バッコ博士の構造塾

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中低層マンションに住むなら免震:コスト増でもそれだけの価値がある

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耐震・制振・免震の違いを知ることも大切ですが、戸建住宅かマンションか、中低層か高層かで適した構造は違ってきます。

 

□■□疑問■□■

耐震・制振・免震のメリット、デメリットを考慮したうえで、中低層のRC造マンションにはどの構造が最適でしょうか。

 

□■□回答■□■

免震を推します。免震構造は優れた地震対策技術であり、特に中低層のRC造建物に適しています。もちろん免震構造にするにはコストが増加しますが、それだけの価値があります。

 

 

中低層マンションの耐震性

中低層マンションの多くは「板状」と呼ばれる構成になっています。古い板状のマンションでは地震の度に被害が取り沙汰されています。新しいマンションでは解決策が取られていますが、どこまで効果を発揮するかは、あと何度か大きな地震が起きてみるまでは何とも言えないでしょう。

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地震はその規模によって揺れ方の特徴が違います。直下型の地震ではガタガタと速く、海洋型の地震ではグラグラとゆっくりと揺れます。2018年6月の大阪地震では直下型地震のためガタガタと速い揺れが生じましたが、揺れが一往復する時間(周期)が0.5秒程度のところに強いエネルギーを持った地震でした。

 

これは中低層マンションの周期と一致します。建物は倒壊しなかったにせよ、居住者の方は大変怖い思いをされたでしょう。室内もぐちゃぐちゃになってしまったかもしれません。

 

新しい中低層のRC造マンションでは地震による倒壊事例はおそらくないと思います。ただ、無傷で済んでいるわけではありません。ニュースでは大きな被害事例ばかりが取り上げられるため目立ちませんが、補修が必要となった建物はたくさんあります。そもそもRC造ではひび割れが入ることは設計時に織り込み済みです。

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「安全・安心」という言葉があります。命を守るという意味では十分な「安全性」を有していると言えますが、室内被害や地震後の耐久性といった「安心感」の面では若干難があると言えるかもしれません。

 

中低層マンションと制振の親和性

「耐震では不安があるのなら制振ではどうか」、というのは最もな疑問です。制振であれば耐震よりも揺れを低減し、安全・安心な建物に近づけることができそうです。しかし戸建住宅を除いて、制振ダンパーを組み込んだ中低層の建物はほとんどありません。それはなぜでしょうか。

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まず、RC造の建物は他の構造の建物に比べて「硬い」ことが挙げられます。建物が振動するエネルギーを吸収するダンパーは、変形することにより効果を発揮します。建物の変形量が小さくなれば、それだけダンパーに生じる変形も小さくなり、結果として吸収するエネルギーも小さくなります。

 

また、RC造は「重い」ことも特徴です。重いものが揺れるのを止めるにはそれだけたくさんのダンパーが必要になります。ダンパーはコンクリートや鉄骨に比べて高価なため、コンクリートの壁を増設するよりも割高になってしまいます。変形が小さく効率的に作用しないダンパーをたくさん設置するような設計はまずなされません。

 

ダンパーの設置は意外に場所を取ることも要因の一つです。戸建住宅用の小さなダンパーではなく、ビル用の大型のダンパーを設置しようとすると、薄い壁の中に収まり切りません。超高層マンションであれば共用部に設置することもできますが、中低層では設置する十分なスペースを確保できません。

 

効きが悪いこと、スペースが無いことから、中低層マンションでは制振が採用されることはまずありません。

 

中低層マンションと免震の親和性

免震は優れた耐震技術で、非常に広い範囲で性能を発揮します。ただ、そんな免震でも得手・不得手があります。

 

戸建住宅と免震

戸建住宅のような小さな建物に対しては、免震の要となる免震層の設計が難しくなります。免震層を構成する免震ゴムは大きければ大きいほど変形能力が上がりますが、小さな建物に対しては硬すぎるので小さなものしか使えないからです。

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東北地方太平洋沖地震では可動域を超えてしまった免震の戸建住宅があるようです。大型ビルと戸建住宅では同じ免震でも使用している装置が違い、信頼性の面でやや見劣りします。さらに大きな揺れが予想される南海トラフ地震では何が起こるかわかりません。

 

大型ビルと同じ様な免震システムにするには、現在流通している戸建住宅用のものより大分値段が上がります。維持管理のことも考えると、戸建住宅ではかなり割高になることを覚悟する必要があります。

 

超高層マンションと免震

最近の超高層マンションでは免震がかなりの割合で採用されています。低層だろうが高層だろうが、免震層は一か所だけあれば事足ります。そのため、層数が多いほど一戸あたりの免震に対する費用が割安になり、費用対効果が高まるからです。しかし、高くなり過ぎると新たな問題が生じます。

 

高層になると風の力が無視できなくなり、免震層の設計に影響を与えます。風で免震層の変形が大きくなり過ぎないよう、鋼材ダンパー等を使用して免震層を硬くする必要があります。硬くすることで、中小地震に対する効果が低下する場合があります。

 

免震は硬い建物を柔らかい層で支えることで効果を発揮します。しかし、高層建物では地震時に1m程度建物が変形することもあります。免震層の変形量が30cm程度であることから、とても建物が硬いとは言えません。もちろんそれでも効果はあるのですが、免震による効果を最大限発揮できてはいません。

 

建物が高くなり、建物の幅に対して高さが大きくなると、また別の問題が生じます。地震による横揺れに対して足元の踏ん張りが効きづらくなり、建物を支える免震ゴムに引っ張る力が生じます。免震ゴムは引っ張る力に弱く、最悪建物の倒壊に繋がります。実際にはそこまでのことは起こらないでしょうが、ゴムが引っ張られると内部に気泡が生じ、性能が低下してしまいます。

 

高層建物の免震層の設計においては当然上記の問題点をケアしているわけですが、やはり設計時の想定よりも大きな地震は起こり得ます。「これだけ安全率を見ています」というのもいいですが、「元々そういうことは生じません」という方が安心です。

 

中低層マンションと免震

上で挙げた問題点が、中低層マンションではどれも当てはまりません。

 

戸建住宅と違い、当然ビル用の免震装置を使用しますし、メンテナンスも全戸数で割るので、それほど割高になることはありません。

 

高層マンションと違い、風揺れは基本的に無視して構いません。建物も十分に硬く、免震効果を最大限発揮することができます。高さに対して幅広の建物が多く、ゴムを引き抜いてしまうようなことも起こりません。

 

災害時に最も重要な施設の1つとして病院がありますが、病院は中低層のRC造建物である場合が多いです。そして最近はそのほとんどが免震を採用しています。

 

免震構造の設計上の留意点はたくさんありますが、「中低層建物の場合はこれに気を付けなくてはならない」という点はありません。免震が最も適した建物なのです。

 

もちろん多少コストは増加しますが、十分にそれに見合った価値があると断言できます。