制振構造とは、地震や強風による揺れを小さくするために「エネルギーを吸収する装置」を備えた建物のことです。
エネルギーとは「力×変位」です。たくさんのエネルギーを吸収するには、できるだけ大きな力で、できるだけ大きく動く必要があります。また、仮に小さな力であっても、それを補うほど大きく動けば十分にエネルギーを吸収できるということでもあります。
動きを増幅するものとしては「テコ」や「歯車」があります。また、あまり耳慣れないかもしれませんが「トグル」というものもあります。
ここではこのトグルを利用した飛島建設のトグル制震について解説します。
トグル機構
そもそもトグルとは
「トグル制震」の前に「トグル」を理解しないと先に進めませんので、まずはトグルについて見てみます。
Wikipediaによると“トグル機構は二つのリンクと一つのスライダーから構成されるリンク機構の一種であり、機械要素のひとつ”だそうです。いまひとつわかりませんね。
簡単に言うと、「リンク」とは硬い棒をクルクルと回転する関節でつないだもの、「スライダー」とは特定の方向にだけ動けるようになっているものです。百聞は一見にしかず、下の図を見てください。この2つのリンクと1つのスライダーで構成されている機構がトグルです。
リンク自身は曲がったり伸び縮みしたりしません。その代わりスライダーにより動く方向が制限されているので、トグルを押したり引いたりすると決まった方向に動きます。
この時、トグルに加えた「力の向き・力の大きさ・動きの大きさ」と、スライダーに生じる「力の向き・力の大きさ・動きの大きさ」が変化します。
テコ・歯車とトグルの違い
テコや歯車については小学校や中学校で習ったと思います。どちらも動きや力を増幅させる便利な道具です。
ただし、動きを増幅して小さな動きで済ませるときは大きな力が必要であり、力を増幅して小さな力で済ませるときは大きな動きが必要となります。結局なにか仕事をする際に必要なエネルギーは変わらないことになります。
トグルも動きや力を増幅させるものですが、少し違うところがあります。それは、力や動きを増幅する比率が変化することです。
テコでモノを持ち上げるとき、最初は軽くて後から重いということはありません。最初から最後まで同じ力が必要です。
しかしトグルの場合はスライダーが動くにつれてリンクの角度が変わってきます。角度が変わると増幅の比率も変わります。
もうひとつ、テコや歯車とトグルとで大きく違うところがあります。それは「曲げ」を利用するか「伸び縮み」を利用するかです。
テコに力を加えると、支点を中心にグイっと曲がろうとします。そのため重いものを持ち上げるには太い棒が必要になります。
一方トグルでは、リンクがスライダーを押したり引いたりするだけなので曲がる力は生じず、伸びたり縮んだりするだけです。棒は曲げよりも伸び縮みに対してはるかに硬くて強いので、細い棒でも大きな力を発揮できます。
トグル制震とは
地震や強風により建物には横方向(水平方向)の力が加わります。それにより柱が曲がり、上の階と下の階とにズレが生じます。そしてこのズレにより内装や外装が壊れたり、最悪の場合は建物が倒れたりします。
このズレを小さくするためには、上の階と下の階をもっと強くつなぐ必要があります。柱を太くする、壁を追加するといった方法もありますが、制振構造では「ダンパー」というエネルギーを吸収する装置でつなぎます。
このとき、ただダンパーでつなぐだけだと「建物の変位=ダンパーの変形」になりますが、トグルを介してつないでやると「建物の変位<ダンパーの変形」になります。エネルギー吸収量は変形量(=動いた量)に比例しますので、小さなダンパーでも十分な効果を発揮できるようになります。
トグルによりエネルギー吸収効率を高めた制振システム、それがトグル制震です。
トグルのメリット
建物の変位よりもダンパーの変形が大きくなる、これがトグル制震の一番のメリットです。しかしこれだけではありません。ほかにもトグル制震には利点があります。
前述したように、トグルではテコとは違い「伸び縮み」で力を伝えます。そのため細い材で構成することができ、見た目にスッキリします。
また、ダンパーの変形量が大きいので、ダンパーが小さな力しか発揮しなくても十分なエネルギー吸収ができます。ダンパーの値段はダンパーが発揮できる力の大きさに比例するので、ダンパーコストの節約になります。
さらに、開口部を大きくとれるのも利点です。通常は柱と柱を斜めに一直線につなぎますが、トグルでは「く」の字でつなぎます。曲がった分だけ空間ができるので通路などを設けやすくなります。
こうした利点から、新築・耐震改修を問わず広く使用されています。