バッコ博士の構造塾

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東洋ゴム工業の免震ゴムデータ不正:構造設計者が考える最善の対応

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2015年3月に東洋ゴム工業(現TOYO TIRES)が製造する免震ゴムの不正が明らかになりました。

 

病院や庁舎を含め多くの建物が対象となっており、建築の品質に関する信頼が大きく揺らいでいます。

 

不正があったと考えられる免震ゴムの全数を取り換えるということですが、大変な作業になるでしょう。

 

所有者の方々からすれば「取り換えるのは当然」という気持ちでしょう。しかし、本当に取り換えるのが最善の策なのでしょうか。

 

どんなものでも、新しく一から作るのであればいいものができます。ただ、一度間違ってしまったものを正すのは労力の割に成果が上がらないことが多いです。

 

感情的になるのではなく、冷静に何が一番になるのか考えてみてはどうでしょうか。

 

恐らく、大抵の場合は全数取り換えなくても性能は満足できるでしょう。浮いたお金をマンションの修繕積立金に使わせてもらう、こんな考えだってありだと思います。

 

 

免震建物の設計におけるばらつきの考え方

免震装置のばらつき

免震建物かどうかは「免震層」があるか無いかで決まります。

免震構造がよくわかる:固有周期・振動モード・エネルギー吸収

 

免震層とは建物と地面との縁を切るための層で、免震ゴムもそこに設置されています。他にも振動のエネルギーを吸収する「ダンパー」もあります。

 

免震ゴムやダンパーは工業製品であり、一品ごとに性能に「ばらつき」があります。当然ばらつきには許容値があり、それを外れたものは不良品として出荷されることはありません。

(出荷してしまったから問題になっているのですが・・・。)

 

免震の設計では「全ての製品が+側にばらついた場合」と「全ての製品が-側にばらついた場合」という両極端を想定しています。また、温度の影響や経年変化など、その他の変動要因も考慮します。

 

結局、製品のカタログ記載の値に比べ±20%程度の幅を持って設計することになります。実際にそれだけばらつくことはまずありえないので、かなり安全側の評価になっていると言えます。

 

免震ゴムを数基しか使用していない建物は稀で、大抵は十数基、あるいは何十基と使用されています。その中の数基の性能が多少規定のばらつきを超えていたとしても、全体に与える影響としてはそれほど大きくありません

 

建物のばらつき

実は、免震層の上に載る建物のばらつきは考慮されていません。これは免震建物に限らず、ほぼ全ての建物でも同様のことが言えます。

 

コンクリートは免震装置に負けず劣らずばらつきが大きい材料です。コンクリートの硬さは計算値の80%以上であれば全て合格となります。+側は無制限なのです。

 

建物のモデル化は多くの仮定を導入しています。また、構造も複雑で評価が難しいです。ばらつきをしっかりと評価できるほど精緻なモデルではありません

 

免震ゴムのデータ偽装は許されることではありません。ただ、肝心の建物についてはいい加減な解析をしているにも関わらず、免震については一切妥協は許さんというのも変な話です。

 

高減衰ゴムとは

免震ゴムと一口に言っても、実はいろいろな種類があります。今回偽装があったのはその中の「高減衰ゴム」と呼ばれるタイプのものです。

免震構造の設計:押さえておきたい基本の数値と装置の特徴

 

高減衰ゴムは「建物の重さを支える」こと「建物が振動するエネルギーを吸収する」こと、この2つの役割を持っています。

 

どちらかの機能に特化していれば扱いやすいのですが、2つを組み合わせることで複雑な材料になっています。

 

理解できる人が少なく、所定の性能を安定して実現するのが難しいのでしょう。それが偽装に繋がったのかもしれません。

 

調査委員会の報告書によると、「揺れを抑える性能が最大で50%低い」ものが使用されているようです。恐らく、エネルギーを吸収する性能が低いのでしょう。

 

「50%」というのはかなり衝撃的な数値です。ただ、全てがそうだと言っているのではなく、あくまでも「最大」です。平均すればもっと小さな値になるでしょう。

 

偽装建物の実際の性能

手元に図面や資料があるわけではないので全て想像ではありますが、免震ゴムを全数交換しなくても設計時の性能を満たすことは可能だと考えられます。

 

建物の重量を支えることができ、地震時に大きく水平方向に変形することができる、そうであれば免震建物の最低要件は満たせています。

 

あとは、ダンパーを追加してエネルギー吸収性能の不足を補えばいいのです。

 

実際、東北地方太平洋沖地震でもしっかりと機能していたようです。元々性能のばらつきを見越していますので、多少設計時の想定と違っていたからと言って性能の変化は大したことはないはずです。

 

高減衰ゴムはエネルギー吸収に特化した装置ではないので、ダンパーに比べればエネルギー吸収量は小さいです。また、全てのエネルギー吸収性能を失ったわけでもありません。

 

ダンパーの中でも最もエネルギー吸収性能が高い「オイルダンパー」を使用すれば、元々の設計よりも性能を上げることも可能かもしれません。

 

免震ゴムの取り換えに比べれば、ダンパーの取り付けなど簡単です。取り付け部周辺に多少補強は必要になるかもしれませんが、かなり安く上がりそうです。

 

免震ゴムの取り換え失敗事例

取り換えは大変

「安全性どうこうではなく、ちゃんとした製品に取り換えないと納得できない」という方も多いでしょう。確かにそうです。ちゃんとした製品に取り換えた上で慰謝料なり迷惑料なりを払うべきです。

 

ただ、免震ゴムの取り換えを行うことで建物の性能が低下してしまうとしたらどうでしょうか。

 

免震ゴムは建物の重さを支える重要な装置です。免震ゴムには数百トン、場合によっては数千トンというとんでもない力が作用しています。そう簡単に取り換えられるものではないのです。

 

免震ゴムが負担している力を一端ジャッキに受け換え、古い免震ゴムを抜き、新しい免震ゴムに置き換え、そしてジャッキが受けている力を再び免震ゴムが負担できるようジャッキを抜く。それを何度となく繰り返さなくてはならないのです。

 

ジャッキに力を移すには、建物を少し浮かせなくてはなりません。少し浮かせる量が大きくなっただけで建物には大きな力が生じてしまいます。

 

長野市役所の事例

長野市役所では、免震ゴムの取り換え後、多数のひび割れが発生しました。

 

建物規模が大きく、同時に建物全体を持ち上げることができなかったので、部分的にジャッキアップしながらの工事だったようです。

 

構造検討を行ったのは有名な構造設計者である梅沢良三氏の事務所です。氏は工事によるものではなく、乾燥収縮によるものだと主張しているようです。

 

個人的には、いくら精緻に計算や検証を行っても、実際にはやってみるまでわからないのではないかと考えています。構造計算や実際の施工の精度などはそれほど高いものではありません。

 

施工会社はジャッキアップが影響した可能性があるという見解です。ひび割れの補修費用は東洋ゴム工業が負担しています。

 

補修してくれるとはいえ、もし自分のマンションがひび割れだらけになったらいやだと思いませんか。

 

全数交換にこだわるのではなく、適切なダンパーの追加を行い、どうしても必要な箇所だけは取り換える。そうすることで元々の設計よりも性能を高めつつ、かなりの金額を浮かせることができるでしょう。

 

そしてその浮いたお金をもっと有意義なことに使う、これが最善ではないでしょうか。