バッコ博士の構造塾

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超高強度材料は建築を変えるか:超高張力鋼と超高強度コンクリート

 建物が巨大化、高層化するにつれ、材料の高強度化も進んでいます。

 

□■□疑問■□■

昔に比べてとても強いコンクリートや鋼材が開発されています。もっと細い材料だけでできた軽快な建築物が今後増えていくのでしょうか。

 

□■□回答■□■

従来の製品に比べコンクリートでは10倍、鋼材では2倍程度の強度を誇る材料が開発されています。ただ、建物全体を高強度の材料に置き換えることはなく、部分的に使用している場合がほとんどです。高強度になることでコストが増加する、施工に関する制約が増えるなど、いいことだけではないからです。とはいえ、高強度化により超高層建築が容易になったり、大空間を小さな部材で支えられるようになったりと大きな恩恵もあります。使用量が増加してコストが低下していけば、今後より多くの建築で使用されることとなり、建築の様相を少しずつ変えていくでしょう。

 

 

超高強度コンクリート

使用状況

コンクリートの強度は、コンクリートが持つ圧縮に対する強さで表されます。強度の単位はMPa(メガパスカル)またはN/mm2(ニュートンパースクエアミリメートル:単に「ニュートン」と呼ばれることが多い)を使用します。一昔前までは18MPaや21MPa程度の強度のものもありましたが、最近は耐用年数を考慮して24MPa以上としている場合が多いです。

マンションのパンフレットを読み解く:コンクリート強度

 

建築の世界では36MPaを超えると高強度、60MPaを超えると超高強度となり、土木の世界では50MPaを超えると高強度となります。コンクリート強度が100MPaを超えるような場合は大抵、超高層マンションの柱に使用されています。

 

高強度コンクリートの開発に力を入れているゼネコンと言えば大成建設と竹中工務店ですが、両社ともに300MPaのコンクリートを実用化しています。大成建設では自社研究施設に、竹中工務店ではマンションに使用しています。

 

施工性

コンクリートは主としてセメント、砂、砂利、水が水和反応によって凝固した混合材料ですが、強度を上げるにはいろいろな方法があります。セメント量を増やす、水を減らすが基本ですが、いい砂、いい砂利を使用することも重要です。

 

セメント量が増えると粘性が増します。粘性とはネバネバ、ドロドロの度合いです。コンクリートの建物を造るには、このネバネバ、ドロドロしたコンクリートを鉄筋が密に配置された型枠内に流し込む必要があります。自ずと施工できる限界が出てきます。

 

超高層マンションでは柱や梁の多くがプレキャスト、つまり工場で作られており、建設現場で型枠に流し込んで作られるわけではありません。これは建設期間の短縮もありますが、建設現場での施工が難しいからでもあります。

 

超高層マンションでは100MPaを超えるような強度のコンクリートを使用しています。さらに高い強度を得ようとすると、建設現場での施工は不可能になります。コンクリートを型枠に流し込んだ後、高温・高圧で養生する必要があるからです。コンクリートというよりは陶器に近い代物です。

 

こうなると、大量に生産することは難しく、特殊な部位にしか使えなくなってしまいます。

 

特性

コンクリート強度が大きいほど硬くなります。ただ、その程度は小さく、強さの1/3乗でしか硬さは上昇しません。つまり強さを8倍(=23)してようやく硬さが2倍になります。通常の24MPaのコンクリートと、最高強度の300MPaを比べても2倍強にしか硬くなっていません。

 

柱の一部だけを高強度の材に置き換えると、強さとしては十分でも変形が大きくなり過ぎてしまいます。設計時にはかなり気をつかう必要があります。

 

また、強度が大きいものほど使用するセメント量が多くなるため、凝固時に発する熱が多くなります。熱による膨張が大きくなり、冷却時の収縮量が大きくなることでひび割れを誘発しやすくなります。そのため、圧縮力を負担しない梁等には安易に高強度のコンクリートは使用できません。

マンションのパンフレットを読み解く:コンクリート強度

 

超高張力鋼

使用状況

鋼材の強度は、引張りに対する強さで表されます。強度の単位はコンクリート同じMPaかN/mm2が使用されます。建築で使用する鋼材は引張強度が最低でも400MPaの材です。最低強度の鋼材は最高強度のコンクリートよりも強いことになります。

 

制振ダンパーとしてエネルギー吸収期待する場合にはあえて400MPaよりも強度の低い材を使用する場合がありますが、建物全体から見ると極々一部です

 

一般的な鉄骨の建物であれば強度が400MPaか490MPaの鋼材を使用しています。特別な建物でなければこれより強度の大きい材を使用せず、鉄骨の断面を大きくすることで対応します。

 

鉄骨は材の肉厚が大きくなると不純物が混入しやすくなるため、計算上の強度を下げる必要があります。強くしたくて厚くしているのに強度を下げてしまっては意味がないので、その場合は不純物の少ない強度低減が不要な高強度の材を使用することになります。

 

スカイツリーでは厚さ100mmという極厚の部材を使用しています。材料も高強度で、590MPaの材を使用しているようです。製品化されているものでは780MPaというものもあります。

 

特性

コンクリートは高強度化に伴い、わずかではありますが硬くなります。しかし鋼材は強さによって硬さは変化しません。強度が低かろうと高かろうと同じ硬さです。そのため、強度を上げたからといって安易に部材を小さくすると硬さが不足してしまうことになります。

 

特殊な配合や特殊な圧延を行うことで高強度化しているため、溶接性が低くなる場合があります。柱は通常2、3層ごとに溶接していくので注意が必要です。

 

また、一般的に高強度な鋼材ほど靭性(じんせい:材料の粘り強さ)が低下します。鋼材を引っ張った際、降伏(材が軟化すること)し始めてから破断するまでにどれくらい変形できるかは非常に重要な指標です。建物が倒壊するまでに保持できるエネルギー量、つまり地震に対する強さに直結するからです

 

強ければそれでよい、というわけにはいかないのです。

 

超高強度材料を使用した建物

先ほどスカイツリーの例が出ましたが、やはり超高層建物と高強度材料は切っても切れない関係にあります。高強度コンクリートの出現によって超高層マンションの建設が増加したことは間違いなく、広々としたエントランス空間を有する超高層オフィスも高強度コンクリートと高張力鋼の組み合わせの賜物です。

 

低層の建物の場合、極端に強度の大きい材料は使用されません。コストの増加や管理の手間を嫌うのと同時に、壁や柱を少し大きくするだけで対応できてしまう場合がほとんどだからです。地震による変形を抑えるには硬さが重要ですが、強度が大きくても硬さが大きくならないことも理由の一つでしょう。低い建物ほど重力よりも地震の影響が大きいのです。

 

強度が大きいということはそれだけ損傷しにくいということですが、大地震時にも損傷しないというコンセプトの超高層ビルも建設されています。構造の大部分に高張力鋼を使用しています。ただ、損傷しないということは地震の力を真正面から受け止め切るとも言えます。損傷する、つまり軟化することで地震の力を制御できないからです。

 

強くすれば強くするほど室内にいる人が感じる揺れが強くなる可能性もあります。高張力鋼にはあまりエネルギー吸収能力が期待できないため、フレームとは別にエネルギー吸収を行う制振ダンパーの設置が不可欠です。

制振・制震ダンパーの種類と特徴:構造設計者が効果を徹底比較

 

今後も材料の高強度化は進むでしょう。また、高強度化だけでなく、高強度化に伴う施工性の悪化やコストの増大も改善されていくことでしょう。ただ、材料が強くなれば自然といい建物ができるようになるわけではありません。構造設計者にはそれらを使いこなす能力が求められます。