バッコ博士の構造塾

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あえて壊すという設計はありか?マンションの雑壁に見る余剰耐力

大地震後、建物が倒壊に至らなくても補修が困難な場合は建て替えが行われます。

 

□■□疑問■□■

地震後に壁という壁が全てビリビリにひび割れたマンションの映像を見ることがあります。しっかりと設計されていてもあれだけの被害が生じるのでしょうか。

 

□■□回答■□■

耐震基準上は「大地震に対して倒壊しない」ですので、損傷は大きくてもその役割は果たしていると言えます。ただ、しっかり設計されているかというと怪しい部分があります。ひび割れが入っているのは「雑壁」と呼ばれる壁で、積極的に地震に抵抗する「耐震壁」とは異なり、評価が曖昧な部分があります。雑壁の評価や設計は担当する建築士次第で、建物の耐力に見込まれていないこともあります。このことが建物を強くしているとも言えますし、損傷しやすくしているとも言えます。雑壁の扱いについて見ていきましょう。

 

 

板状マンションの構造

中層マンションの多くが「板状」と呼ばれる構成になっています。片側が共用廊下、反対側がバルコニーになっており、その間に各住戸が配置されています。共用廊下側に2部屋、バルコニー側にリビングがあり、リビング横にもう1部屋で3LDKというプランが代表的です。マンションのチラシを見るのが好きな方はすぐにピンとくると思います。

 

板状マンションでは住戸を横にいくつも並べるので、平面形状は横長の長方形になります。短辺方向は住戸と住戸を隔てる戸境の壁があります。この壁を耐震壁とすることで高い耐震性を持たせることが可能です。

 

では長辺方向はどうでしょうか。共用廊下側は玄関ドアがあり、採光・通風のための腰窓があります。バルコニー側はバルコニーに出るための掃出し窓があり、南側を向いていることが多いことから採光のための窓も大きくなりがちです。住戸内部にはプランニングやリフォームに制約がかかるため、基本的には壁を設けません。まとまった量の壁が確保できないため、主として柱と梁で地震に耐えなくてはなりません。

 

板状マンションの地震被害

短辺方向では窓がある外側の壁でひび割れが生じている例はありますが、戸境壁が被害を受けることはほとんどありません。圧倒的に長辺側の被害の方が多いです。

 

地震被害の映像としてはバルコニー側からよりも共用廊下側からのアングルが多いような印象を受けます。腰窓が損傷を大きくしている側面もあるでしょうし、道路側からの方が撮影しやすいという事情もあるでしょう。いずれにせよ、長辺方向の被害ということには変わりありません。

 

しかし、柱や梁が大きく損傷しているということは稀ですし、一部の層が崩れてしまっているということもありません。中層マンションの被害と言えば、雑壁が大きく損傷している場合がほとんどです。

 

壁の量が短辺方向に比べて少ないのは明らかですが、壁が一切ない鉄筋コンクリート造の建物もあります。しかし、それらの建物の被害が取り上げられることは少ないように感じられます。それはなぜでしょうか。

 

板状マンションの設計

上述したように、板状マンションでは短辺方向は壁が主、長辺方向は柱と梁が主の構造になっています。一昔前の古いマンションでは、窓やドアにより穴だらけになった長辺方向の壁も鉄筋コンクリートで作っていました。しかし地震の度にこの壁が被害を受けるため、最近ではALC(軽量気泡コンクリート)等で作られる場合が多いです。

 

穴だらけの壁は耐震壁としての規定を満たしていないため、雑壁として取り扱われます。雑壁の強さは建物の強さに算入しなくてもよいため、この壁をどのように評価・設計するかは担当する建築士次第です。

 

しかし、計算上考慮するかどうかということと、実際に地震力を負担するかどうかということは関係がありません。柱や梁同様、建物を構成する部材の一部である以上、当然ながら雑壁にも地震の力が生じます。そして、壁の強さが不足していれば損傷します。

 

「では、しっかりと評価して設計すればいいじゃないか」という声が聞こえてきそうですが、耐震壁のように規定があるわけではないので評価が難しいという側面があります。またモデル化によっては柱以上に力が生じてしまい、鉄筋量が異常に多くなってしまう場合があります。

 

そのため、最近は雑壁を鉄筋コンクリートではなくALCにすることで「完全に力を負担しない壁」にしてしまいます。そうすれば柱と梁だけのラーメン構造となり、評価が簡便になります。仮にALCの壁が壊れたとしても、ただの外装材ですので補修が簡単です。

 

今のマンションと昔のマンション、どっちが強い

雑壁が鉄筋コンクリートからALCへと変化してきました。これは評価の難しい鉄筋コンクリートの雑壁をやめ、地震による雑壁の被害を防ぐための措置です。そのかいあってか、こうした中層の新しいマンションの地震被害はあまり聞いたことがありません。

 

しかし、壁を鉄筋コンクリートから力を負担できないALCに変えることは、本当に耐震性の向上に寄与しているのでしょうか。

 

雑壁の評価が難しいとはいえ、鉄筋コンクリートの壁の耐力がゼロということはあり得ません。ALCにすればゼロです。少なくとも耐力は低下する方に働きます。また硬さについても同様のことが言えます。雑壁をALCにすることで耐力、硬さ共に低下しているのです。

 

雑壁は鉄筋や強度が不足していることで柱や梁よりも先んじて損傷を受けてしまいます。しかし、柱や梁の負担する力を小さくしていることも確かです。建物トータルとしての強さを確実に向上させているのです。

 

大地震後、無残な姿になった雑壁の映像が流れますが、では雑壁が無かった場合にその建物は倒壊せずに立っていられたのでしょうか。鉄筋コンクリートの雑壁があることで、損傷が生じる力は小さくなりますが、倒壊に至るまでの力は大きくなっているはずです。

 

あえて壊れる部分を作るというのは、実は「制振構造」に通ずる考え方です。「制振ダンパー」は柱や梁に先んじて損傷することでエネルギーを吸収します。雑壁とダンパーが違うのは、損傷に対する耐性があるため何度でも使用できる点です。

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兵庫県南部地震や熊本地震では1階や3階だけが潰れた建物がいくつもあります。こうした建物は特定の階は完全に潰れていますが、その他の階はほとんど無傷という場合が少なくありません。「壊れる部分」を作ってやることで、その他の部分を守ることができるということです。

 

雑壁をどのように扱っているかで、設計を担当した建築士の構造に対する考え方が見えてきます。鉄筋コンクリートとしてもALCとしてもどちらも間違いではありませんが、明確な設計意図があるかないかが重要です。