バッコ博士の構造塾

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地震の速度を表すカイン(kine)とは?建物の被害状況を表す大事な指標

地震が発生すると、日本各地で観測された地震のデータはすぐに解析されます。震央やマグニチュード、震度の分布状況が速報で流れることで、地震の概要がわかります。

 

地震の大きさ・強さを表す指標として「震度」「マグニチュード」は広く認知されており、ニュースでも特に説明もなく使われることが多いです。

 

また、地震の加速度の大きさを表す「ガル(gal)」も最近耳にする機会が増えてきた気がします。「加速度×重さ=力」になるので、「地震の力の大きさを表す指標だな」と受け入れやすいのだと思います。

ガルとは

 

確かにどれも大事な指標ではありますが、構造設計者が一番気にするのはそのどれでもありません。注目すべきは「カイン(kine)」です。

 

今回はこのカインについて説明していきます。

 

 

カイン(kine)とは速度の単位

地面がガタガタと揺れるのが地震ですが、地震の強さを知るうえで、このガタガタと揺れるときの地面の「速度」が非常に重要になります。

 

なぜなら、地震が持つエネルギーの大きさは速度によって決まるからです。中学校で習ったように、運動する物体が持っているエネルギーは「モノの重さ×速度の二乗÷2」です。

 

そして、この地震の速度を表す単位がカインです。速度の単位なので、距離を時間で割った次元を持ちます。

 

1カイン=1kine =1cm/s = 0.036km/h

 

普段から使い慣れた「時速」に直すとかなり小さな値になります。このような小さな単位を使用するということは、地震時の地面の速度は車などの速度に比べて大幅に小さいということです。

 

過去に観測された地震の最大速度

地震による揺れは当然一定ではありません。そのため、速度の値も刻々と変化していきます。

 

しかし、基本的に地震の速度と言えば、最大速度を指します。端的にその地震の特徴を捉えるには、最大値が一番わかりやすい指標でしょう。

 

過去の震度7を記録した地震の最大速度を挙げておきます。なお、地震には東西、南北、上下と3つの成分がありますが、それらの足し合わせの数値です。

過去に観測された地震の最大加速度

 

兵庫県南部地震   (1995):112kine(神戸海洋気象台)、169kine(JR鷹取)

新潟県中越地震   (2004):148kine

東北地方太平洋沖地震(2011):106kine

熊本地震前震    (2016): 92kine

熊本地震本震    (2016):133kine

北海道胆振東部地震 (2018):158kine

 

同じ震度7であっても92~169kineと2倍近い開きがあることがわかります。

 

熊本地震での本震の最大速度は前震の1.5倍程度ですが、本震の前と後では被害状況が全く違います。「前震で建物が弱くなっていたから」という説明がされることもありますが、「本震だけだったとしてもそれほど被害状況は変わらなかった」という研究もあります。

 

兵庫県南部地震では一番大きな加速度が観測された神戸海洋気象台の揺れが有名です。しかし、最大速度が1.5倍以上であったJR鷹取のほうが明らかに建物の倒壊率が高いです。

 

最大加速度や震度よりも、最大速度のほうが被害状況をよく表しているのです。

 

なぜ最大速度から被害の程度がわかるか

「力の大きさ」を表すのが「加速度」、「エネルギーの大きさ」を表すのが「速度」でした。地震の力が大きいほど被害は大きくなりそうですが、なぜ加速度の大きさは被害状況を反映しないのでしょうか。

 

答えは単純で、建物が倒れるかどうかは「力」ではなく「エネルギー」で決まるからです。イメージしづらいかもしれませんので簡単な例を挙げます。

 

細くて長い針金を考えてみましょう。曲げるのにほとんど力はいりません。プロレスラーでも子供でも関係なく簡単に曲げられるくらいの針金です。

 

ではこの針金を両手で持って、完全に折れるまで曲げるとしたらどうなるでしょうか。プロレスラーだろうと子供だろうと、大きく手を動かさないといけないはずです。

 

子供は力が弱いからたくさん曲げなくてはいけなくて、プロレスラーは力が強いからちょっと曲げるだけで折れるというようなことはありません。どれだけ力が強くても、それが伝わらなければ意味がないのです。

 

力が伝わるには、ものが変形する必要があります。そして「力×変形」とはまさにエネルギーのことです。

 

「力×変形」と「重さ×速度×速度」はどちらも同じエネルギーの単位なのです。そのため最大速度と被害状況はよく一致するのです。

 

最大速度だけで被害予測は十分か

加速度もやっぱり大切

針金の例を挙げて速度と被害の関係を説明しましたが、この例にはひとつ問題があります。子供の力が弱すぎて細い針金すら曲げられない場合はどうなのか、ということです。

 

どれだけエネルギーがあったとしても「力」が不足していれば建物を倒壊させることはできません。やはり最低限の加速度は必要なのです。

 

ただ、過去に観測された大地震の最大加速度は、建物を倒壊させるのに必要な値の5倍や10倍もあります。最大速度が大きい地震であれば、建物を倒壊させられるだけの加速度は当然あるものと考えてよいでしょう。

 

震度は被害状況を表さないのか

一般的に地震の被害状況を表す指標としては「震度」が使われています。しかし、加速度よりはマシですが、速度に比べるといまひとつ精度が低いです。

 

震度の算定には速度と加速度の両方が考慮されています。前述のように、加速度も重要な指標の一つであることには違いないからです。

計測震度とは

 

もう少し速度を重視した計算方法に変えることで、速度以上に被害状況を反映できる指標になるかもしれません。新しい建物は耐震性が向上していることもありますので、見直しの時期に来ているのではないでしょうか。