが、参考にはなります。

 

また、駅や空港は建築と土木の中間に位置付けられます。地下鉄直結の超高層ビルなども土木の要素が多分に入り込んできます。どこからどこまで、と明確に線引きすることは難しいです。

 

公共工事と民間工事

「建築」と「土木」ではお客さんが違います。

 

「土木」≒「インフラ」という側面があるので、民間ではなく国や地方自治体がお客さんになる場合が圧倒的に多いです。仕事の大半が「公共工事」になります。

 

もちろん私道の整備などもありますが、圧倒的に規模は小さくなります。むしろその程度の規模であれば、「建築」の工事として行われているでしょう。

 

逆に「建築」のほとんどは「民間工事」です。市役所などの庁舎もありますが、建築全体から見れば微々たるものです。

 

リニアのような超巨大プロジェクトになると、国と民間の両方がお客さんになる場合があります。その場合は公共工事と民間工事の間というよりは、むしろ公共色が強くなります。

 

設計の違い

規模からくる違い

「建築」よりも「土木」の方が規模の大きいものが多いです。

 

超高層ビルは高くても300mですが、橋はケタが1つ違います。道路になると1つどころか2つ、3つ違います。

 

また、それに応じて構造体を支える部材の大きさも違います。超高層ビルでは1m角を超えるような柱を使う場合もありますが、高速道路の橋脚などはその倍以上あります。

 

「建築」では、大きな空間を確保するために部材はできるだけ細く、小さくしようとします。そのため、高強度の材料を使用する場合が多いです。タワーマンションに使用されるコンクリートは通常の数倍強いコンクリートです。

 

コンクリートの部材には鉄筋を配置しますが、「建築」では直径が41mmのものが最大です。「土木」では直径51mmのものも使用します。部材が大きいため、太いものを使用しないと鉄筋の数がとんでもない量になってしまうからです。

 

名称の違い

「建築」と「土木」で同じものを取り扱っていても、「名称」が違う場合があります。代表的なものが「荷重」の名称です。

 

構造体自体の重さは、構造ができてしまえばもう変わりません。そのため「建築」では「固定荷重」と呼びます。しかし「土木」では「死荷重」と呼びます。

 

上に載る人や車の重さなどは、状況によって変化します。この変動する可能性がある荷重を「建築」では「積載荷重」、「土木」では「活荷重」と呼びます。

 

英語では”Dead load””Live Load”なので、訳語としては「土木」の方が適した言葉になっています。

 

わずかな違いですが、建築と土木の技術者が共同で何かをする際に若干不便さを感じます。

 

許容応力の違い

「許容応力」とは、「その部材が負担しても大丈夫な力」を表しています。

許容応力度がよくわかる:これだけは知っておきたい設計の基本

 

同じものであれば、建築用だろうが土木用だろうが壊れるまでに耐えられる力の大きさは同じです。ただ、「どこまでを大丈夫と考えるか」が若干違います

 

建築でも土木でも、構造物の重さを支えるために「コンクリート杭」を使用します。この杭のカタログには、「建築用」と「土木用」の両方の許容応力が記載されています

 

つまり、同じ杭を使用しても、「これは建築に使っています」と言うか「これは土木に使っています」と言うかで負担できる力が違ってしまうのです。

 

「建築」と「土木」は似ているようで全く違う、ということがよくわかる事例です。お互い縄張りがあるのでしょうか。

 

教育の違い:建築学科と土木工学科

文系か理系か

建築学科も土木工学科も、工学部に属する理系の学科です。ただ、建築学科はかなり文系の要素が強いと言えます。

 

デザイン、歴史、心理学など、数式を使わない講義が山ほどあります。工学部でありながら学科名に「工」が付きません。

 

「造家」から「建築」へ名称変更したことからも「工学だけじゃないぞ」という意思が感じられます。

 

日本と海外

日本では、「住宅やビルをやりたい」と思えば「建築学科」、「ダムや橋をやりたい」と思えば「土木工学科」へ進学します。「何を造るか」で学科が違うと言えます。

 

その結果、力学が少しわかる建築士が生まれます。しかし、力学に割く時間が短くなるデメリットがあります。

 

海外では、「デザインがやりたい」と思えば「建築学科」、「力学をやりたい」と思えば「土木工学科」へ進学します。「何をしたいか」で学科が違うと言えます。

 

その結果、デザインや力学に特化した人材が生まれます。

 

業界体質の違い

働く人の気質

「建築」に比べ「土木」の方が真面目な印象があります。当然どちらの業界にもいろいろな人がいるわけですが、業界全体の平均としては差があるように感じます。

 

恐らく民間を相手にするか国を相手にするかが大きく影響しているのではないでしょうか。

 

国相手の場合、きっちり書類を揃え、前例に従って進めていくことが求められます。奇抜なことは求められません。合理性が重要です。

 

民間相手の場合でも、法的な書類はもちろんしっかりと揃える必要があります。ただ、説明の頻度や資料の作りこみ等には差があるように感じます。また、力学的な合理性よりも、デザイン性や奇抜さが求められることもしばしばあります。

 

同じ会社内であっても、「こんなに雰囲気が違うものか」と驚いたことがあります。「建築」の設計部ではネクタイをしていなかったり、髭を生やしていたりするのですが、「土木」の設計部では見たことがありません。

 

法律から見る違い

「土木」の方が建築よりも厳しい法律がありそうなイメージがあります。しかし、実際には「土木」の方が新しいことにチャレンジしやすい環境になっています。

 

「建築」の場合、建物に使用できる材料は「指定建築材料」に限られています。何か新しい材料が開発されても、簡単には導入できないようになっています。

 

しかし、「土木」にはこうした縛りがありません。いいものがあればどんどん導入することができるのです。

 

もちろん、裏付けとなる実験データや検証はしっかりと行う必要があります。また、お堅い施主を納得させなくてはなりません。

 

「法的」には導入しやすいかもしれませんが、「雰囲気的」に導入しやすいかはまた別の話です。

 

お金の話

「民間」のお客さんは、建物を建てることで自分たちに利益があるからお金を払ってくれます。金額が高くなれば利益が圧迫されるので、できるだけ安く建てようとします。

 

「国や自治体」は、工事を行うことで住民に利益があるからお金を払っています。工事を行う会社にも利益を与えようとしています。そのため、適正な金額であればそれ以上の減額は要求しません。

 

会社によって「建築」と「土木」の売り上げ比率は様々ですが、公開資料を見ていると面白いことがわかります。

 

ある大手ゼネコンでは「建築」が「売り上げ」の7割以上を占めていますが、「土木」が「利益」の7割以上を占めています。

 

公共事業サマサマといったところでしょうか。「土木」の方が儲かるようです。