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オイルダンパーの原理と仕組み:制振ダンパーから免震ダンパーまで

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以前に比べ、「制振」「免震」という用語が一般化してきたように思います。

 

住宅展示場に行けば、いろいろなハウスメーカーが制振や免震を進めてきます。タワーマンションのパンフレットを見ても制振や免震の文字が躍っています。

 

この制振や免震に欠かせないのが、「ダンパー」と呼ばれる建物の揺れのエネルギーを吸収する装置です。ダンパーにもいろいろな種類があり、効果、性能、価格に応じて使い分けがされています。

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最近は性能の高さと価格の低下により、「オイルダンパー」と呼ばれる装置を使用することが多くなってきました。車両の振れ止め等に使用されていたメカニカルな装置で、建物用に大型化したものが使用されています。

 

他のダンパーでは、材料そのものが持つ特性を利用してエネルギー吸収を行います。一方オイルダンパーでは、その特殊な機構によりエネルギー吸収を行います。

 

ここでは、オイルダンパーのエネルギー吸収の仕組みについて説明していきます。

 

 

オイルダンパーの基本原理

オイルダンパーとは、内部にオイルが封入された筒状の装置です。オイルダンパーの伸び縮みに伴って筒内をピストンが動くことでエネルギー吸収を行います。

 

なぜ筒内をピストンが動くとエネルギーが吸収できるのか、これを理解するのに「竹でできた昔ながらの水鉄砲」が役に立ちます。伸び縮みすることで液体が流動するのは、オイルダンパーも水鉄砲も同じだからです。

 

水鉄砲の作りは単純で、先端に小さな穴がある竹筒と、水を押し出すための棒でできています。では、この水鉄砲の水をできるだけ遠くに飛ばすにはどうしたらいいでしょうか。

 

まず1つは、水鉄砲の穴を小さくすることです。穴が大きいと水がバシャッと漏れ出してしまいますが、穴が小さければピューッと遠くまで飛ぶようになります。

 

もう1つはピストンを素早く動かすことです。ゆっくり動かすとチョロチョロとその場に漏れ落ちるだけですが、素早く動かせばそれだけ遠くに飛ばすことができます。

 

水が遠くに飛ぶということは、筒内の圧力が高まったということです。そして圧力が高まるということは、それだけピストンを動かすのに必要な力が大きくなるということです。

 

ピストンを素早く動かすためのエネルギーは、水が飛び出すエネルギーに変換されます。飛び出した水は二度とピストンを動かすことはありません。これがエネルギー吸収の正体です。

 

オイルダンパーがエネルギーを吸収する原理はこれと同じです。「穴の大きさ」や「ピストンが動く速度」に応じてエネルギーを吸収します。もちろん水鉄砲の様に、実際に何かが飛び出すわけではありません。

 

オイルダンパーの仕組み・構成

伸び縮みにより筒内のオイルが移動し、穴を通過することでエネルギー吸収を行うことはわかりました。ではそれを実現するために、オイルダンパー内はどのような仕組み・構成になっているのでしょうか。

 

変形や速度に応じて特性が変化するなど、世の中にはいろいろなオイルダンパーが存在します。しかし、その基本的な仕組みは2種類しかありません。

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バイフロー型

オイルダンパーが伸びる場合と縮む場合とで、筒内のオイルの流れる方向が変化するのがバイフロー型です。

 

筒内にはオイルが充填されているわけですが、ピストンにより2つの部屋に隔てられています。ピストンには、ピストンを外部から動かせるよう、筒を貫通してピストンロッドと呼ばれる棒が取り付けられています。

 

ピストンには、2つに隔てた部屋を繋ぐように小さな穴が設けられています。穴には圧を調整するための弁もついています。弁を設けることで穴は一方通行になり、逆向きにはオイルが流れることができません。

 

今、オイルダンパーを水平に置いて、筒内の2つの部屋が右と左に並ぶようにしたとしましょう。

 

このとき、ピストンロッドを左に押したとしたら、左側の部屋は狭くなる、つまり圧力が高まることになります。圧力が高まると、圧力を逃がそうとオイルは右側の部屋に、ピストンに設けた穴を通って流れていこうとします。

 

この穴が適切なサイズに設定されていれば、オイルが流れる抵抗によって所定のエネルギー吸収が行われます。

 

今度は反対に、ピストンロッドを右に引っ張ってみるとどうなるでしょうか。ピストンが右に動けば右側の部屋が狭くなるので、右側の部屋から左側の部屋にオイルが流れていこうとします。

 

しかし穴は一方通行なので、先ほどとは違う穴を通らなくてはなりません。ピストンの動きに合わせて右から左に、左から右に流れる向きを変えるのでバイフロー(2方向流れ)と呼ばれます。

 

ユニフロー型

オイルダンパーが伸びる場合と縮む場合とで、筒内のオイルの流れる方向が変化しないのがユニフロー型です。バイフロー型よりも構成が複雑です。

 

バイフロー型同様、筒内にはオイルが充填されており、ピストンにより2つの部屋に隔てられています。しかし、その筒を囲みこむようにもう1つ大きな筒があり、全体としては3つの部屋があります。

 

各部屋は穴を介して繋がれていますが、同じ方向の穴しか設けられていません。

 

内側の筒にある部屋の1つをA、Aからのオイルが流入してくる側の部屋をB、そして外側の筒でできた部屋をCとします。

 

逆戻りする穴が設けられていないので、オイルはA→B→C→A→B→・・・としか流れません。A→CやB→A、C→Bということはありません。

 

まずAの部屋が狭くなるようにピストンが動いたとしましょう。当然Aの反対側にあるBの部屋は広くなります。Aの部屋の圧力が高まり、オイルはBの部屋に流れようとします。

 

では、AのオイルがBに流れて終わりかというと、そうではありません。実は、Aの部屋とBの部屋の断面積の比は21になっています。

 

つまり、Aの部屋からあふれ出たオイルのうち、その半分しかBの部屋に納まり切らないということです。残りの半分はBからCへ流れ出ていくのです。

 

そして、AからBの部屋に通ずる穴には全く抵抗がないようになっており、エネルギー吸収をしません。BからCへ流れる際にエネルギーは吸収されます

 

次に、Aの部屋が広くなり、Bの部屋が狭くなるようにピストンが動いたとしましょう。BからAへオイルは流れられないので、全てBからCへと流れ出ていきます。

 

Bの部屋の断面積はAの部屋の半分しかないので、BからCへ流れ出るオイルの量は先ほどのAの部屋が狭くなる動きのときと同じになります。つまり、どちらの動きであってもB-C間でのエネルギー吸収量は同じになるようになっているのです。

 

Aの部屋が広くなった分はCからAへ流れ込むことで補充されます。CからAの部屋に通ずる穴にも抵抗はありません。結局エネルギー吸収を行うのはBC間のみです。

 

ピストンの動きに応じてAもBも部屋の体積が変化しますが、Cは変化しません。ただ、流入・流出するオイルの量は変化するので、その増減に対応するためにCの部屋には「空気層」があります

 

ピストンの動きによらず、常に一定の向きに流れるのでユニフロー(1方向流れ)と呼ばれます。

 

ユニフローとバイフローの比較

構成としては筒が1つ、部屋が2つのバイフロー型の方が単純でした。ではなぜ、ユニフローのような複雑な機構が採用されるのでしょうか。

 

それは、ユニフロー、バイフロー共にデメリットが存在するからです。そのデメリットを避けるために、使い分けをしています。

 

管理

バイフローではオイルの流れが2方向なので、エネルギー吸収を行う穴が2つあります。それに対してユニフローでは、エネルギー吸収を行う穴が1つしかありません。

 

この穴の精度がオイルダンパーの精度を決めるため、重点管理が必要になります。そうなると、穴の少ないユニフローの方が管理は容易であると言えます。

 

部材サイズ

バイフローには2つの部屋があります。片側にはピストンを動かすためのピストンロッドが貫通しているので、部屋の断面積が小さくなります。

 

断面積に差があると、広くなる側の部屋と狭くなる側の部屋の体積の変化が同じにならなくなります。そうすると両部屋の圧力が釣り合わなくなってしまい、うまく作動しなくなります。

 

それを避けるには、両側にロッドを付けて断面積のバランスをとる必要があります。しかし、両側にロッドが付くとその分だけダンパー自体が長くなってしまいます

 

ユニフローでは逆に断面積に差をつけなくてはならないので、ピストンロッドは片側だけで問題ありません。その結果、バイフローよりも部材長を短くすることができます。

 

伸び縮みによる特性の違い

ユニフローでは、「AからBにオイルが流れ、さらにそのうちの半分がBからCに流れる」という場合と、「直接BからCに流れる」という場合の2つがあります。

 

前者は後者に比べ、「AからB」という余分なオイルの流れがあります。これにより力の伝達にロスが生まれます。

 

前者の動きはオイルダンパーを縮ませるときの動きなので、ユニフローのオイルダンパーは伸びるときよりも縮むときの方がエネルギー吸収効率は悪くなります。

 

バイフローでは左右対称なので、こういったことは起こりません。

 

取り付け角度

ユニフローでは、Cの部屋にオイルの流量変化に対応できる空気の層が必要でした。

 

CからAにオイルがしっかりと流れ込むようにするため、C-A間の穴は常にオイルで満たされていなくてはなりません。この穴の周りに空気が来るようだと、Aの部屋に空気が侵入してしまうことになります。

 

ダンパーを傾けると、空気の層が移動して穴の周りにやってきてしまいます。そのため、ユニフローのダンパーは傾けて使用することができません

 

空気層の無いバイフローでは取り付け角度に制限はありません。45度でも鉛直でも、自由に設置できます。

 

制振ダンパーと免震ダンパー

オイルダンパーには制振用と免震用の2種類があります。制振と免震とでダンパーに要求される特性が異なるので、ユニフローとバイフローの使い分けがされています。

 

制振ダンパー

制振ダンパーは、基本的に上下階を繋ぐように設置されます。ダンパーを取り付ける土台となる材を介して接続する場合もありますが、ブレースの様に斜めに設置する場合もあります。また、ダンパーを鉛直(縦)に設置するような特殊な構造もあります。

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上下階の変形差は大地震時であっても数cm程度、台風などではゼロコンマ数mm程度しかありません。非常に小さな変形に対しても有効に作用させるには、できるだけオイルが流れる際のロスを小さくしなくてはなりません。

 

制振ダンパーには、斜めや縦にも取り付けられ、オイルの流れが単純でロスが少ないバイフロー型が適していることになります。

 

免震ダンパー

免震ダンパーは、「免震層」と呼ばれる特殊な層に水平に設置されます。免震層は大地震時には数十cmも変形することで力を建物に伝えにくくします。

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当然ながら、免震ダンパーは免震層の変形に追従して伸び縮みできなくてはなりません。大きな変形に対応するためダンパー自体の長さは長くなりますが、微小な変形に対する感度はそれほど重視されなくなります。

 

免震ダンパーには、ダンパー自体の長さを短くでき、製造時の管理も簡単なユニフロー型が適していることになります。

 

粘性ダンパーとの違い

オイルダンパー同様、ダンパーが変形する速度に応じてエネルギーを吸収する「粘性ダンパー」という装置があります。両者とも速度に依存するため混同される場合がありますが、機構や特性は違います。

粘性ダンパーの特徴

 

粘性ダンパーは、箱状、または筒状の函体に特殊なオイルが充填されており、そこに壁状、または柱状の鋼材が挿入されているという構造になっています。この壁状、柱状の鋼材が揺れによって液体中を移動することで抵抗力を発揮します。

 

オイルダンパーでは筒内のオイルの圧力を高め、それにより無理やりオイルが小さい穴を流れることでエネルギー吸収を行いました。粘性ダンパーはもっと単純で、オイルの粘り気によって鋼材の動きを直接阻害することでエネルギー吸収を行います。

 

オイルを圧縮するという過程がないので、ほんのわずかな変形でもロスなくエネルギー吸収を行えます。その代わり、オイルの粘り気は温度の影響を受けやすく、夏場と冬場とでダンパーの効きが変化してしまいます。